Media × Tech

「Media × Tech」ブログはスマートニュースのメディア担当チームが運営するブログです。テクノロジーを活用した次世代のメディアとはどういうものか? そうしたメディアをどうやって創り出していくのか、を考えていきます。

地域メディアがシリコンバレー駐在を置く理由 企業変革の“土壌”作り (4)静新SBSグループ【デジタル人材戦略】

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シリコンバレーでの ブートキャンプ1期生ら=2018年8月

デジタルメディアが定着して久しいが、めまぐるしく技術が進歩する時代に組織をアップデートし続けるのは容易ではない。テクノロジー人材の獲得、定着に向けた文化醸成、成長への動機付け。難課題に対峙する各メディアに人材戦略を聞いた。

■ブートキャンプ始まる

「シリコンバレーはどうだ?」

静岡新聞社と静岡放送を中心に、新聞・テレビ・ラジオ・ウェブを通じて地域情報を発信し続ける「静新SBSグループ」(静岡市)。大石剛社長の冒頭の問いかけに、2017年当時、社長室経営戦略推進部に在籍していた奈良岡将英氏は、「いいですね」と軽い気持ちで答えた。翌年5月、奈良岡氏は米国カリフォルニア州シリコンバレーに単身赴任。提携する現地ベンチャーキャピタルのオフィスを一部間借りして、1人サテライト勤務を開始することになる。

1998年にシステムエンジニアとして入社した奈良岡氏は、2002年に発表した同社のブランドビジョン策定に関わって以降、約15年間にわたり経営戦略とデジタル戦略の領域に携わってきた。「このままではまずいと、ずっと感じてきた。新規事業を立ち上げたり、トライはしてきたが、ことごとくうまくいかない状況が続いていた」

試行錯誤の一つが、2013年に自ら提言して設立したメディア準備室だ。「(デジタル事業に専念する)“出島”を作ったが、失敗した。メディア準備室に異動して来て欲しいと希望した社員は、現場でも重宝がられている人材。専従として迎えるのは難しく、百歩譲って兼務だと言われた」と当時を振り返る奈良岡氏。苦労して仲間を集めたものの、課題解決に向けたアイデアは集まらず、企画担当者を募っても誰の手も挙がらなかった。奈良岡氏は「落ち込んだ」。そして、小手先の技術導入や新規事業立案ではなく、イノベーションを起こし遂行するための「全社的な意識変革が先決」と痛感した。

新天地の米西海岸では、当初、ミッションが明確に定まっているわけではなかった。先進的なデジタルプロダクトやサービスに接する毎日を送りながらも、奈良岡氏は「何が自社に役に立つのか、自分でも分からなかった。自分がピンと来ていないのだから、本社に情報を送るだけでは意味がないと思った」。

他の日系企業駐在員から「良い苗(情報)を見つけて送るよりも先に、土壌(本社社員の意識)の改良が必要」との助言を受け、奈良岡氏は、本社社員をシリコンバレーに呼んで開催する人材育成プログラム「ブートキャンプ」を企画。対象は、やる気のある若手社員ではなく、まずは中間管理職に焦点を当てた。「若手社員が『思った以上に会社を変えられない』『壁がある』と結構辞めるようになっていた。そこで、最初に意識を変えないといけないのは(壁となっている)管理職ではないか、と考えた」

2018年8月、初の「ブートキャンプ」が開催された。管理職約20人が、1週間渡米し、現地のスタートアップ企業やスタンフォード大学の「d.school」(*1)を訪問。デザイン思考のワークショップなどに参加した。大石社長も同行した。

「(同大学ビジネススクールが提唱する)『Change lives. Change organizations. Change the world(人生を変える。組織を変える。世界を変える)』の順番が大切。まずは自分たち自身が変わらないと、組織は変わらない」と奈良岡氏。「これだけ人材育成に予算をかけたのは初めてのことだったし、プレシャーは大きかった。ただ、1期生たちは、見事にシリコンバレーマジックにかかり、感化されて帰っていった」

(*1) d.school:Hasso Plattner Institute of Designの通称

■コア人材育成に手応え

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ブートキャンプ2期生の萩原氏(写真左)と、シリコンバレー駐在の奈良岡氏

広告営業畑を歩んできた萩原諒氏は、当時入社10年目。上司たち1期生の変貌を目の当たりにした。

「正直、奈良岡さんが(シリコンバレー赴任以前に)メディア準備室で取り組んでいた新規事業は、遠くのできごとだなと思って眺めていた。でも、ブートキャンプはインパクトがあった。帰国後の報告会で、管理職たちが『Yes, And』のTシャツを着ていたのが印象的で、シリコンバレーにかぶれて帰ってきたのをポジティブに捉えた。自分もブートキャンプに参加したいなと感じた」

公募した第2期(2019年2月開催)は、萩原氏ら若手社員中心にメンバーが選ばれた。プログラムの中で、営業一筋だった萩原氏は、現地スタートアップ企業社長の「営業なんてしなくて良い」の一言に衝撃を受けた。「米国は国土が広いから営業している場合じゃないという意味だったのだろうが、シリコンバレーの企業はとにかくユーザーに向き合っており、ユーザーファーストだなと。広告営業にしても、クライアントの先にいるユーザーを一緒に見ないと、クライアントの課題解決にならない。そう考えると、普段、自分は何も見ていなかったんだなと感じた」

ブートキャンプは、今年2月までに計5回実施され、編集局長をはじめとした記者、テレビ・ラジオの報道制作、営業、エンジニア、デザイナーら、グループ社員の10%にあたる約70人が参加した。奈良岡氏は「新型コロナウイルス感染拡大の影響で、次回は従来通りのプログラムは組めないが、すでに企業変革のコアになる人材は育成できつつある」と一定の手応えを感じている。

■新たなビジョン策定

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「RUN de Mark」のサイト画面

2期生の萩原氏は、帰国後の2019年10月、経営戦略推進部に異動。ブートキャンプの企画側に回り、同時に新規事業も推進している。ユーザーへの共感インタビューを積み重ね、アイデアを蓄積しつつ社内外でプレゼンテーションを行い、試作品づくりからテスト実施までのフローを繰り返す。「アクションを一つずつやっていく」と意欲を見せる萩原氏。すでにローンチしている事業の一つに、ランナーをターゲットしたウェブサービス「RUN de Mark」がある。現在は、伴走者(ペーサー)の検定を提供。今後、ペーサーとランナーのマッチング機能を導入する計画となっている。

奈良岡氏は引き続き米国に残り、事業の海外展開もにらみマーケットリサーチを行なっている。「RUN de Markであれば、アメリカでも使ってもらえる可能性はあるし、視野は世界に広げてもよいのではないかと考えている」。また、会社と社員個々人のあるべき姿を示す新たなビジョン策定にも取り組んでおり、今年中に発表の予定だ。

実は、同社の歴史を振り返ると、米国でイノベーションの火が付いたのはこれが初めてではない。1951年、創業社長の故・大石光之助氏は、サンフランシスコ平和条約の取材で渡米。現地で民間ラジオ放送の人気を目の当たりにし、帰国後、新たに放送事業を立ち上げた。あれから約70年。2度目のイノベーションの“苗”を大きく育てようとしている。

 

www.mediatechnology.jp

 

 

著者紹介

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荒牧航(あらまき・わたる)

スマートニュース株式会社コンテンツアソシエイト。慶應義塾大学文学部卒業、千葉日報社にて記者、経営企画室長、デジタル担当執行役員を歴任。日本新聞協会委員としても活動後、2019年9月にスマートニュース株式会社へ参画。中小企業診断士としてメディアコンサルティング等にも携わる。

本記事は筆者と編集部の独自の取材に基づく内容です。スマートニュースの公式見解ではありません。