Media × Tech

「Media × Tech」ブログはスマートニュースのメディア担当チームが運営するブログです。テクノロジーを活用した次世代のメディアとはどういうものか? そうしたメディアをどうやって創り出していくのか、を考えていきます。

大胆な本音と、濃いコミュニティ。「メディアは不要」の時代に成長中、KAI-YOU Premiumのサブスク戦略を聞く

ポップカルチャーメディアKAI-YOU.netを運営する株式会社カイユウが、サブスクリプション型のメディアKAI-YOU Premiumをリリースしたのは2019年。

「思ったよりうまくいっている。」リリースから2年が経った今、株式会社カイユウの代表、米村智水氏はそう感じているという。多くのメディアが生まれては消え、人気があるメディアでもマネタイズや存続が難しいと言われている中で、サブスクリプション型版のKAI-YOU Premiumは、どんな戦略をとったのか。 

「Webメディアに唯一残された役割がある」と語る米村氏に聞いた。

 

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株式会社カイユウ 代表取締役社長 米村 智水氏

     

KAI-YOU.netとKAI-YOU Premium

KAI-YOU.netは、2008年頃、まだ学生だった米村氏が同じ学部の仲間たちとつくっていたインディーズの文芸誌「界遊」を前身とするポップカルチャーメディア。当時「界遊」は、文芸誌界隈から注目を集めていて、文芸フリマなどの即売会でも売れ行きは好調、「新潮」や「すばる」などのいわゆる大手の文芸誌の売り上げが1冊あたり数千部の中、インディーズであるにもかかわらず、同等の部数を売り上げるほどの人気だった。

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 卒業後の2011年、「界遊」編集部のメンバーがKAI-YOU, LLC.(現 株式会社カイユウ)を設立し、2013年にKAI-YOU.netをローンチ。TwitterなどのSNSが盛んになりはじめ、求められるコンテンツにも変化が見られるようになった時期だった。今回取材する有料版のKAI-YOU Premiumが誕生したのは、その6年後である。月額1,000円(税別)で、ポップカルチャーを深掘できる重厚なコンテンツや、クリエイター・読者と繋がれるコミュニティ機能を利用できるサブスクリプションメディアとなっている。

 

アドネットワークでのマネタイズはもう限界

━━KAI-YOU.netのリリースから6年、サブスクリプション型のメディアKAI-YOU Premiumをリリースしたのはなぜですか?


まず一番の理由は、マネタイズの問題です。KAI-YOU.netも周りのメディアも、アドネットワークでPVの単価を上げてマネタイズする方向性が頭打ちになっていました。かつてはビジネスとしてバイラルメディアが注目され、巨額の投資が集まったこともありましたが、それでもPVを集めるのにも限界があるんですよね。例えばCGMなどのプラットフォームであれば、1日のPV数が1億や2億まで見越せます。でも、人力で運営するしかないWebメディアの場合は、どんなに人気があっても、バズを生んでも、1日に1億PV以上を稼ぐことは不可能です。アドネットワークでちゃんとした会社やメディアが成立する形で稼ぐというのは、そういう数字の規模感が必要です。ちょうどサブスクリプションサービスがいろんな分野で生まれていたときだったので、そのメディア版をやったほうが健全に運営できるのではないかと思いました。

それからもうひとつ、社内のメンバーの強みを活かしたかったという理由もあります。バズらせたり速報を出したりすることも大事ですが、読ませる記事を書くほうがKAI-YOUのメンバーの才能的にも合っていると思っていました。それもあって、 有料のKAI-YOU Premiumを進めることにしたんです。

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KAI-YOU Premium


━━Webメディアでサブスクリプションを導入している事例も多くはない時期だったことを考えると、大きな決断ですね。1,000円という価格にも何か理由が?

最初は500円という案もありましたが、1,000円でも大丈夫だろうと思いました。安くしたら安いなりの記事になってしまいますし。以前は「インターネット上のサービスは無料で見るのがかっこいい」という思想がありました。でも今は「無料で見るのはかっこ悪い」「クリエイターや頑張っている人、好きな人には寄付しよう」という、真逆の方向に転換しています。インターネット上のサービスや人にお金を払うことが当たり前になって、サブスクリプションにも抵抗感がなくなっているなって。

 

━━現状はどうでしょう、うまくいっていますか?

マネタイズは思ったよりうまくいってるんですよね。リリースするまでは正直なところ、どうなるか全くわからなかったんです、良い例がなさすぎて。でも、運営して2年目の登録者数という面では、十分すぎるぐらい成功しています。一方で、サブスクリプションメディアにおけるコンテンツの制作においては、まだわからないことがめちゃくちゃあって。有料の記事は、作り方も大事な部分も、無料の記事とは全然違うんです。でも、Webで活躍してきた編集者やライターというのは、「買ってもらう」コンテンツをつくってきたノウハウや経験が少ない。それは当然、僕らにも当てはまります。

 

━━具体的にどんなところが難しいですか?

例えば、記事のシェア数やツイート数と会員登録数が全く比例しないんです。すごくバズったのに全然会員登録されない記事もあれば、Twitterで10〜20リツイートぐらいしかされなかったのに、めちゃくちゃ登録される記事もある。

KAI-YOU Premiumの戦略の一つとして「ファンダムに届ける」という指標があります。著名なクリエイターやタレントのファンの文化がKAI-YOU Premiumにつながるような記事をつくる。とはいってもそれも難しくて、チャンネル登録者100万人のユーチューバーよりも、10万人のユーチューバーを取材した記事の方が会員登録数が圧倒的に多いということは往々にして起こり得る。そのコミュニティの文化やファンを深く理解する必要があります。

お金を払ってまで読むことと、シェアをすることの関連性には本当に法則がなくて、数字だけでは予測ができません。「知っている」と「好き」って全然違うということなんですよね。だから企画会議ではいつも、実際に登録されるコンテンツは何なのか、どういう切り口なら可能なのかを議論しています。


有料記事だからこそ、感想を言い合える場が必要

━━うまくやる方法を探す中で、何か掴めてきたことはありますか?

「有料の記事とはそもそも何か」を常に考え続ける一方で、「記事以外の価値をどうつくるか」についても注力しています。KAI-YOU Premiumは、記事単発の課金システムではなく、サブスクリプションなので、当然メディア自体に魅力を生まないといけません。そんな中で2020年9月から始めたのが、Discord(ディスコード)※を活用したコミュニティ運営です。読者の方々にコミュニティへの所属意識を持ってもらうというのが大事なのではないかと。記事の感想を言い合う場として機能することはもちろんですが、なんでもポップカルチャーに関する話題などを語れる場所としてDiscordサーバーをつくりました。

※Discord(ディスコード)……月間2.5億人を超えるアクティブユーザー数を獲得(2019年時点)している、ゲームに特化したコミュニティアプリ。音声通話やテキストコミュニケーションに加え、2020年4月にはグループでのビデオ通話も可能になった。

  

━━━なるほどDiscordですか、面白いですね。詳しく知りたいです。
KAI-YOU Premiumで取り上げる内容は、KAI-YOU.netと比較するとめちゃくちゃ尖っていたり、ニッチだったりします。だから、それを好んで読む人同士は、単純に仲良くなれそうだなと思いました。それから有料の記事って、読んだ後にSNSなどに感想を書きづらいんです。ネタバレになっちゃいますから。ユーザーのリテラシーは今、とても健全な方向に向かっていて、有料コンテンツのネタバレなどを誰も書き込まないんですよね。これは一昔前では信じられないことです。『界遊』をやっていたころなんて、特集が丸々インターネットにアップされたりしてましたから。だからこそ、ちゃんと感想を言い合える場が必要だなと思いました。Discordなら、会員限定でいろんなイベントやゲームができるし、記事だけじゃなくてポップカルチャーの動きやビジネスの話もできるんです。

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KAI-YOU Premium会員向けのDiscordサーバー

━━やってみてどうですか?

うーん、まだまだROM専※が多いんですよね。日本人特有なのかもしれませんが、急に知らない人と話すことって、どうしてもハードルが高いんだと思います。クラブハウスも聞いているだけの人がほとんどで、喋っている人は有名人やなにかしらの肩書きがある人が多いですよね。そういう状況を崩すためには、投稿しやすいような雰囲気づくりが必要なので、週に一度トピックスをつくって、みんなで議論をするなどして活性化を図っています。

※ROM専(Read Only Member 専門):コメントや書き込みはせず、サイトを見ているだけのユーザー。

 それでも最近はようやく盛り上がり始めているので、いろんなイベントをやったり、もっと居心地のいい場所にしていこうと思っています。始めた頃はDiscordの認知がまだ低かったのですが、コロナ禍で使い慣れた人が増えたのも追い風だと思います。だからこそ、今後はこの運用がかなり重要になっていくと思っています。

 

━━以前から、オフラインでファンの方とコミュニケーションをとっていましたよね。Discordを導入したことでファンの方々との関係性に変化はありましたか?

あります。もともとリアルなイベントをライブハウスなどでやったり、公開収録でトークセッションをやったりして、KAI-YOUはユーザーとの交流が盛んなメディア・会社なんです。 

でもDiscordで読者の方々と毎日お話するようになって、関係性がより濃くなりましたし、もっと読者が可視化されるようにもなりました。中にはライターや編集者・デザイナーの方々もいらっしゃって、お仕事をお願いするようになったケースもあります。当社のメンバーもざっくばらんに話しかけるし、話しかけられる。敬語すら使われないときも多々あります(笑)。だからあんまりファンの方という感じでもないんですよね。中心人物がいたり、上下関係的な構図があるような、いわゆるオンラインサロンとは違ってすごくフラットです。


━━ Discordに集まるのはコアなファンの方が多いのかなと思います。一方でKAI-YOU.netでは、「どんな人が見ても楽しめる」ということも大切にされていますよね。

両方必要だと思ったんですよね。ただ広く届けるだけに注力すると、どうしても浅くなりがちなので。KAI-YOU.netでも記事の掘り下げを頑張ってはいるんです。でも、読者の方々はみんな忙しいし、ほかにも見るものは世の中にもたくさんあるから、長文をどんどん読まなくなっています。そんな状況の中でもハイからローまで届けていくには、深めることと広げることの両方をやらないと、本当のポップとは言えないんじゃないかという考えのもとでやっています。 

実はKAI-YOUにはマスコットがいるんですよ。チョウチンアンコウをモチーフにしたキモいキャラでハッコウくんっていいます。チョウチンアンコウにした理由は「深海を灯りで照らす」という特徴にあります。ポップというと勘違いされがちなんですが、僕たちはみんなが知っているものとか受け取られているものという意味だけではなくて、深くて暗い中にもポップがあるはずだと思っている。そういうものを探すという意味で、チョウチンアンコウにしたんです。 

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KAI-YOUのマスコット ハッコウくん

 

「本音」を伝える。それがメディアに残された唯一の役割

━━有料会員の獲得にもっとも貢献したコンテンツは?

「舐達麻」というHIPHOPクルーがいるんですが、これがなかなか尖ったグループで。彼らのインタビューをきっかけとして継続的に多くの方に登録され続けています。

登録される記事に共通しているのは、取材対象者が、熱量が高くて人気もあるのに、いわゆる業界人や大人が気づいていなくて、他のメディアには出ていないこと。今はすでに有名ですが、「舐達麻」は非常にアンダーグラウンドな人たちなので、一般的なメディアには出にくかった。

それから「ピーナッツくん」というバーチャルユーチューバーのインタビューも人気です。バーチャルユーチューバーは、雑談してるだけで1億円稼げるなどと報道されていますが、ピーナッツくんの登録者は10万人ぐらいしかいません。でも喋っていることや表現がクリエイターとしてすごく面白い。というかシーンで一番面白いです。バーチャルユーチューバーって、基本的にはキャラクターを役割として演じているので、本音を言わないんです。でも、KAI-YOU Premiumでは、バーチャルユーチューバーとしてのキャラクターを取材するだけではなくて、その「中の人」にも取材をします。登録しないと読めない・見れないメディアだからこそ、取材対象者の人も他のメディアでは言ってくれないような「本音」を言えるのかなとも思います。 これもKAI-YOU Premiumの特徴ですね。


━━有料であることが機能しているんですね。だから本音を引き出せる。

「本音」は今後のコンテンツを考える上で重要なキーワードだと思います。セルフブランディングが大事になって、さらに誰もが上手にもなっているから、SNSで誰も本音を言わなくなってきているじゃないですか。TwitterみたいなオープンなSNSって渋谷のど真ん中で、大声で叫んでるようなものだから。誰かの悪口とか、政治や宗教の話とか、タブーに触れること、あるいは本当に大事なことはなかなか言いづらくなっているんです。気にせず感情的にSNSで言ってしまう人もいるけど、不特定多数の前で本音を語ることは、デメリットのほうが遥かに大きいです。でも本当は誰しもが本音を好き勝手言いたいし、聞きたい。本音というのは、その人の実存の問題なんです。だから限られた人だけが見れる場所で、丁寧に聞けば答えやすいのだと思います。 

メディアって、本当はもういらないじゃないですか。TwitterもインスタもYouTubeもクラブハウスもあって、誰しもが自分でいつでも好きなように発信できる状況が整っているから。でもそれらに不可能なことが一つあるとしたら、本音を語ることなのかなと思うんです。取材を行って、第三者的な立場からそれを引き出すのが、メディアに残された唯一の役割でしょう。 そういう意味では、KAI-YOU PremiumとKAI-YOU.netはメディアの役割をちゃんと果たせていると思います。

 
━━有料という鍵がかかったメディアだから本音を引き出せる。読者は本音が知れるから、お金を払ってでも読みたいと思う。さらにその感想を言い合いたいからコミュニティを利用し、そこでまた新たな記事と出会う。良い循環が生まれているのかなと思うのですが、入会数や継続率は、リリース当初に想定していたものと比べてどうですか?

最初は記事を一つ読んだら抜けちゃうかなと思っていましたが、取材した人に関係のある人をつないだり、Discordでイベントや飲み会を開いたりしていくうちに改善していきました。結局、人のつながりが大事なのだと思っています。 

登録者数も全体傾向としてはよくなっているかなと思います。特にコロナ禍で入会数が増えました。エンターテインメントはお金の使い方が限られるじゃないですか。今、その使い先がどんどんネットに移行しているので、 選択肢の一つとしてKAI-YOU Premiumも選ばれているのかなと思います。

 

━━2020年以降、イベントの中止などで打撃はありませんでした?

ありました。KAI-YOU.netではこれまでイベント取材をたくさんしていたので、イベントがなくなったのは大きな痛手でした。他の取材はすぐにZoomに切り替えて出来ましたが、イベント取材は完全にできなくなってしまったので。広告出稿も最初の緊急事態宣言のときはかなり中止になったり、減りましたし。だからこそ、 KAI-YOU Premiumをやっていて良かった。外部要因にあまり左右されず、登録者数はむしろ増えていきました。自社のメディアで読者をつけて、その人たちからのサポートで成り立つことが健全だと改めて思いました。

 

━━今後の戦略があれば教えてください。

今は KAI-YOU Premiumと KAI-YOU.netが分かれているので、もっとそれがない交ぜになるようなイメージを持っています。ゆくゆくは KAI-YOU.netでもアドネットワークをやめたくて。今もすでに広告の数を減らしていますし、 KAI-YOU Premiumとは別で、ドネーション※などの仕組みも開発中です。

※ドネーション:寄付金制度。独自の支援者層をつくって収入に結びつける仕組み。


━━ドネーションですか、興味深いです。

PVでお金を稼ぐのは本当にもう無理なんです。WebメディアのPVって、どこも今後どんどん下がっていくと思います。それに比例して、ゴシップやリークを中心にしたコンテンツや報道が過激化していくでしょう。アドネットワークを止めたいのは、そもそも求められていないものがサイト上に載っているのがいびつだという理由もあります。海外では、ドネーションを導入して経営難を乗り切った英紙「ガーディアン」の事例が知られていますし、インターネットのコンテンツにもお金払うことが当たり前の時代だからこそ、メディアへの寄付や支援の制度も成り立つんじゃないかと考えています。 

もう僕は、Webメディアに絶望してるんですよ……。ずいぶん前は、オルタナティブな、マスメディアに代わる新時代のメディアだと言われていたこともありましたし、僕もそれを信じようとしていました。でも結局はスモールビジネスだったんだなって。もちろん、それが悪いわけではないです。マネタイズの手法も サブスクリプションやドネーションへと変わっていくと思っていて、だからこそ、小さくて濃いメディアが台頭してくるのかなと思います。

 

━━本音を適切に伝えたり、ドネーションが成立したりするメディアが生まれると、いい世界観になっていくのかもしれませんね。

そうですよね、Webメディアってどうしてもプラットフォームに勝てないので。PV稼ぎの勝負だと負けるのは確実ですし、現場も疲弊しますしね。だからもっとWebメディアというビジネスにあったマネタイズの方法や仕組みがあるはずなんです。それを模索して、実践している形です。 

サブスクリプションの運営に慣れてきたのも最近ですからね。メディアは長くやらないとわからないですし。今はまだ、 KAI-YOU Premiumは赤ちゃんで、それの面倒を見てる感じです。(了)

 

聞き手:Media×Tech編集部(山﨑 俊彦)