Media × Tech

「Media × Tech」ブログはスマートニュースのメディア担当チームが運営するブログです。テクノロジーを活用した次世代のメディアとはどういうものか? そうしたメディアをどうやって創り出していくのか、を考えていきます。

編集力で「稼ぐ」には……「メディアはビジネスにもっと貢献できる」 NewsPicks for Business 林亜季編集長に聞く

 

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メディアビジネスが大きな変革期を迎えています。紙の新聞の購読者数が減り続ける中、メディア各社はWebビジネスに軸足を移してきています。Webメディアは、広告モデルや有料会員制などさまざまなビジネスモデルを模索し、挑戦を続けています。

 

この記事では、朝日新聞、ハフポスト日本版、Forbes JAPAN Webを経てNewsPicks for Businessの編集長に就任した林亜季さんに、メディアビジネスの変革と今後について伺いました。

デジタルでこの取材網はペイできない

――林さんは、朝日新聞社で記者を経験した後、同社の「メディアラボ」で新規事業を担当。その後転職したハフポストでは初の黒字に貢献した後、Forbes JAPAN Webで編集長を務め、昨年(2020年)7月にニューズピックスとアルファドライブに移って、NewsPicks for Business編集長/AlphaDrive統括編集長になりました。記者職からWebビジネスの統括まで、さまざまな経験をしてきましたね。

 

一番の契機になったのは、朝日新聞で新規事業開発や投資、R&Dなどを手がけるメディアラボに立ち上げメンバーとして異動したことです。メディアラボの経験の中で、ジャーナリズムをビジネスとして成り立たせるための仕組み作りが大事だと考えました。

 

新聞は読者の高齢化が進み、この先大変だという実感がありました。編集ノウハウや取材ノウハウはあるのに、それを生かし切れないまま業界が衰退していくのは悲しいと。

 

朝日新聞には約4000人の社員がいて、うち約2000人が記者。国内の各県だけでなく世界にも記者を配置して情報を集めてくるんですが、当時から、デジタルではこの取材網はペイできないなと思っていました。

 

紙の新聞は年間5万円のサブスクリプションモデルみたいなものです。紙をご購読いただいている読者の皆様に取材費や人件費を出していただきながら、Webに安い値段で記事を流してしまい、自分達の首を絞めているのではないかと、構造自体に問題を感じていました。

コンテンツがバラバラで売られる時代

新聞社は全国からニュースを集めて新聞という形に編集してパッケージとして売ることで、月3000~4000円を払っていただいているのですが、今はブランドがアンバンドル化され、記事1本1本が“バラバラのコンテンツ”として売られるようになりました。これは広い意味でのコンテンツに関わる産業がこの10年ほどの間で全部直面していることです。

 

ファッションもそうです。ファッション通販ではZOZOさんのようなプラットフォーマーが出てきて、ブランドで服を買ったというよりは、「ZOZOで買った」という体験になってきて。ブランドからアンバンドル化され、バラバラのコンテンツとして売られるようになり、価格決定権や値下げのタイミングもブランドにはコントロールしきれなくなってしまいました。

 

音楽もです。Apple MusicやSpotifyが出てきて、CDのアルバムを1枚3000円で売っていた時代から、月1000円程度での聴き放題が主流になりました。アルバム単位ではなくバラバラに楽曲を聴くようになり、価格決定権や流通も配信プラットフォームが持っています。

メディアの役割を拡張すべきだ

そんな時代の中で、私はメディアや記者の役割をずっと考えてきました。役割を拡張し、他の領域に入っていかないと、次のビジネスには結びつかない。

 

最初に考えていたのは広告です。朝日新聞メディアラボ時代には、国際的な広告のクリエイティブアワードであるカンヌライオンズに毎年出張させてもらって受賞作を取材していたのですが、広告のメッセージの方がむしろ、すごくジャーナリスティックだったんです。

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記者はジャーナリズムの領域内で「あのネタがすごい」と評価しますが、広告もジャーナリスティックな主張をしていて、表現手法もすごく多様だし、SNSなどでうまく広める仕掛けもできている。

 

新聞広告のクリエイティブは、広告会社が作っていますが、記者が本気を出して取材力・表現力をフル活用すれば、記事よりすごい新聞広告も作れるはず。それによって広告の質や単価を上げ、新聞がより価値を取り戻すこともできないかと思ったのです。

 

そう考えて、企業やブランドの課題解決にジャーナリスティックな目線や手法で取り組む「ブランドジャーナリズム」に取り組みたくなり、当時(2015年ごろ)は国内だと珍しかったと思うんですが、朝日新聞社内でブランドスタジオを作りたいと社内で提案しました。でもなかなか通らなくて。広告と編集のウォールとか、いろんな議論があって実現できませんでした。いまは朝日はもちろん、読売さんも日経さんもブランドスタジオを作られていますが。

「上から目線でぶっ叩く」のがジャーナリズムなのか?

そうこうするうちに経済部に異動になりました。そこで東芝の不正会計問題をやって、連日連夜取材しては東芝に批判的な記事を出しながら、「これは本当に日本経済のためになるのか?」と疑問に思っていました。

 

自分でビジネスを生み出さなくてはと頑張っていたメディアラボから経済部に異動して、企業のトップに「経営の失敗だ」とか「どう責任をとるつもりか」とか質問していましたが、「ビジネスの現場は大変なんだよ」という思いもあって。

 

この10年ぐらいで読者のスタンスもだいぶ変わっています。SNSなどの浸透で、情報の受け手だった読者が、一人の表現者・発信者になり、「同じ発信をする人間としてこのスタンスはどうなの」と我々にも厳しい目を向けられるようになりました。メディア企業に所属する記者もいちビジネスパーソンとして捉えると、高いところから俯瞰して「あれはダメこれはダメ」とぶっ叩くばかりなのはどうなんだ、と。もちろん権力監視機能や批判的目線の必要性は存じていますが、自分は本当に価値を生み出せているのかと問い直さなくてはならないと。

メディアはビジネスに貢献できる

朝日新聞からハフポストに移り、ブランドスタジオのトップとして徹底的にビジネスに注力し、初の黒字化に貢献しました。当時ハフポストは5年目で、黒字化できるかどうかの正念場でした。

 

ハフポストでは、企業がスポンサードしたいと思える面白い企画を編集部と一緒に考えて、エディターが営業に同行してクライアントの悩みを聞き、具体的に提案していくといったところまでできると面白くてクリエイティブだと気づいたのです。メディアはまだ終わっていない、記者や編集者は価値を生み出すことができると希望を持ちました。

 

――さらに「Forbes JAPAN」に移り、Web編集部の編集長を務めた後、2020年7月、NewsPicks for Businessの編集長になりました。

 

Forbes JAPANの「ポジティブジャーナリズム」というモットーが好きでした。ネガティブな記事、人や企業を叩くような記事、ゴシップ、そして猥雑な話題を敢えて取り扱わないという姿勢です。

 

NewsPicks for Business(*1)も同様に、ビジネスや企業のためにできることは何だろうというスタンスを大事にしています。半年やってみて、メディアの人を引きつける力や伝える力、文脈作り、本当に刺さるメッセージを作れるといった編集の力は、企業に必要とされていると実感しています。

コロナ禍で編集力はより重要に

NewsPicks for Businessでは現在、クライアントの意思決定者や現場担当者の皆様と会話しながらサービスを提供していますが、現場にも企業のトップにも編集の力が必要とされている時代だと感じています。

 

ユニクロを展開するファーストリテイリングの柳井正会長兼社長が、雑誌「ポパイ」の元編集長の木下孝浩氏に「もっとユニクロを編集してください」と言って会社に迎えたという話があります。「ユニクロというブランド自体を編集してより価値を高いものにしてほしい」という意図だと思います。企業のトップが、編集の力を必要としている時代です。

 

ビジネスの現場でも編集力がより必要とされていることを実感しています。コロナ禍でリモート化が進み、社内でもリアルな会話や研修の機会が激減する中、オンラインでいかに社内のコミュニケーションをはかるか、リーダーやマネージャーがいかに同僚にメッセージを発信し浸透させるか、社員同士がいかに自分のアイデアや思いを伝えるか、インナーコミュニケーションの観点からも編集力の必要性をひしひしと感じています。私もNewsPicks for Business編集長として、社内向けの編集力養成講座なども提供しています。

 

メディアは、原稿を作って届けるだけではなく、世の中=読者が求めているものを提示して文脈を作るなど、インナー・アウター向けのコミュニケーションやマーケティングの方針、未来への文脈作りに関わり、ひいては経営にも貢献していけると思っています。

 

コロナ禍でデジタルシフトやリモートファーストなど価値観が大きく変わりました。企業としては、人が外に出なくなってタッチポイントが圧倒的に減り、スマートフォンなどのディスプレイの中で奪い合いがより激しくなった。苦境に陥る企業も少なくない中、人々の消費行動もより保守的になり、経済活動より人命や健康、何を伝えてどう共感を得るかということが重要になっています。そういう時代に、編集力はより必要になっていると感じています。(了)

 

聞き手:Media × Tech編集部(三木鉄也、鷹木創)

本記事は筆者と編集部の独自の取材に基づく内容です。スマートニュースの公式見解ではありません。

*1:編集部注:NewsPicks for Businessは、NewsPicksの仕組みを活用した企業向けの社内限定メディア「NewsPicks Enterprise」などのソリューションを提供する法人向け事業部門。動画で最先端の知識を学べる法人向けプログラム「MOOC Enterprise」や、企業文化の変革に伴走する専門スタジオ「NextCulture Studio」などを通じて組織活性化・人材育成といった企業内部における課題解決をサポートする。