メディア事業におけるサブスクリプション(以下、サブスク)の勝ち筋は、キラーコンテンツ、あるいはキラーサービスを生み出すことだろうか? もちろん、それらは成功の大きな鍵だが、近年ますます重要視されているのが、顧客である読者をよく知ること、そして、読者をよく知るためのテクノロジーだ。
「会員登録に貢献した記事は?」「ペイウォールの最適な位置は?」「無料体験は何週間がベター?」「ユーザーセグメントごとに有効なキャンペーンは?」
適切に仮説を立てるためのデータ分析と、仮説に基づくさまざまな施策の比較検証を、テクノロジーの力抜きで実行するのは容易ではない。メディアビジネスで必要とされる機能をワンストップで提供する「PIANO Japan」代表の江川亮一氏に、サブスクの今とこれからを聞いた。(Media×Tech編集部)
Cookieレス時代のメディアビジネス
——メディアをめぐる環境はどう変化している?
サブスクにせよ広告にせよ、どのような形で収益を上げるにしても、読者との接点づくりをしないメディアは、今後価値がなくなっていくと思います。
背景として、メディアの取り巻く環境が変わってきており、GDPR(EU一般データ保護規則)やCCPA(米カリフォルニア州消費者プライバシー法)、日本の個人情報保護法といった法規制だけでなく、(AppleやGoogleなどの)テクノロジーベンダー自体が規制を始めています。SafariやChromeでサードパーティCookieが使えない世界になると、DSP経由でアドネットワークにターゲティングされた広告が打てなくなります。
このような状況下でビジネスを展開するためには、自社媒体を訪れる読者をよく知り、読者に関わるさまざまなデータを持ち、そこに価値訴求するしかありません。Cookieレスの将来に備えたプラットフォームの構築が必要です。
PIANOは2012年ごろからサービスを開始して、現在では世界14拠点、約350媒体を支援し毎月約20万人の新規会員を獲得しています。ソリューションとしては、サブスクのプラン管理やコンテンツへのアクセス認可といった機能をワンストップで提供するほか、読者のID管理を行うCDP(Customer Data Platform)も併せて提供しています。また、技術的なコンサルティングだけでなく、市場調査やデータ分析に基づくビジネスの改善提案まで行っています。
——国内でも、大手新聞社をはじめ外部のサブスクビジネス基盤を導入する動きが増えてきた。どのような機能が提供されているのか?
まず、有料会員を募って有料会員へのコンテンツの見せ方の制御をしたり、クレジットカードなどの決済との繋ぎ込みを行う課金管理機能を提供しています。日本でサブスクというと「月額500円」といったような(固定の)メニューイメージがありますが、それだけではユーザーに刺さらない。海外の事例を見ていても、うまくいっているケースでは、ユーザーニーズに合わせた複数プランを用意しています。
PIANOの課金管理機能では、1日単位や週単位、あるいは月単位や半年単位などさまざまな料金プランを簡単に作ることができます。(PIANO以外の)他社が提供するサブスク管理ツールでは、この課金管理機能に特化して提供している場合が多いです。
続いて、PIANOでは会員管理機能を提供しています。こちらは無料・有料関係なく使うものです。ソーシャルログインを使ってより簡単にIDを作れるようにすることも重要です。
また、ユーザーごとにパーソナライズしたメール配信機能も提供しています。配信時間のパーソナライゼーションと、メール内容自体のパーソナライゼーションを実施します。また、ユーザーに戻ってきてもらうために、Webプッシュ通知なども機能追加しています。
そして、サイト上での施策実行のための施策管理機能があります。どのユーザーに対して、どのプランを訴求するかといった施策の設計ができ、ABテストまで簡単に実行することができます。特定のユーザーにだけクーポンを発行したり、といった形でユーザに合わせた施策が実行できます。
どこで / 誰に / どのタイミングで / 何を
——機械学習はどのように活用されている?
有料会員獲得にあたり、どうすれば会員になってくれるか施策を考えるのは難しいですよね。
PIANOではサイト来訪者全員に対する機械学習でのスコアリングを実施しており、ユーザーごとに有料会員になる確率を出しています。こちらのユーザーは20%の確率、こちらのユーザーは80%の確率で会員になりそうだという「プロペンシティ(傾向)スコア」に基づいて、適切に施策を打ち分けることが可能です。
そして、サイト上の施策は、「どこで」「誰に」「どのタイミングで」「何を」の4つのフレームワークで定義します。
例えば、特定のカテゴリーで(どこで)、そのサイトで月20PV以上発生させている人に(誰に)対し、そのページに5秒以上ないしは離脱しようとしたら(どのタイミングで)、クーポンを表示する(何を)-といった形で施策を設計できるのです。
そして「誰に」を決める際、先のプロペンシティスコアを使って、会員獲得確率が80%以上のユーザーに絞って有料プランのオファーを表示したり、それ以外の人たちにはサイト回遊を促したりするなど施策を切り分け、効果を高めることができます。
——コンテンツの傾向はどう把握しているのか
会員登録に貢献した記事として、コンバージョン直前に閲覧された記事のデータを見える化できます。どういう記事を通じてコンバージョンしたのか把握することによって、今まで無料にしていた記事をペイウォールの内側に置く判断も可能となります。
記事の種類も、大きく三つに分けるやり方もあります。無料か有料かだけでなく、それらの中間の記事も用意してユーザーごとに出し分けていくことが重要です。
たとえば、本来有料の記事を「今だったら読める」といった(中間としての)使い方をすることによって、エンゲージメント向上につなげていく。さらに、検索エンジンから来た“一見さん”ユーザーであれば、記事下にいくらレコメンド表示しても離脱する可能性が高いので、ポップアップで強めにアピールするとCTRが上がるといった具合です。
コンテンツのパーソナライズエンジンも提供しており、記事下から次のおすすめ記事に遷移させるだけでなく、トップページからパーソナライズを仕掛けていくことも重要になっています。ユーザーごとの嗜好性に合うコンテンツを露出してサイト回遊とエンゲージメント向上を促進するほか、既読の記事を除外することでトップページを最適化することが可能です。
メディアの既存ポートフォリオが鍵
——解約を防ぐリテンション(読者維持)施策にも有効か
解約しそうなユーザーも(プロペンシティスコアで)分かります。どのような施策で解約を防ぐことができるかはメディアによって異なりますが、メールを送って特典提供したり、有料会員限定のサービスを伝え続たりすることが重要です。普段からサイトを訪れているユーザーは(解約に関する)スコアが下がる要素はあまりありませんが、休眠しそうなユーザーに対しては、サイト上で待ち構えるというよりは、オンライン・オフライン問わずに施策を積極的に打っていく必要があります。また、海外では、退会したユーザーを再加入してもらうことに注力するメディアも多いですね。
リテンションについて我々が提供できるのは、解約しそうなユーザーの数や、解約しそうなユーザーの傾向を示すところまで。そこからは、メディアがユーザーをイベントに呼ぶとかプレゼントに応募できるであるとか、特典やメリットを考えて訴求する必要があります。そこはまさに、アーカイブされた記事やデータ、リアルイベントにタレントをアレンジするプロデュース力などメディアの既存のポートフォリオが生きる領域ですね。
——テクノロジーは施策を最適化するが、それだけでは不十分ということか
そうです。ただ、メディアの皆さんと話す中で、データができる領域がやっと来たなという思いもあります。
これまでページビューやユニークユーザーといったコンテンツ単位やカテゴリー単位の数字を見せても、一般的に編集の方々は反応してくれなかった。職人としてコンテンツを作ることが第一で、コンテンツのデリバリーは二の次になりがちだった。この点は、どこのデジタルメディアでも皆さん悩まれてきたことです。しかし、有料会員獲得に貢献したコンテンツ、有料会員からの売上に貢献したコンテンツ、という見せ方をすると、編集の方々の反応がこれまでと違います。
トラフィックが小さいから有料会員化できない、というわけではなく、尖ったメディアや特定分野に注力しているメディアも面白い。アンケートも含めたデータで読者層を明確にし、編集の方々が欲しいと思うデータを現場に届けることが、メディアのDX(デジタルトランスフォーメーション)において分かりやすい第一歩になるのではないか。メディアパワーに繋がるのではないか、と私は考えています。
筆者紹介
荒牧航(あらまき・わたる)
スマートニュース株式会社コンテンツアソシエイト。慶應義塾大学文学部卒業、千葉日報社にて記者、経営企画室長、デジタル担当執行役員を歴任。日本新聞協会委員としても活動後、2019年9月にスマートニュース株式会社へ参画。中小企業診断士としてメディアコンサルティング等にも携わる。
本記事は筆者と編集部の独自の取材に基づく内容です。スマートニュースの公式見解ではありません。