Media × Tech

「Media × Tech」ブログはスマートニュースのメディア担当チームが運営するブログです。テクノロジーを活用した次世代のメディアとはどういうものか? そうしたメディアをどうやって創り出していくのか、を考えていきます。

インターネットから「ギフト」を受け取るには?——Google News Labでの活動

デジタル報道の発展を支援する Google News Lab(GNL)。その現在の活動について、同チームの「ティーチング・フェロー」古田大輔氏に最新の取り組みやその意義を寄稿してもらった。新聞記者からネットメディア編集長へとキャリアを重ね、ジャーナリズムとデジタルメディアを横断する経験から、ジャーナリズムが、インターネットとデジタルから得られるものについて語る。

日本の報道業界で、最も権威がある賞と言われるのが、日本新聞協会が主催する「新聞協会賞」です。その新聞協会賞を2019年度に受賞したのが秋田魁新報の「イージス・アショア配備問題を巡る『適地調査、データずさん』のスクープなど一連の報道」でした。なかでも、適地調査のデータが間違っているというスクープは、計画断念へ流れが変わるインパクトがありました。

その一連の報道の裏に、GNLの活動も関係していたと教えてくれたのは、秋田魁新報で取材班の中核にいた松川敦志さん(現・社会部長)でした。2020年12月からGNL主催で月1度開催している「デジタル取材道場オンライン」でのことです。

デジタル取材が報道に欠かせない時代

全国のメディアからゲストを呼び、デジタルを活用した報道の事例について解説してもらう「デジタル取材道場オンライン」。新聞協会賞を受賞したイージス・アショアに関する秋田魁新報の報道は、配備計画の現場を歩いて掘り起こした地道な調査報道の事例ですが、その裏側にはデジタル取材の手法が取り入れられていました。

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秋田魁新報、当時の報道の一部(同電子版から)

松川さんによると、取材班はイージス・アショアに関する一連の報道を始める際、配備計画の場所として、なぜ、秋田が選ばれたのかという地域の目線だけでなく、日米安全保障の大きな枠組みから捉えようと考えたそうです。

そのためには、アメリカでの動きや、世界中にある米軍基地に関する取材が必要です。役に立ったのが、Google検索やGoogleマップなどを駆使するデジタル取材の手法であり、長期連載を始める1か月ほど前に、GNLの前任者・井上直樹さん(現NHK)から、それらのトレーニングを受けていたのだと言います。

松川さんは、検索や地理情報の確認などのデジタル取材の手法を「情報を集めるためにやれることはなんでもやるための必須のツール」と呼び、「現地を歩き回る取材と同様、ネットの世界を歩き回った」と振り返ります。

長い歴史を持つ報道の世界では、現場取材が重視されてきました。現地に行き、関係者に直接会い、ネットに上がっていない情報を見つける。その重要性は、いつの時代も変わりません。

一方で、ネットに公開される情報が飛躍的に増え、人々がネット上で出会い、会話し、売買し、政府など公的機関や企業なども大量の情報をネットにアップする現代において、ネットの情報洪水の中から、必要な情報を見つけ出す技術も不可欠です。現場を歩くだけでネットを歩かなければ、取材不足だとも言えます。

Google News Labが取り組むデジタル報道支援

GNLはデジタル報道の手法を、基礎から世界最先端の事例まで、報道に携わる方々と共有し、デジタル時代のジャーナリズムの発展を目指すチームです。筆者は、「ティーチング・フェロー」という役職を前任者の井上さんから引き継ぎました。

その活動については、井上さんもこのMedia×Techで2020年3月に紹介しています。

GNLの仕事の中心はジャーナリストにデジタル取材の手法をトレーニングすることです。個別の編集部へのセミナー(現在はオンラインで実施)の他に、冒頭で紹介したように組織横断的に開く「デジタル取材道場オンライン」や、YouTubeライブで実施し、誰もが受講可能な「GNIライブ」などがあります。 

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YouTubeチャンネル「Google News Initiative」の「GNIライブ」から

前任者の井上さんの時代から、この3年半で延べ1万人を超える記者や編集者、ビジネス部門も含めた報道関係者へのトレーニングやセミナーを実施してきました。検索の基礎から機械学習の報道への活用まで、様々なデジタル報道の手法を自分で学べる無料のオンライントレーニングコースも提供しています。

4月からは大学生を対象にファクトチェックの技術を学んでもらう「Googleファクトチェック・チャレンジ」も開催。5月には記者や一般の方も対象に含める「Googleファクトチェック・ワークショップ」をいずれも無料で開きます。

 

「野球からサッカーへ」環境の激変に対応する

筆者が2002年に朝日新聞に記者として入社した際、新人研修の内容は、最初に担当することになる事件取材の手法や報道の意義などについてが主でした。インターネットやデジタルツールに関するレクチャーは、まったくありませんでした。

その時に学んだ取材手法や、社会部や国際報道部の現場で実践的に学んだことは、今も生きています。その重要性が色褪せることはありません。しかし、冒頭でも書いたように、デジタル時代には、デジタルの手法も覚える必要があります。松川さんも指摘するように「使えるものはなんでも使う」のが取材の基本と言えるでしょう。

デジタル技術による情報環境の変化は劇的でした。特にスマートフォンとソーシャルメディアが2008年ごろから本格的に広がり始め、人々が24時間どこからでも情報を受発信できるようになり、情報爆発が起きたのが決定的だったと感じます。

それ以前から記者として活動していた筆者には、自分がやっているスポーツが野球からサッカーに変わったぐらいの衝撃がありました。新しいルールと戦略・戦術・技術を学ぶ必要がありました。同時に、プロ野球で鍛え上げられた基礎体力や様々な能力は、サッカーでも活かせると感じるようになりました。秋田魁新報の事例がそれを示していると思います。

日本全国の新聞社、テレビ局、出版社、ネットメディア、フリーランスなど、さまざまな立場の方々と話をしてみて実感するのは、日本には新しい知見を学ぶ場がまだまだ足りていないということです。

高度なデータジャーナリズムやビジュアライズの前に、まず、個々の記者が、検索やソーシャルメディアに関する基礎的な知識を実用レベルでしっかりと身につける必要があると感じます。デジタルトランスフォーメーションとは、組織だけでなく、組織を支える文化や価値観、個々人もトランスフォームすることを意味するからです。

痛みだけでなく、ネットから「ギフト」を受け取るには

米アマゾンのジェフ・ベゾスCEOは米ワシントン・ポストを買収し、デジタル改革に乗り出す際、映画「スポットライト 世紀のスクープ」でも有名なマーティン・バロン編集長ら幹部にこう語ったそうです。

君たちはインターネットから痛みを受け取っているのに、ギフトを受け取らないのはなぜなんだ?
(Washington Post「Marty Baron, Jeff Bezos, Donald Trump and the eight years that reshaped The Washington Post — and journalism」)

ネットは従来の情報環境のあり方を激変させ、新聞社など報道機関は改革を迫られています。それがある部分で「痛み」であることは、新聞社に13年間在籍した筆者にもよくわかります。

同時にベゾス氏が語るように、ネットやデジタル技術は、ジャーナリズムの世界にこれまでは不可能だった様々な恩恵をもたらしています。その「ギフト」をいかに受け取るのか。

ワシントン・ポストのデジタル改革は、絶大な成果を生み、2013年にマーティン・バロン編集長が就任して以降、デジタル課金読者は300万人を超え、スタッフは580人から1000人超に増えました。さらに、報道業界で世界最高の栄誉であるピュリッツァー賞各部門を合計10回受賞しています(前掲記事から)。

そのデジタルコンテンツは、今や世界中で読まれています。新型コロナウイルスで世界的に「ロックダウン」が話題となった時にこのコンテンツ(「コロナウイルスなどのアウトブレイクは、なぜ急速に拡大し、どのように『曲線を平らにする』ことができるのか」)を読んだ方も多いのではないでしょうか。

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偽の病気「シミュライタス」を用いた感染拡大のシミュレーション(前掲記事から)

ワシントン・ポストのグラフィック記者が、人の移動の制限による感染拡大の抑止をアニメーションで再現したこのコンテンツは、世界中から注目され、それに気づいた編集部は、素早く日本語を含む各国語に翻訳しました。

デジタルだからこそ可能な表現、データ分析、配信であり、まさにデジタルの「ギフト」を思う存分に活用したコンテンツと言えるでしょう。

筆者のGNLでの活動は、日本のより多くの報道機関やジャーナリスト個々人に、そのギフトが届く手助けをすることだと思っています。

著者紹介

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古田大輔(ふるた だいすけ):
ジャーナリスト/メディアコラボ代表/JIMA理事
1977年福岡県出身。早稲田大政経学部卒。2002年より朝日新聞で、アジア総局、シンガポール支局長などを経てデジタル版編集を担当。2015年にBuzzFeed Japan創刊編集長に就任。ニュースからエンターテイメントまで、記事・動画・ソーシャルメディアなどを組み合わせて急成長をけん引。2019年6月に株式会社メディアコラボを設立、代表取締役に就任。2020年9月からGoogle News Labティーチング・フェロー。その他の主な役職として、インターネットメディア協会理事、ファクトチェック・イニシアティブ理事、Online News Association Japanオーガナイザー、早稲田大院政治学研究科非常勤講師など。