Media × Tech

「Media × Tech」ブログはスマートニュースのメディア担当チームが運営するブログです。テクノロジーを活用した次世代のメディアとはどういうものか? そうしたメディアをどうやって創り出していくのか、を考えていきます。

エンジニアが知っておきたい「ニュース消費」の現在——「Digital News Report 2019」が示す3つの転換点

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こんにちは。メディアコンサルタントの市川裕康と申します。今回ご縁があり寄稿の機会をいただきました。
今回取り上げるのは先日公開されたばかりの英オックスフォード大学ロイター・ジャーナリズム研究所がまとめた調査、「Digital News Report 2019」(PDF)についてです。デジタルジャーナリズム業界における毎年恒例の調査レポートは今年で8年目を迎え、世界38市場、7万5,000人を対象にした大規模かつ包括的な調査として知られています。


以下の動画で主要なポイントが紹介されています。

PDF版のレポートは150ページを超えるボリュームのある内容となっていて、専用のウェブサイトには動画や関連資料などの膨大なデータを含めた深い分析が掲載されています。デジタルニュースの世界的なトレンド、消費のされ方の動向について継続的に掘り下げた調査として、注目に値する資料といえます。

本稿では特にデジタルニュースとテクノロジーの観点から大切と思われる点を以下の3つに絞り、それらの動向、可能性についてまとめてみたいと思います。

  1. 有料購読(サブスクリプションに加えて、会費や寄付などでニュースの対価を支払うことまで含む)への転換
  2. プライベートなコミュニケーションへと転換するニュースの流通経路
  3. ポッドキャストなど、音声コンテンツへの広がりと転換


有料購読、サブスクリプションへ転換(Pivot to Paid)、期待と厳しい現実

ここ数年、国内でも話題になっているサブスクリプション(有料定期購読)は、ジャーナリズムを支えるためのビジネスモデルを改善する上で多くのニュースパブリッシャーが取り組んでいる試みです。特に2016年秋にトランプ大統領が就任した直後の「トランプ・バンプ」と呼ばれる現象で、多くの人が質の高い情報を求めて有料購読をしたころから注目を集めつつあるトレンドといえます。

最近では、「New York Times(ニューヨーク・タイムズ)」(購読者数330万*)、「Wall Street Journal(ウォール・ストリート・ジャーナル)」(同180万)、「Washington Post(ワシントン・ポスト)」(同120万)などのブランド力のある大手新聞社によるデジタル版購読者の増加が成功事例として話題になっています。ただし、米国における有料購読者の約半分が以上の3紙であり、成功しているのはこれら一部大手メディアに限られる点も今回のレポートで指摘され、少数の「勝者総取り」の傾向があることも触れられています。

*クロスワードパズル・クッキングアプリの会員を除く


その他にも、「The Guardian(ガーディアン)」などは「ハードペイウォール」(すべてのユーザーがどのようなコンテンツに対しても料金を払わないといけないペイウォール)を設置せず、寄付ベースの会員制という枠組みを選び、現在では65万5000人の有料会員を獲得し急速に成長しています。
参照:「ガーディアン 、20年ぶりに「黒字化」:寄付会員制に勝機 | DIGIDAY[日本版] (2019/6/5)

「Pivot to Paid(有料課金に舵を切れ)」とばかりに各社が期待を寄せている取り組みである一方、読者は一人でいくつものニュースメディアを購読をするわけではなく、「サブスクリプション疲れ」という言葉も生まれるほど、今後の見通しは厳しい状態にあるのが現状です。今回の調査結果から見えてきた結果は、そのような淡い期待に対する厳しい現実でした。

今回の調査では、トランプ・バンプと呼ばれた2017年の一時期、そして一部の大手ブランドを除き、有料購読者数はほぼ横ばいであることが示されました。米国における有料購読者の比率は16%、北欧のノルウェーは34%、イギリスは9%、そして日本においては7%という結果です。

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画像①:トランプ氏の米大統領就任で2016年から17年にかけて購読者が増えたトランプ・バンプ現象を示す米国と北欧の一部の国を除き、オンラインニュースの有料購読者の割合にほとんど変化は見られない

さらに今回の調査で注目を集めているのは、有料購読者のうち、高学歴、富裕層、ニュース高感度層であったとしても、有料購読をするのは1紙だけ、と答える人が5割以上の多数であった点です。ネットフリックスやアマゾン・プライム・ビデオ、スポティファイのようなエンターテイメント系のサブスクリプションサービスとも競わなければならない市場環境がさらに成熟していくことが見込まれています。若い世代を中心にニュースよりエンタメ系のコンテンを望む層が多いことも、今後の見通しが厳しいをことを示唆するデータとして示されています。

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画像②:すでに有料購読をしている高学歴層、富裕層、ニュース高感度層のそれぞれに「有料購読をするのはいくつまでか」と尋ねた際、すべてのカテゴリで1紙のみ、と答える人が5割以上という結果に

悲観的なデータが数多く羅列される一方、新しい取り組みや手法への期待もレポートの中では触れられています。複数のニュース媒体を「バンドル」(束ねる)ことで通常より安価で購読できるパッケージの可能性です。

調査の中では、ニュースパブリッシャーが有料購読を比較的高額な価格で個別に提供する戦略と、複数のニュースメディアを自由に閲覧できるニュース消費を希望する読者の需要とが乖離していることが指摘されています。ニュース感度の高い層の半数(49%)は毎週4つ以上のオンラインニュースを消費していて、35歳以下ではそうした傾向がさらに顕著である、というデータが示されています。

具体的には「Times of London(タイムズ・オブ・ロンドン)」の購読者は、無料でウォール・ストリート・ジャーナルの閲覧が可能にする提携が行われていたり、アマゾン・プライムの会員が通常より安い価格でワシントン・ポストの購読ができるなどの先行事例が紹介されています。

さらに月額9.99ドルでウォールストリート・ジャーナルや「Los Angeles Times(LAタイムズ)」、「New Yorker(ニューヨーカー)」などの有料記事の読み放題プランを提供する「Apple News+」のことも言及されています。今回はニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなどの大手は参画しなかったものの、業界としては複数のニュース・ブランドに比較的安い価格でのアクセスを希望する消費者の需要に応える必要がある、と主張しています。

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画像③:月額9.99ドルでウォールストリート・ジャーナルやLAタイムズ、ニューヨーカーなどの有料記事の読み放題プランを提供するApple News+

なお有料購読につなげるためのロイヤルティ向上、また購読者をつなぎ留めるための「戦術」として、eメールのニュースレター、そしてスマートフォンの通知機能が効果をあげていることが紹介されています。

米国においては有料購読者の42%の人が、英国では35%の人がニュースレターを購読していて、中高年層でニュース感度の高い層に対するエンゲージメントを高めることに非常に効果的であることが指摘されています。また若年層に対してはスマートフォンの通知機能(プッシュ通知)が効果的である点が指摘されています。2014年からの5年間で利用がそれぞれ6%から19%に(米国)、3%から20%に(英国)と、大きく成長しています。

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画像④:スマートフォンの通知機能経由でニュースを見つける層は過去5年間を通じて一貫して増加している

 

プライベートなコミュニケーションへの転換(Pivot to Private)


2つ目に、今回の調査の中で特に注目した点は、プラットフォームサービスの果たす役割の変化です。
大きなトレンドとしてはニュースにアクセスする際に利用するサービスとしてInstagram、WhatsAppが成長し、依然最も大きな存在感を持っていながらもFacebook離れが進んでいる点です。

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画像⑤:プライベートかつ消滅するメッセージングへの転換(Pivot)

左側は用途を問わずよく使われるSNS、右側の図はニュース取得を目的とした際によく使われるSNSの過去5年間の利用トレンド。
2016年以降のFacebookのアルゴリズム変更を経て、ニュース消費におけるFacebookの存在感は下降気味。一方でプライベートなメッセージングサービスのWhatsApp、Facebookメッセンジャー、「消えるSNS」として人気のInstagramの利用が増加していることが分かる

さらに興味深い点は、メッセンジャーサービスWhatsAppやFacebookグループなどのプライベートな空間でのニュースの共有、消費に関し、特に新興国を中心に利用が急増していることです。ブラジル、インド、マレーシアでは、50%以上がWhatsApp経由でニュースにアクセスしています(米国、カナダは4%、英国は9%程度)。

今年の4月末にFacebookのザッカーバーグCEOが同社の開発者会議で宣言していた「プライベート」重視の姿勢は、こうした背景を踏まえた戦略的布石であることを改めて感じ取ることができます。

24時間で消滅することで人気を集めているInstagramの「ストーリー」は国内でも人気ですが、ニュース消費、共有の主戦場が公開の場からプライベートの場へと徐々に変化していくのではないか、という兆しを伺うことができます。

Facebookにしてみれば、2016年の米国大統領選を契機に誤情報や偽情報の拡散、プライバシー情報の漏えいなどの点で批判にさらされ、各国の規制当局からも厳しい目にさらされている中、InstagramやWhatsAppなどの同社の持つ他のプラットフォームの特徴を活かしたプライベートなコミュニケーションにシフトしていくことは自然の流れなのかもしれません。

一方で暗号化され、プライベートな空間でニュースや政治に対する議論が行われることで、その中で拡散する誤情報などを検知しにくくなるのではないかとの懸念がすでにレポートの中でも指摘されています。

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画像⑥:InstagramとSnapchatをニュース消費目的で利用している顕著な地域(ブラジル:53%、インド:52%、マレーシア:50%)


若い世代の間で広がる音声コンテンツ消費(Pivot to audio)

3つ目に取り上げるのは、過去数年に渡って少しずつ注目を集めつつある音声コンテンツの「ポッドキャスト」についてです。今回の調査結果ではこうした傾向がさらに加速していて、世界的に36%もの人が過去1か月の間に少なくとも1つのポッドキャストを聴いたことがあると回答しています(昨年は34%)。ただし、35歳以下の若い世代は50%が聴取しており、特に若い世代で音声コンテンツ利用の浸透が加速していることが顕著となっています。ニュースや政治に関する番組を聴いている層は15%とのことです。

2017年の年初にスタートしたニューヨーク・タイムズが提供している「ザ・デイリー」は、平日の毎朝30分程度のストーリー型のニュースで人気番組となり、現在では毎日200万人以上に視聴されています。こうした成功事例に触発され、最近ではワシントン・ポスト、ウォールストリート・ジャーナル、ガーディアン、フィナンシャル・タイムズなどの大手メディアが平日の毎朝、あるいは帰宅時の通勤時間に配信されるニュースポッドキャスト番組を開始するようになりました。

ポッドキャストがここまでの人気を集めている背景には、スマートフォンで手軽に、しかも時間の制約を受けることがなく、通勤時間や運動中などのながら聴取ができる点が、特に若い世代に受けているからのようです。こうした音声コンテンツの市場の拡がりを受け、最近ではアップル以外にもグーグル、スポティファイも新サービスの提供や買収などを通じてポッドキャスト市場への本格的な参入を加速していて、広告などの収益機会も今後拡がっていくことが予想されます。

広告などの収益に関する情報は十分に開示はされてはないものの、ニューヨーク・タイムズのような成功しているケースではスタッフの数も増員し、収益獲得の柱としてさらに力を入れているようすが伺えます。仮に短期的な収益に繋がらなくとも、若い世代に自社のニュースコンテンツに接触してもらい有料購読につなげたり、すでに購読している層に対してもエンゲージメント向上の手段としてポッドキャストを聴いてもらうことが期待されているようです。

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画像⑦:過去1か月間の間にポッドキャストを聴取したことがあると答えた人の比率(各国ごとの調査結果)。平均すると36%で利用者は増加している(昨年は34%)

 

各国ごとに大きく異なる「ニュース消費」スタイル


今回は膨大な調査レポートの中から3つのポイントに絞って紹介をしました。全体のレポートを読む中で強く感じたことは、国によりニュース消費のスタイルが大きく異なる点があるという発見です。

例えばノルウェーにおいては34%が、スウェーデンでは27%と突出して多くの人が有料購読をしていること(米国は16%、日本は7%)、また、インドやブラジル、マレーシアにおいては5割以上の人がニュースをWhatsApp経由で消費していることなどです。日本に関するデータを見た際には、例えばYahoo!ジャパンのようなアグリゲーターの存在感が圧倒的に強いことが他国のデータとの比較からも確認することができます。

そのように国ごとにそれぞれの国民性、市場の特徴があったとしても、今回8年目を迎えるロイター・ジャーナリズム研究所による包括的なデータには注意を払うべき洞察が数多く含まれていることも同時に強く感じます。現在の日本の市場だけを見ていても想像もできないような未来のトレンドを知りうる手がかりとしても参考になる点が多くありそうです。

大見出しとなっている調査結果のみならず、各国ごと、プラットフォームごと、テーマごとなど、掘り下げて読み込んでみることで得られる発見もありそうです。

筆者紹介

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市川裕康(いちかわ・ひろやす)

NGO団体、出版社、人材関連企業等を経て2010年3月に株式会社ソーシャルカンパニーを設立。メディアコンサルタントとして、国内外の政府機関、国際機関、企業、報道機関、NPO団体などに対し、海外デジタルメディアのトレンド調査・執筆・講演・コンサルティング活動に従事。『現代ビジネス』での連載(2010-2015)や著書に『Social Good小事典(講談社)』がある。1994年同志社大学(法学部政治学科)卒、1996年米国アマースト大学(Political Science専攻)卒。

本記事は筆者と編集部の独自の取材に基づく内容です。スマートニュースの公式見解ではありません。