元スマートニュース社員で、現在は、データアナリストやメディアコンサルタントとして活躍する田島将太さん。2021年1月には「PV至上主義は悪なのか」というnoteを発表し、メディア関係者から大きな反響を得ました。今回は、PVを重視しつつ読者を疎かにしない戦略実行体制について、Media×Techで執筆してもらいました。前編では、メディアの成長を支える組織構造と、Web編集者に求められる役割について考察します。
「PV至上主義は悪なのか」への反響を受けて
年初にWebメディアの成長戦略を提案する「PV至上主義は悪なのか」というnoteを書きました。
思いのほかたくさんの反響があり、私も、Webメディアの成長に苦心するメディアブランドの多さを改めて実感しました。今回はnoteを受けて、成長を支えるための組織や、より具体的な記事の分析方法をご紹介します。
前述のnoteは、PV至上主義への忌避感がWebメディアの成長戦略を誤らせているのでは? という切り口のもと、リーチ優先戦略の重要性を説く内容でした。主に、メディアが成長する上で押さえておきたい3つのポイントについて話しています。
- フェーズに応じたPVの構造分解を行い、読者の利益と一致したKPIを設定することで、チームに適切で持続可能なインセンティブを与えることができる。
- Webメディアの成長を目指すとき、読者数(リーチ)の拡大を優先させる戦略をとることで、訪問頻度(エンゲージメント)が自然に維持され、ファン数や選好度(プレファレンス)を増加させることができる。
- メディアブランドの認知度や選好度といった心理指標を、定量的に定点観測することで、メディアブランドの強みやコンセプトの浸透度合い、認知度や読者数の競合との比較を行うことができる。
今回はこれらの論点を机上の空論にしないよう、Web編集者やWebメディアの成長を目指すデジタル部門において、「誰が」「何を」すべきかの2つのトピックを詳述したいと思います。
伝達の重要性と、成長を続けるための組織構造
最初に、Webメディアの成長モデル、つまり読者が拡大していくサイクルのことを考えてみましょう。Webメディアの成長の根源にあるのは良質なコンテンツであり、それを生み出す制作者です。そのコンテンツが自社・他社を問わず、読者の目に触れるタッチポイントに配信・運用されることで、読者が増えます。読者が増えると、認知度が高まるだけでなく、アルゴリズムによって自然と配信先でさらに読者を呼び込めるようになります。
しかし、そうして得た読者は、訪問頻度が高いファンにはなりにくい読者でもあります。ファンを増やすためには、快適な閲読体験を提供したり、メディアブランドの強みに沿った独自の便益を提供できる自社プロダクトを強化したりする必要があります。ファンが増えれば、購読・物販・イベント等の高単価の収益と広告収益の2階建てのビジネスモデルになり、マーケティング投資や良質なコンテンツ制作にさらに予算をあてられるようになります。
この成長モデルが回っているメディアブランドは、国内にはごく少数しかないのではないかと危惧しています。制作・報道ノウハウを持つ伝統的なメディアブランドのWebメディアの多くが、良質な記事を公開することはできていても、その次のステップである、効果的な配信先の運用が不十分であるために、読者を増やすことができていないのです。
記事の公開までではなく、ニュースアプリやSNS、検索エンジンなどを通して読者の目に触れるよう届けるまでがWebメディアのゴールであり、仕事です。
また、コンテンツを読んでもらえていないとき、上図の構造を理解していないために、これまで蓄積してきた記事の制作ノウハウを変えてしまうケースが見受けられます。具体的には、書くべきと感じた記事を公開してもPVが伸びないので、制作コストを下げてクリックされやすい記事を量産する、あるいは自社メディアブランドの強みを活かさずに読者の多いカテゴリに進出するといったような事例です。
もちろん、制作コストをかけずにメディアブランドの強みの出ているコンテンツを作るのは望ましいことですが、読まれないからといってメディアブランドの独自性を蔑ろにしたり、記事の質を落としたりしてしまっては本末転倒です。まずは、記事の運用、価値の伝達ができているか確認することが大事です。
コンテンツレイヤーに求められる3つのスキル
では、このコンテンツの価値の伝達は、Webメディア組織の中で、誰が担うべき役割なのでしょうか。
Webメディアが情報を読者に届ける過程に携わる職能を大まかに整理すると、コンテンツ・プロダクト・経営の3つのレイヤーがあります(Webメディアの運営には当然広告レイヤーがありますが、読者に情報を届ける観点でひとまずプロダクトレイヤーのなかに置いています)。
成長モデルにマッピングすると、左から右の順番に注力していくのが良いでしょう。まずスタート地点であるコンテンツレイヤーの中を見てみると、「コンテンツ制作」「コンテンツ伝達」「コンテンツ選択」の3つの職能に分割されます。
「コンテンツ制作」とは、メディアのみなさんに最も馴染みがあるであろう職能で、情報を制作したり編集したりして、記事・コンテンツを生み出すスキルを指します。
「コンテンツ伝達」とは、コンテンツの価値や面白さを読者に伝えるためのスキルです。面白さを理解・評価できること、それを端的に伝えられること、Webの流通構造に詳しいこと、読者の心理を洞察できること等、制作とは少し異なるスキルが求められます。
「コンテンツ選択」とは、読者とのタッチポイントとなるプロダクトを運営するためのスキルで、多すぎるコンテンツの中から読者の文脈に沿って提示するものを絞り込む役割です。ニュースアプリの編集・編成を行っている人や、メルマガ・プッシュ通知を選んでいる人などが該当します。
コンテンツ伝達を担うのは、Web編集者の責務です。コンテンツ制作のみを重視しているWeb編集者が多いかもしれませんが、コンテンツ伝達も同じだけ重要と考えなくてはなりません。
現在、ほとんどのWebメディアがコンテンツ伝達で大きな苦戦を強いられています。成長モデルのストッパーになっている配信先の運用や価値の伝達に対して、最もインパクトを出せるのがこの職能です。WebサイトのUIを頻繁に変えるよりも、まずはWeb編集者が徹底的に伝達スキルを高めたほうが読者基盤が拡大し、結果としてPVも高まると考えています。
コンテンツ伝達を促す、他レイヤーとの連携
コンテンツの価値の伝達に関しては、もちろんプロダクトレイヤーも重要です。
図の真ん中にあるプロダクトレイヤーには「広告」「BizDev(事業開発)」「データ分析」「UI・UX」「PM(プロダクトマネジメント)」といった編集者とは異なる役割を担う人たちが含まれます。それぞれどんな責任を負っているのか、軽く見てみましょう。
UI・UXに関わるエンジニアやデザイナーは、Web編集者と緊密に連携をとって、コンテンツの面白さを最大限に伝えるためのWebサイトを磨き続ける必要があります。
データ分析を行うアナリストは、読者に関するインサイトを発見してみんなに共有する責務があります。
BizDev(事業開発)に関わる人は、配信先と交渉して有利な条件や役立つ情報を得る役割があります。
広告に関わる人は、Webメディアから収益をあげることが第一ですが、UIにおける広告枠のサイズや場所や内容を変更したり、メディアブランドに沿ったタイアップ広告を制作したりすることで、コンテンツ伝達に貢献することができます。
このように複数のスキルを持ったメンバーの連携をとって優先順位を決めて施策を実現し、Webメディアのコンセプトと方向性を言語化し、事業・財務指標を管理するPM(プロダクトマネジメント)スキルを担う存在も必要です。現在は多くのWebメディアで編集長がこの役割を兼ねていますが、プロダクトレイヤーが拡大していく過程で、コンテンツのトップとプロダクトのトップを分離する必要があるかもしれません。
また、プロダクトレイヤーはコンテンツ伝達だけでなく、ファンを増やすために最も重要な職能です。プロダクトが独自の便益を提供することができれば、訪問頻度を劇的に高める可能性があります。図の一番左にあるコンテンツレイヤーは、読者数を拡大させやすいので最初に注力すべきレイヤーですが、noteで論じたとおり訪問頻度を高めるのは容易ではありません。訪問頻度に貢献する可能性が高いのはプロダクトの進化です。
最後に図の一番右にある経営レイヤーでは、メディアブランドを成長させ、その資産を活かした動きが求められます。
Webメディアは人の目に付きやすいブランドの窓口ですが、あくまでもメディアブランドの一形態です。同じメディアブランドとしてWebと紙面や地上波が補い合うだけでなく、”メディア”の枠を超えた新事業を展開することも可能なはずです。実際に、メディアとECが同時に成長する事例もありますし、最近のD2Cブランドの多くは自社でメディア機能を持ち始めています。
制作者や編集者が良いと思えるコンテンツを作り続けることをWebでも諦めず、その価値を読者目線で伝えていくことで、長期的な資産である「読者の記憶に刻まれたメディアブランドへの期待」や「良質なコンテンツを制作し読者に届ける編集者」を育てつつ事業数値も伸ばしていくことができるでしょう。
後編では、読者目線でコンテンツの価値を伝えるためのセンスを、データ分析を通して高めていく手法を解説します。
著者紹介
田島将太(たじましょうた)
データアナリスト/メディアコンサルタント。
2016年東京大学教養学部卒業。同年9月よりスマートニュース株式会社 Media BizDev部門で、メディアパートナーとの折衝・データ分析・プロジェクトマネージャーを担当。2019年末に独立し、データ分析を中心としたメディアのコンサルティングを行い、2021年にアプネア合同会社を設立。2021年1月より、メディアの支援と並行して、ヘイ株式会社のデータアナリストとして活動中。
Twitterアカウント:@ShotaTajima