Media × Tech

「Media × Tech」ブログはスマートニュースのメディア担当チームが運営するブログです。テクノロジーを活用した次世代のメディアとはどういうものか? そうしたメディアをどうやって創り出していくのか、を考えていきます。

広告費急減も読者急増――メディアのポスト・コロナは「記者と読者が直接つながる」未来

全広告収入が3割から4割減。リーマンショック、9.11を上回るインパクトとなる。 

Google で広告事業を率いて AdSense 事業に貢献、その後、AOL(現在のVerizon Media)のトップを務めた経歴を持つ、デジタル広告とメディアの領域のベテラン Tim Armstrong 氏が、米メディア The Information の取材に、そう述べました

 

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図1 Tim Armstrong 氏が広告市場の激変を予測(出典:The Information 記事)

新型コロナウイルスの猛威に揺れる各国で、メディアが危機に瀕しています。広告収入に立脚してきたメディアの経営が、大きく揺らいでいます。一方、メディアは、消費者からの大きな関心と注目を集めてもいます。強烈な衝撃の下で、メディアはどう耐え、新たな青図をどう描き再出発を遂げるのか。現在進行形の動きを素描します

躊躇し、収縮する広告主

まず、直面する“危機”の実相を確認することから始めましょう。

Armstrong 氏が述べたように、広告が激減しています。

広告主や関連事業者の団体である IAB(Internet Advertising Bureau)が行った、アメリカにおける広告販売側と購入側の調査があります。4月に行った販売側への調査では、直近期間(3月〜6月)では、デジタル広告で19%から25%の減収、非デジタル分野(TV や印刷)で27%から32%の減収という予測が見えています。減収に幅が生じるのは、メディアが扱っている分野の差異によると説明されています。

また、特に「手売り」(広告営業担当が直接顧客に販売する手法)が「運用型」に比べて影響が大きいとも指摘されています。

さらに、同団体がその2週間前に行った調査では、広告の購入側の7割が広告支出の「見直しを行った」か「見直し中」と答え、販売側の98%が2020年の広告収入が減少すると予測しているのです(以上をまとめた報告書)。

また、手売りより影響が小さいとされた(広告ネットワークなどに依拠する)運用型広告でも、広告単価(CPM)の下落は深刻です。

広告代理店 のGupta Media が公開したデータでは、たとえば、Facebook 広告ネットワークでは、1か月弱の間に CPM が60%も下落しています。

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図2 急落したFacebook広告ネットワークのCPM(出典:Gupta Media ブログ)

このような急激な広告の縮減が起きた理由は、都市封鎖を頂点にして全産業にわたる経済活動に急ブレーキがかかったことで、一斉に広告主企業が、まずは広告予算の執行を停止、次に状況を判断するという空白期間が生じていることがひとつ。

もうひとつは、新型コロナウイルス報道に傾注するメディア側の行動に反して、広告主側は、深刻な報道記事に自社の広告が掲出されれば、消費者の反感を買うのではないかと懸念していることが挙げられます。もちろん、新型コロナウイルスをめぐる真偽不明の情報も広がる恐れもあり、ブランドセーフティ策が強く行使されている可能性もあります。 

前掲した Armstrong 氏は、当面以下のような厳しい状況になると予言します。

成果の追跡や ROI(投資対効果)を証明できない広告は、すべて打撃を受けるだろう。追跡可能な機能から遠ければ遠いほど、より多くの広告予算が撤退していくことになる。また、ふだん、消費者が外出する際に接点が生じるようなセグメントでは、全面的に広告が撤退していくことになる。たとえば、屋外広告や通勤時に触れるようなメディア形態がそれだ。

後者のブランドセーフティ的視点では、たとえばイギリスでは、すでに70億円近くの広告が、「新型コロナウイルス」というキーワードをブロックリストに加えたことで失われたとされています。文化相が「信用あるメディアへの出広をためらわないように」と声明を発表する事態にもなりました。

しかし、運用型広告の監査を行う Integral Ad Science 社の調査では、米国のインターネットユーザーの約8割は、「新型コロナウイルスに関連する記事のそばに広告が出現しても広告主への好悪に変化はない」と答えています(3月中旬の調査)。

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図3 新型コロナ関連記事への広告掲載を気にしないとする消費者(出典:eMarketer 記事)

広告主が速やかに冷静さを取り戻し、良質な報道への出広をためらわない方針に転換するのを期待します。

経営基盤がいっせいに揺らぐ

広告予算の執行の厳格な停止や新型コロナウイルス関連記事への広告掲出停止という厳しい状況は、時間の経過の中で徐々に緩和していくことでしょう。

しかし、これまでも広告への依存度の高く、厳しい経営を続けてきたメディアにとっては、回復を待つだけの十分な余裕がありません。

New York Times が4月10日段階でまとめた記事では、すでに全米でおおよそ2万8,000人のメディア企業の従業員が解雇、一時帰休、もしくは給与のカットなどの対象となったとしています。その後も多くのメディアと従業員が犠牲となっているのは明らかです。ジャーナリズム関連のPoynter 研究所が「Here are the newsroom layoffs, furloughs and closures caused by the coronavirus(コロナウイルスによる、編集部の解雇、一時帰休、閉鎖の情報は以下の通り)」で、ニュースメディア業界の惨状を継続して報じています。

長年、デジタル分野への本格的なシフトに慎重だった日刊紙、週・月刊誌などでは、突然の広告収入の下落、そして、印刷物流の収縮は、経営上の甚大なインパクトとなりました。アメリカのメディア関連アナリスト Ken Doctor 氏は、「生きるか死ぬかを賭けた変革への意思決定(を先延ばししてきた印刷メディアに)は、新型コロナウイルスが、それを明日の課題ではなく、今日の課題としてしまった」と述べます。事実、デジタル化が遅れていた印刷主体のメディアでは、印刷版の縮小廃止の決定を行っているところです。

殺到するユーザー

一方で、おしなべて大規模な競技の多くが中止となったスポーツ分野を除けば、多くのメディアへのアクセスは、Armstrong 氏が述べたように、歴史的な高みも見せました。

New York Times整理した各種ネットアクセスでは、San Francisco ChronicleSeattle Times、そして Boston Globe など地方紙サイトの3月は、前月比で2倍から2.5倍に。また、全国レベルのメジャーサイトでは、CNBCが1月比で倍増、New York TimesWashington Post で同6割増といずれも急騰を示しました。

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図4 急増したニュースサイトへのアクセス(出典:New York Times 記事)

また、自宅での自己隔離を強いられている多くの消費者には、報道メディアだけでなく、エンターテインメントもまた重要なメディア消費です。Nielsen の調査では、Netflix、YouTube、Amazon、そしてHulu など動画ストリーミングはいずれも視聴時間を伸ばし、総合すると2月末週の視聴時間を3月末週は35%もの伸長を見せています。もちろん、ゲームも時間消費を急増させました。

しかし、自宅でのネットアクセス時間総和の急増から生じたメディア消費の高まりは、メディア関連分析サービスの Chartbeat によれば、3月の中旬には新型コロナウイルス関連記事への滞在時間が急騰したのに対し、3月末にはそこから15%ほど下落するなど鎮静化の傾向を見せてきています。

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図 5 メディアでの消費時間は落ち着く傾向に(出典:Nieman Lab 記事)

購読への動きが急加速

依然として数多くの消費者が長い在宅での可処分時間を有し、パンデミックの動向から目を離せない状況である一方、徐々に人々の心理は落ち着きを見せてもきています。

このような潮目の変化に際して、多くのメディアはどのような舵取りを見せているのでしょうか? また、危機に直面する経営環境を脱する道筋はあるでしょうか?

そのような中で、改めて喧伝されるのが「有料購読制(ペイウォール、サブスクリプション)」と呼ばれる収入策です。広告収入に多くを依存せず、読者からの課金収入にメディア事業の活路を見いだそうとする動きです。もちろん、これはパンデミックを機に初めて叫ばれている手法でないことは、言うまでもありませんが。

購読課金の技術基盤やサービスを提供する Piano 社によれば、新型コロナウイルス報道を購読課金の対象とするヨーロッパのメディアでは、購読者が平常時に比し2.7倍となったとします。一方、コロナ報道を購読課金の対象から外すのが一般的なアメリカのメディアでは、購読者の伸びが6割増に止まったとします(いずれも、3月中旬の1週間の集計)。アメリカがヨーロッパの伸びほどに高くないのは、アメリカとヨーロッパで敷かれた非常事態態勢の時間差によるものかもしれないと注記しています。

やはり、購読制への技術やコンサルティング(対象は非メディアを含む)を提供する Zuora 社は3月の1か月間のデータを分析し、ストリーミング企業の購読が「過去12か月間の成長率と比較して7倍に成長」したこと、デジタルニュースやデジタルメディアの「購読者の成長率は3倍に伸びた」ことを示しています。

お金を支払ってでも、信頼できるメディアの情報に触れたい。あるいは、求める情報に触れたいなどの意図が、有料購読を新規に申し込む人々にあることを想像できます。

有料購読制推進の旗手 New York Times の CEO、Mark Thompson 氏は、おしなべて経営危機に直面している(新聞などの)ニュースメディアに対し、同社は「例外的」であり、スタッフの解雇や一時帰休を行わずにいると述べています。広告に依存しない戦略を推し進めているからこそというわけです。

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図6 インタビューに答える NYT CEO の Mark Thompson 氏(出典:Press Gazette 記事)

もちろん、下世話な憶測を述べれば、情報需要が急増する一方で、経済危機という現実もまた消費者に押し寄せています。これまで購読してきたメディアやサービスをキャンセルする動きも生じているはずです。ただ、消費者の生活習慣に溶け込んだ購読サービスが、危機に強い仕組みであることは、自分自身の経験からも首肯できるところです。

購読制の前、そして向こうにあるもの

では、すべてのメディアが有料購読制への舵を切っていくことが、メディアの“明日”なのでしょうか? 

たとえば、200年近い歴史を有するイギリスの老舗ニュースメディアに The Guardian があります。他と同様、広告依拠の事業モデルで近年経営に苦しみ続けてきましたが、20年続いた赤字を脱し、ようやく2019年4月期に黒字化を達成したとされます。

同メディアは、コスト削減はもちろん、加えて各種の収入源の開発に挑戦しています。中でも重要なのは、2014年に開始した「会員制」でしょう。会員には寄付を募るのです。

いま、The Guardian のページを開けば、一見の客には、記事が広告付きながら無料で表示される一方、大きく「Support the Guardian」というバナーが表示され、寄付金の支払いを誘導します。その先には、「単月」や「年間」はもちろん、「1回限り(Single)」などの選択肢が示され、さらには払い込む金額についてもいくつもの選択肢が示され、自ら任意にその額を決めることもできます($1からでも良い)。

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図7 「Support the Guardian」から誘導される LP(出典:The Guardian サイト)

The Guardian は、なぜ記事へのアクセスそのものを有料購読化しないのでしょうか? 同社グループが、非営利団体である The Scott Trust 財団の傘下にあることがひとつの理由かもしれません。同社は、苦しい経営を続ける間も、公共性の高いニュースに多くの人々が触れられるようにしたいとのポリシーを貫いてきています。

メディア本体への有料購読制を採用する手前で、読者との結びつき(エンゲージメント)を高める方法論のひとつとして、メールマガジン(ニューズレター)を、無料の購読サービスとして強化するメディアも最近では多くなっています。New York TimesWall Street Journal などを筆頭に、最近では Axios も、サイト本体よりメルマガに力を注いでいるのでは? と思わせるような注力ぶりです。

パンデミックの猛威が欧米で顕在化して以降、このようなメルマガへの取り組みやその成果も顕在化してきています。

たとえば、イギリスの TelegraphSunday TelegraphDaily Telegraph のデジタル版)は、3月のメルマガの購読が例月の3倍近くまで伸びました。また、同じくイギリスの Financial TimesFT)は、新型コロナウイルスをめぐるビジネスに題材にメールマガジンを3月に創刊、すでに7万件の購読者を集めました。さらに興味深い試みは、イギリスの中堅新聞の i news です。イギリス国内でロックダウン(都市封鎖)が始まったのを機に、メールマガジンを記者の署名および写真付きで配信するようにしたり、70歳以上の読者にメールでどのような情報を取り上げて欲しいかを直接問いかけるなど、読者の孤独感を和らげる工夫をしたことで、記録的なヒット記事や、購読者が平均より35%もの増を見せたそうです。

これらの事例はいずれも、この大変な時期だからこそ読者にどうアプローチすべきか、重要な示唆を与えているように見えます。

メディアが読者に向かって歩みよる機会

本稿を執筆している4月末の段階では、まだ、都市封鎖や自宅への自己隔離を強いられている多くの国々の消費者がいます。上に述べたように、さすがに徐々に冷静さを取り戻し日常生活を少しずつ取り戻そうとしてはいますが、パンデミックをめぐって医療、生活、そして経済活動などに多くの懸念や疑問を持ちながらの歩みです。

そこでは、i news の例で述べたように、消費者の情報ニーズや懸念に寄り添うメディアが求められているはずです。

その意味では、従来のメディアと読者の“距離感”を埋めていくアプローチに期待が高まります。

アメリカのBuzzFeedは、携帯電話のショートメッセージ(SMS)を介して記者が直接読者に新型コロナウイルス関連情報や解説を届けるような購読サービス「BuzzFeed News text」を始めています。最近では、Reach、GroundSource、そして BuzzFeed も利用した Subtext などが、SMSを活用するメディア基盤として利用されるようになっています

また、膨大なユーザ数を誇るメッセージングアプリの WhatsApp や Telegram などでも、情報発信者とユーザ(読者)が双方向でつながる(古い表現ではありますが)メディアが生み出されています。FT が、上述のメルマガに止まらず、Telegram によって1日3回程度の踏み込んだ新型コロナウイルス関連の情報発信を行っているのも、こんな動きのひとつです。

Web を介してコンテンツを発信、そこに読者がやってくる、という以上の歩み寄りが、消費者(ユーザ)心理には求められている時期がいまなのではないでしょうか? 

従来存在していたメディアと読者の距離を縮めるには、署名、写真を見せるのはもちろんです。さらに、動画(やビデオ会議など)で発信者の姿かたちを見せ、読者に話しかけ、その問いや懸念に答える、というアプローチが、最終的に強いきずな(エンゲージメント)を育むことになる。そのような時代が一足飛びに到来したようです。

そして、それは類例のないアクセスの増量だけでなく、有料収入の源ともなっていくのではないでしょうか? 

最近アメリカで誕生したSuperpeerは、ユーザと専門家が1対1で有料のビデオ会議を行うマッチングサービスです

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図8 専門家がビデオ会議での会話に応じる Superpeer(出典:TechCrunch)

このように、知らなければならないことを山ほど抱えた消費者を前にして、メディアの可能性をもっと広げていくことができるはずです。そして、それが潤沢な収益を生み出す可能性さえ見えてきます。

 

著者紹介

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藤村厚夫(ふじむら・あつお)。現在スマートニュースにてフェローを務める。1978年法政大学経済学部卒業。90年代に、株式会社アスキー(当時)で書籍・雑誌編集者、日本アイ・ビー・エム株式会社でマーケティング責任者を経て、2000年に株式会社アットマーク・アイティを起業。その後、合併を経てアイティメディア株式会社代表取締役会長。2013年よりスマートニュース株式会社 執行役員 メディア事業開発担当(Senior Vice President of Media Business Development)など歴任。

本記事は筆者と編集部の独自の取材に基づく内容です。スマートニュースの公式見解ではありません。