Media × Tech

「Media × Tech」ブログはスマートニュースのメディア担当チームが運営するブログです。テクノロジーを活用した次世代のメディアとはどういうものか? そうしたメディアをどうやって創り出していくのか、を考えていきます。

「ABEMA」が切り開いた“テレビとは違う面白さ” 開局4年でサービス多様化

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「ABEMAは『ユーザーが見たいコンテンツ』を深掘りして流しているだけ。他社ができないことをうちがやろう! という意気込みでやっているわけではないんですよ」

テレビとインターネットの融合を目指し、2016年にスタートした「ABEMA」(当時AbemaTV)がどのように成長し、テレビ&ビデオエンターテインメントとして新たなサービスを切り開いてきたのか。テレビ朝日との共同事業として同サービスを立ち上げたサイバーエージェントの谷口達彦(たにぐち・たつひこ)執行役員(AbemaTV編成制作本部局長)と野村智寿(のむら・ともひさ)執行役員(宣伝本部長)、夜帯ニュース番組「ABEMA Prime」の郭晃彰(かく・てるあき)チーフプロデューサー(テレビ朝日からAbemaNewsに出向)にスマートニュースが話を聞きました。

なお今回は、良質なコンテンツを提供する媒体を顕彰するSmartNews Awards 2020の大賞をABEMAが受賞した記念インタビューとなります。

ブランドリニューアルは「半数以上がオンデマンド視聴」のため

「テレビとビデオのイノベーションを目指す」として、2016年4月11日に開局したAbemaTV(当時)。開局4年目を迎えた2020年4月、サービス名を「ABEMA」とし、ロゴも刷新しました。番組制作を統括する谷口さんは「開局して4年が経過しました。このタイミングでブランド名を刷新することで、われわれのサービスとブランド価値を、より強く打ち出すことが狙いです」と説明します。

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ABEMAはサイバーエージェントとテレビ朝日によって開局したインターネットテレビ局でした。編成に基づいて番組を配信するテレビ型のストリーミングサービスと、オンデマンド配信の2つがメインで、ストリーミングサービスを先行してスタートしました。

ニュースやドラマ、アニメのほか、格闘技やボートレース、麻雀、将棋、ヒップホップなど約20の多彩な専門チャンネルを持ち、スマホやタブレット、PCやインターネット対応テレビなどさまざまなデバイスで視聴できます。また、チャンネルを合わせて配信中の放送を楽しむテレビ型の「リニア視聴」、ビデオのように好きな時に観賞できる「オンデマンド視聴」と、ライフスタイルに合わせて柔軟な楽しみ方ができるのも特徴です。

サイバーエージェントの野村さんは「リアルタイムで配信を楽しむ『リニア視聴』と、見たいときに見る『オンデマンド視聴』の2パターンのうち、現在は実に半数以上の方がオンデマンド視聴を楽しんでいます。しかし旧来の『AbemaTV』という名称だと、テレビのイメージが強く、『決まった時間に見ないといけない』という先入観を与える可能性がありました。そこでブランドとサービス内容を改めて定義し直し、『テレビ&ビデオエンターテインメント』であることをより強く訴求することにしたのです」と説明します。

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「ユーザーの観賞スタイルに合わせて、どんな環境やタイミングでもコンテンツを楽しんでもらえるように多様な展開をしているのが我々の特徴なので、今回のブランド刷新ではその点を明確に打ち出しました」(野村さん) 

「他社にできないこと」ではなく、「ユーザーが見たいもの」にこだわる

ABEMAの魅力であり、メディアの活動として特筆すべき点は、これまで一部のコアなファン向けとされていた多彩なジャンルを新たな境地で切り開いてきたことにあります。

たとえば「将棋チャンネル」は、将棋ブームの高まりと共に、さまざまな仕掛けを取り入れてきました。オリジナルAIである「SHOGI AI」の導入もその1つです。これによって対局中の勝率をリアルタイムで表示できるようになり、将棋の知識がない人でも戦局を楽しめるようになりました。また「大相撲チャンネル」では、これまでのテレビ中継ではなかったテーマソングや、元横綱の花田虎上氏による初心者でもわかりやすく親しみやすい解説を導入。大相撲ファンの裾野拡大に貢献しています。

従来のテレビ局ではできなかったこうした自由な発想や演出が、なぜABEMAでは実現できたのでしょうか。

野村さんは「他社ができないことをうちがやろう! という意気込みでやっているわけではないんですよ」と、あっさり言い切ります。

「結果的にそう見えるかもしれませんが、そもそもABEMAのビジョンは、可能性があるコンテンツやジャンル、人間に潜む興味や欲求を深く掘り起こして表現し、多くの人に伝えていくことなんです。それは多くのメディアも同じでしょうが、いままではビジネス的な制約や編成の都合上、どうしても難しさがあったのでしょう。しかしABEMAの場合、編成や放映時間などの制約をできるだけ取っ払うことができます。それがABEMAの強みなのかもしれません」(野村さん)

谷口さんも「地上波の場合、24時間という1つの編成の枠組みがありますが、ABEMAはそれにとらわれることなくドラスティックに判断して『ユーザーが見たいコンテンツ』を流せるようになっています。クリエイティブに関しても、大相撲や格闘、将棋、競輪などコアなファンに支えられたジャンルを表現力で刷新し、新しい魅力を引き出したり、若い人向けにアレンジしたりすることで、これまで見ていなかった層にリーチできているという点はあると思います」と同意します。

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東京・渋谷のアベマタワーズ1階にある公開スタジオ「UDAGAWA BASE」

 

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収録風景 

編集を加えないノーカット映像でも「実は視聴率が取れる」ことがバレつつある

こうした番組作りに関し、もともと地上波で番組作りに携わっていた社員はどう感じているのでしょうか。

「すごく違和感がありました」と返すのは、テレビ朝日から出向し、現在は夜帯のニュース番組「ABEMA Prime」のチーフプロデューサーを務める郭晃彰さん。「たとえばイチロー選手の引退会見は、日本では平日の夜中に行われました。しかも時間通りに始まらず、結局地上波のニュースでは会見の冒頭30秒だけ流して終わってしまったんです。ABEMAでは全編中継したのですが、正直にいうと、『中継装置で送られてきている映像をただ流しているだけなのに、こんなにたくさんの人が見ているんだ』という驚きがありました」(郭さん)

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何の編集もせず、CMも入れず、いわば“垂れ流している”だけのコンテンツ。地上波ならあり得ない内容ですが、「実は意外な使われ方があることがわかりました」と、郭さんは話します。

その1つが災害現場の中継です。熊本地震の発生時では、現場からの中継を最も視聴していたのは、熊本県内の視聴者でした。手を入れない、ブツ切りではない現場の生映像だからこそ、そこにいる視聴者に状況が伝わる——それはまさに、テレビニュースの中継だけど、“インターネットらしさ”が表れた報道スタイルでした。

「お笑いコンビ・南海キャンディーズの山里亮太さんの結婚会見は全編ノーカットで放送しましたし、お笑いコンビ・雨上がり決死隊の宮迫博之さん、ロンドンブーツ1号2号の田村亮さんによる会見も、ほとんどノーカットで中継しました。この2本は地上波でも中継できる時間帯だったのですが、どれだけの方に見てもらえるか読めないために、テレビ局ではなかなか編成できないんじゃないでしょうか。ただ、少しずつ『実は中継は視聴率が取れる』ということがバレつつあるので(笑)、改めて僕らが提供するABEMAの視聴体験をどう作っていくかが大切だと思います」

テレビ局にはない事業スピード

谷口さんは、そんなABEMAの視聴体験について、「要はインターネットの世界なんだと思うんです」と分析します。

「テレビの場合、テレビ受信機があってチャンネルが複数あって、リビングに置いてザッピングするという視聴スタイルでした。インターネットの世界は雑多にいろいろなものがある、まさに“バラエティ”です。そんななか、ユーザーの方の可処分時間の一部をABEMA視聴に割いてもらうためには、テレビと違う面白さを作っていく必要がある。それが、テレビでは見られないけど、世の中が見たい、知りたい、面白いと思うものを作るという、ABEMAのDNAなんです」(谷口さん)

ABEMAの“インターネットらしさ”は番組作りの方針だけにとどまりません。もう1つ象徴的なのが、事業スピードの速さです。たとえば今年6月、ABEMAが立ち上げた「ABEMA PPV ONLINE LIVE(アベマペイパービューオンラインライブ)」の都度課金モデルは、新型コロナウイルスの感染拡大で巣篭もり需要が高まるなか、自分の都合・好みで自由にコンテンツを楽しみたいユーザーの心をしっかりつかみました。

野村さんは「もともとPPVの実施については議論していたのですが、このタイミングでリリースすることになりました。エンターテインメント業界が置かれた状況や需要があって、このタイミングに出せたのは非常によかったです。その他の開発案件についても、トップの藤田(晋サイバーエージェント社長)が意思決定を行い、スピード感をもって開発を進めています」と説明します。

番組作りにおいても、コロナ禍に合わせた企画を次々に発表し、「おうちでアベマ」キャンペーンを実施。お笑い芸人が自宅芸を競う「家-1グランプリ2020~お笑い自宅芸No.1決定戦~」など、通常の撮影ができなくなった状況を逆手に取ったコンテンツが多数生み出されていた当時の状況を、郭さんは「地上波なら考えられないスピードでした」と振り返りました。

あらゆるチャネルでネットの意見を取り入れた番組作り

そんなABEMAは、コンテンツ作りのPDCAをどのように回しているのでしょうか。

野村さんによると、ユーザー評価としては(1)ソーシャルリスニング、(2)窓口に寄せられる意見という2つのチャネルを大切にしているそうです。ソーシャルリスニングは、Twitterのつぶやきやチャンネル公式アカウントに寄せられる意見の集約という形で行っています。「番組担当者が自発的に確認したり、チームとしてリスニングを行なったり、いろいろな方法でユーザーの生の声を聞いています」(野村さん)とのこと。また窓口に寄せられた意見は、それぞれの番組にフィードバックをして、今後の企画に生かしています。

「ネットの意見を見ることで、ポジでもネガでも何かの兆しを事前に察知し、リスクを予防したり、チャンスを発見したりします。また、同じようなニュースでも、語られ方の違いを見て、次に生かすようにしています」(野村さん)

郭さんは、「SNSでの意見を重点にフィードバックを回すというのは、地上波での番組作りではなかったことです」といいます。郭さんも最近はTwitterで番組の評価を確認するようになったそうで、「テレビマンだけの視点で番組作りをしていた時と異なり、SNSを見ることで、視聴者であるユーザーの違和感や情報ギャップに気付くようになりました」といいます。テレビが伝えきれていない、ネットの空気感や風を読む——「その方が面白いと思います」(郭さん)

そんな“ABEMAイズム”は、事業パートナーであるテレビ朝日の番組作りにも反映されるようになりました。YouTubeに未来を語れるトップランナーのインタビューを掲載し、その映像を地上波のニュース番組でティザー的に出すなど、「テレビを見て気になったコンテンツを、YouTubeでより詳しく視聴できるようにする」という新たな取り組みにチャレンジしているそうです。

広告モデルに依存しない収益モデルは「あれもこれも全部やる」

ユーザーが見たいもの、知りたいものを突き詰めたら、既存のメディアにはないユニークな存在になったというABEMA。コンテンツと同じように、その収益モデルも多彩です。 

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宣伝本部のフロア

多くのメディアは、PVがものをいう広告モデルからの脱却を目指していますが、ABEMAでは、広告以外に月額の有料プラン「ABEMAプレミアム」や都度課金の「ABEMA PPV ONLINE LIVE」もあれば、公営競技のライブ映像の視聴・投票が可能なインターネット投票サービスのWINTICKET、「応援機能」(ギフティング)、Eコマースなど多数の収益チャネルを抱えており、野村さんが「可能性のあるものはすべてチャレンジする、あれもこれも全部やるというのがスタイルです(笑)」というほどです。

「考え方はシンプルで、『人が集まるところで、どういうビジネスをするか』という話です。広告は一番わかりやすいですよね。藤田も言っているのですが、多くの人に支持されて、人が集まればビジネスになる。逆に、人がいなければビジネスになりません。メディアの基本かもしれませんね」(野村さん)

人が集まるなかで、どのようなビジネスを進めるかについては、「計画もしますが、社会的な流れももちろん見ています」(野村さん)とのこと。「とにかく、ユーザーに支持されるサービスを提供することが前提で、その結果、ビジネスとして成立していく流れになっています」と、冷静に見ています。

月額課金もPPVも、どれを選ぶかは人それぞれ。無料でも楽しめるコンテンツがそろっているので、「有料ユーザーだから無料ユーザーより使うかといえば、一概にそうともいえず、コンテンツやジャンルもたくさんあるので、唯一無二のベストな解があるわけではありません。いろいろなパターンのユーザーがいるなかで、そのユーザーにあった満足を提供することに注力しています」と、野村さんはいいます。

 ニュース番組を1時間視聴するのは耐えられない

「動画メディア元年」といわれ続けて久しい今日ですが、動画メディアは今後どのように発展していくのでしょうか。

今回のインタビューでは3人とも、「綿密な動向分析はできないし、やる立場でもないので」と前置きしながらも、思っていることを少しずつ話してくれました。

「いろんなメディア同士の対決をあおるのが好きな媒体もありますが、僕は対決ではなく、それぞれの役割があると思うんです。YouTubeはYouTubeで役割や消費の仕方は違いますし、ABEMAはABEMA。いろんなポジショニングがあって、最終的にはユーザーが求める要望や提供しているサービスやコンテンツに合わせて、みんなが併用して使っていくようになるのかもしれませんね。動画メディア市場が拡大することでコンテンツを楽しめるユーザーがひとりでも多く増えてくれたらうれしいです」と野村さん。

郭さんは、「ニュースの観点からいえば、テキスト情報で手軽にニュースを読めるなか、動画は一段ハードルがあるのかもしれません」としながらも、若い人が「テレビのニュース番組を1時間視聴するのは耐えられなくなっている」という話を聞いて、「ユーザーに、動画ニュースをどう体験してほしいのか、どのように使ってほしいのか、よりはっきりしたキャラクター付けが求められるのかもしれません」との見方を示します。

「テキストメディアでは、BuzzFeedやハフポストなど、自分の色を持つメディアが増えていますが、動画メディアはまだそこまでいっていない気がします。そこがこれからのチャレンジポイントで、何か表明しないといけないかな、と思っています」(郭さん)

 

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(聞き手:スマートニュース鷹木創、まとめ:岩崎史絵)

 本記事は筆者と編集部の独自の取材に基づく内容です。スマートニュースの公式見解ではありません。

 

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