Media × Tech

「Media × Tech」ブログはスマートニュースのメディア担当チームが運営するブログです。テクノロジーを活用した次世代のメディアとはどういうものか? そうしたメディアをどうやって創り出していくのか、を考えていきます。

あなたのメディアは、誰に、何の価値を提供しますか? 古田大輔氏インタビュー 前編【デジタル人材戦略】

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「ニュース・イノベーション&リーダーシップ」エグゼクティブ・プログラムに参加する古田氏(写真右から3人目、ニューヨーク市立大学提供)

諸課題に対峙する各メディアの人材戦略を紹介する「デジタル人材戦略」連載。番外編として、国内外のニュースメディア事例に詳しく、昨年から1年間、ニューヨーク市立大学のプログラムに自ら参加して各国のメディアのリーダーたちと学び合った古田大輔氏(ジャーナリスト/メディアコラボ代表)に「ジャーナリスト育成の今と未来」を聞いた。(Media×Tech編集部)

ジャーナリズムをビジネスとして成立させつつ、発展させるためには

——参加したプログラムの内容はどのようなものでしたか?

僕が参加したのは、「ニュース・イノベーション&リーダーシップ」というプログラムです。変化が激しいデジタル時代に、ジャーナリズムをビジネスとしても成立させつつ、どう発展させていくのか、を考えるメディア幹部向けのエグゼクティブクラスでした。

世界中のメディアから16人が参加しました。例えば、ドイツの大手雑誌「DER SPIEGEL」や「Bloomberg」「The New York Times(NYT)」「The Financial Times」など。あとはチリのメディアや、南アフリカからも独立系メディアの経営者が来ていたり。

初めての企画で、この16人が最初のメンバーなんです。プログラムを企画したNY市立大のプロジェクトリーダーが世界中から多様な人材に参加してほしいという思いを持っていて、アジアでは僕に声がかかり、書類や面接試験に合格して参加しました。

——プログラム参加にあたり、どういう期待、問題意識が背景にあったのでしょうか

日本において、政治や経済などのハードニュースを出すメディアは、今後生き残っていくのが本当に大変だと考えています。デジタルに進むしか道はないですが、デジタルでも生き残っていくのは難しい。僕は朝日新聞を退社後、BuzzFeed Japan創刊編集長を経て2019年に独立し、国内メディアのデジタル・トランスフォーメーション(DX)をサポートする仕事をしてきました。常に知識を更新しておきたいと考えているのですが、最先端のデジタルジャーナリズム、特にそれをビジネス視点も含めてとなると、学ぶ場所が日本国内にあまりない。なので今回、ビジネス・オブ・ジャーナリズムのプログラムがあるよと声がかかったので、面白そうだなと思って参加しました。

全員が1年間でキャップストーン・プロジェクト(卒業課題)をまとめないといけないのですが、僕の当初のアイデアは、日本のジャーナリズムの中核部分を担っている新聞業界をDXするサポートプログラムを作るという内容でした。コロナが本格化する以前の昨年1月にニューヨークに集まってみんなで議論して、それぞれの当初案をプレゼンしたんです。僕は、日本ではニュースメディアのデジタル化が遅れているという説明をした上で、DXをサポートする仕事をしたいとプレゼンしました。そしたら、クラスメイトたちの反応が「めっちゃブルーオーシャンだね」というものだったんです。「あ、なるほど。みんなそう考えるんだ」と目を開かされました。逆に言うと、そう考える人が日本には少ないから、メディアのデジタル化が進まないんだな、と、強い感銘を受けました。

当初は3ヶ月に1回、ニューヨークに行く予定だったのですが、コロナの影響で、最初に1回行ったあとは全部オンラインとなってしまいました。毎週木曜日、日本時間の夜11時から受講していました。 

読者や社会への価値提供

——プログラムの中での一番の気づきは?

ビジネス・オブ・ジャーナリズムは、どうやって金儲けをするかみたいな話ではないんです。オーディエンスや社会にどういう価値を提供しますか、という「バリュー・プロポジション」が中心にある。あなたのメディアは、誰に、何の価値を提供するんですか、もしちゃんと価値を提供しているのであればお金になるはず、ならないのはなぜですか、という考え方です。

世界にはすでにさまざまな、バリュー・プロポジションを軸に置いたビジネス・オブ・ジャーナリズムの実例があって、そういう媒体ではどのように収入を生んでいるのか知るのは非常に面白かったし、バリュー・プロポジションについての分析手法について学び、議論する中で、色んな事に気づかされました。記者が自分が書きたいことを一方的に書くのではなくて、読者を中心において、読者の課題解決に役立つ記事を書く。つまり、オーディエンス・セントリック(読者を中心におく)なニュースメディアをどう作るのか。オーディエンス・セントリックを戦略戦術に落とし込むにはどうしたらいいのか。創刊編集長を務めたBuzzFeed Japanの3年半の間に、僕はエンゲージメントとは何かを学んで実践してきたつもりだったんですけど、視点が甘かったと感じました。

驚いたのは、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)に関する授業です。4、5回はあったんじゃないかな。つまり、全体の授業の1割以上がD&Iについてで、ニュース発信者にとってどれほど重要なのかということを、繰り返し教えられました。日本のメディアも「ダイバーシティが大切だ」とよく言いますが、その日本のメディア組織自体にダイバーシティが足りない現実がありますよね。D&Iを単なるお題目ではなく、きちんとニュースルームのコアな価値に位置付け、しかもそのコアな価値を持っているからこそ、それぞれのコミュニティとより深い結びつきを生むという考えがある。D&Iの議論がそのままバリュー・プロポジションに関係するわけです。

プログラム参加者と話し合っていて良いなと思ったのは、社会にどう役に立つのか、民主主義にどう資するかといった視点を当たり前に持っていることです。その前提を議論する人はいない。社会に提供する価値に見合う収入を生み出せないとメディアが死んでしまうので、では、ジャーナリズムをより価値のあるものにしつつ、しかもそれを収入につなげるにはどうしたら良いかという議論ができたことが、とても良い体験でした。

課金型で成功しているスウェーデンのメディアのCEOをゲストスピーカーとして招いて、編集とビジネスの関係について話してもらった内容も興味深かったですね。編集とビジネスの壁はしっかりしておかないとダメで、広告収入によって編集方針が歪められるようなことがあってはいけません。しかし、課金型になってくると、編集で提供する価値そのものが課金につながる。だからビジネス側と編集側が話をしやすくなった、と。読者への価値提供がそのままお金に結びつくようになったと、そのCEOは言うのです。

もちろん日本でも、日本新聞協会の「新聞倫理綱領」にあるように「民主主義社会を支える」と言ったようなことが書いてあるわけです。ですが、本当に世の中に役に立っているかどうかチェックしていない。そのCEOは編集戦略を考える上で、編集とビジネスの混成チームで何度も読者インタビューをして、何に期待をしているのか詳しく聞いたそうです。日本において、ニュースメディアの読者の数が減ってるときに、紙の読者が減っているから、ではなくて、役に立ってないんじゃないかということを考えないといけないと思います。本当に世の中に価値を提供できているのであれば、それはお金になってるはずだよねと考える。

記者とジャーナリストはイコールではない

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ニューヨーク市立大学「ニュース・イノベーション&リーダーシップ」エグゼクティブ・プログラムのウェブサイト

——このエグゼクティブ・プログラムで学ぶ内容は、記者職の延長線上で全員が学ぶべき内容なのでしょうか? それともマネジメントの専門職が学ぶイメージのものでしょうか?

プログラムに参加した16人のクラスメートの中には、記者の経歴がない人もいます。BloombergからはAIでどう報道をサポートするかという課題感を持っているエンジニア、NYTからは編集局をサポートするプロダクトを作り上げようと考えているプロダクト部門の責任者が参加していました。ただし、全員、ジャーナリズムに関する知見があり、ジャーナリストとしての言語で会話ができていた。記者という言葉とジャーナリストという言葉がイコールではない、ということです。だから、想定されている受講者は別に記者の延長線上ではないですし、そもそも記者組織のマネージャーが記者出身でないといけないという考え方でもない。

記者全員がこういうメディア運営に関する知識を持たないといけないかというと、1年間勉強する必要はないと思いますが、オーディエンス・セントリックとは何か、バリュー・プロポジションは何か、プロダクト思考とは何か、といったことについて、一定の知識を持っていた方が、このデジタル時代においてはプラスになると思います。

——デジタル時代における国内のジャーナリスト育成の状況をどう見ていますか?

まず第一に、日本ではジャーナリズム教育はOJTが非常に強いですよね。

自分の場合もそうで、2002年に朝日新聞に入りましたけど、大学では政治経済学部卒業で、ジャーナリズム専攻ではなかった。記者としてのトレーニングはどこで受けたんですか?というと、朝日新聞で、です。入社後の最初の研修では主に警察取材をどうするか、事件事故の記事の書き方は、といった内容で、少なくとも当時はデジタルについてまったく教わりませんでした。

今はずいぶん変わっていると聞きますが、それでもまだ、デジタルツールを取材にどう生かすのかといった社内研修ができていない社が多くて、自分のところに相談がよく寄せられます。学びたいけど学ぶ場所がない、だったり、どうやって学べば良いのか分からない、といった相談です。 

——国内の記者は、これまで社外で学ぶケースが少なかったですが、今後は変わっていくのでしょうか?

国内の新聞社は編集局に約1万9000人抱えていて、そこがOJTの現場だったわけです。しかし、各社の新人採用数は大きく減り、現場の人員削減で人材育成能力も落ちてきていると聞きます。そこで学べないならどこで学んでいるのかというと、そういう場が非常に少ない。英語の世界だとインターネットに溢れるほど無料のセミナーや資料がありますが、日本語だとほとんどない。

新聞社の社員が、休職して社外へ学びに行く事例もありますが、数はものすごく少ないです。海外の場合だと転職が当たり前だから、転職の合間に学んだり、そこで得た学位をもとにステップアップするなどありますが、日本では今までそういうキャリア展開はほとんどありませんでした。

終身雇用を前提としてしまうと、自分のスキルセットがその1社に最適化したものになってしまいます。終身雇用の国内新聞社でよくあるように短期間で持ち場が次々と変わる状況が続くと、専門性は深まらないし、自分のスキルセットの中核を設定するのが難しい。もし労働市場の流動性が高かったら、核となるスキルを持たないことはリスクになる。アメリカだとバンバンレイオフがあるので、労働市場の中で自分の価値を保とうとします。終身雇用の日本国内ではそのような視点を持ちづらいと思います。

僕自身、自分のキャリアについて考え始めたのは、朝日新聞でシンガポール支局長をしていた時です。「シンガポール人の趣味は転職」というぐらいシンガポール人は転職するし、1ヶ月前に「クビ」と言われたら解雇される社会で、自分のスキルセットに関して真剣に考えている人が多かった。シンガポール人だけでなく、シンガポールに働きに来る外国人もそうでした。当時は記者10年目で、自分は生涯一記者だと思っていたし、御多分にもれず1年ごとに持ち場が変わるような生活を10年間送っていたんです。なので、シンガポールの人たちのキャリア観を聞きながら、初めて自分を振り返ってみたときに、世の中にどういう価値を提供できるか考えてみると「無いな」と思ったんです。

どうしようかと思ったときに考えたのが、学生のころからインターネットやデジタルが好きだったということです。記者になりたかったけど、紙よりもデジタルの方がもともと好きなんですよ。デジタルが好きで、かつ、現場で記者を10年やってきて、両方の知見を持っている人ってまだ日本には少ないなと思ったんです。そこに行けば自分は戦えるのではないか、世の中に価値提供できるんじゃないか、と思って、朝日新聞のデジタル編集部、続いてBuzzFeed Japanと移って行きました。さらに今後自分がどう身を振っていくかという中で、ちゃんと基礎から理論的に勉強してみたいと思い、今回、この(NY市立大の)プログラムに参加しました。

 

後編につづく

 

古田大輔(ふるた だいすけ)

ジャーナリスト/メディアコラボ代表。1977年福岡県出身。早稲田大政経学部卒。2002年より朝日新聞で、アジア総局、シンガポール支局長などを経てデジタル版編集を担当。2015年にBuzzFeed Japan創刊編集長に就任。ニュースからエンターテイメントまで、記事・動画・ソーシャルメディアなどを組み合わせて急成長をけん引。2019年6月に株式会社メディアコラボを設立、代表取締役に就任。2020年9月からGoogle News Labティーチング・フェロー。その他の主な役職として、ファクトチェック・イニシアティブ理事、Online News Association Japanオーガナイザー、早稲田大院政治学研究科非常勤講師など。

 

 

www.mediatechnology.jp

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筆者紹介

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荒牧航(あらまき・わたる)

スマートニュース株式会社コンテンツプログラミング・マネージャー。慶應義塾大学文学部卒業、千葉日報社にて記者、経営企画室長、デジタル担当執行役員を歴任。日本新聞協会委員としても活動後、2019年9月にスマートニュース株式会社へ参画。中小企業診断士としてコンサルティング等にも携わる。

本記事は筆者と編集部の独自の取材に基づく内容です。スマートニュースの公式見解ではありません。