良質なコンテンツの担い手であるメディアの活動を顕彰するSmartNews Awards 2021にて、2019年に続き二度目の大賞を受賞した文藝春秋の「文春オンライン」。2年前すでに月間3億PV(ページビュー)を誇っていた同サイトは、2021年8月に6億PVを達成し、今後もさらにPVを伸ばそうとさまざまな施策を展開しています。成長を続けるメディア運営の舞台裏と、次の目標について、文春オンラインの竹田直弘編集長と、開発を担当する同社デジタル・デザイン部の浪越あらたさんに話を聞きました。
PV倍増、3つの要因
約2年で月間PVを倍増させることに成功した背景について、竹田編集長は「大きく3つの要因があります」と語ります。「一つ目は、サイトパワーが高まったこと。二つ目は、SNSの強化。そして、三つ目は、社内全体がより積極的に文春オンラインに関わってくれるようになり、コンテンツの総合力が高まったことです」
文春オンラインのサイトパワーを測る重要なKPIの一つは、「月5回以上訪問するヘビーユーザー数」です。日々の分析や工夫によって回遊率や訪問頻度が高まり、ヘビーユーザーが着実に増えました。特に、2021年3月ごろから継続的に取り上げた東京オリンピック関連の記事がよく読まれたといいます。
「通常オリンピックは、試合の結果を報じることが多いため、新聞やテレビなどの速報メディアが強い分野です。それが今回の大会では、ジェンダー問題やパワハラ、差別など、さまざまな面で議論が起こりました。社会問題として捉えられることが多かったので、当サイトの強みが発揮できたのと思います」(竹田編集長)
単発のスクープだけではなく、同じテーマを深掘りして多方面から報道することで、再訪するユーザーを徐々に積み上げられたと竹田編集長は分析します。
技術面では、「ブラウザのプッシュ通知を始めたところ、CTRが高かった」と浪越さん。新機能がエンゲージメントを高めるのに効果的だったことを明かしました。
SNSについては、「文春オンラインはTwitterとの相性が良いので、広告も出しましたし投稿も工夫しました」と竹田編集長。通常の記事配信はもちろんのこと、よく読まれた記事も投稿。また、人気の最新トピックをまとめて表示するTwitterのモーメント機能にも積極的に取り組んだといいます。2年前には約3万だったTwitterのフォロワー数は、2021年11月現在では44万にまで増加しています。
10以上の編集部に収益分配
現在文春オンラインには、「週刊文春」や「文藝春秋」、「オール讀物」など10以上の編集部からコンテンツが集まっています。竹田編集長は、各編集部のデジタル参画のモチベーションをさらに高めるために、コンテンツが読まれた数に応じて、収益を分配するように社内の仕組みを変えました。
「以前は、各編集部が文春オンラインに記事を提供しても、提供側のメリットといえばウェブを通じてコンテンツが認知され、宣伝になるという程度でした。しかし、それだけでは文春オンラインに集まる記事の数も増えないし、目玉記事も出してくれません。そこで、経理部や広告担当も巻き込んで、会社全体で収益を分配することにしたんです」(竹田編集長)
「経理の計算も煩雑になりますし、広告収入を分配するため広告担当者の反対も心配でしたが、提案するとさまざまな部署から協力を得ることができました。紙媒体の収入が減少傾向にある編集部は、オンラインに記事を提供することで収益が補填できるようになります。これにより、オンラインへの記事提供に積極的になる編集部が増え、会社としての総合力をより生かせるようになりました」と竹田編集長は振り返ります。
当初PVによる収益配分だった仕組みは、媒体ごとの閲覧のされ方の違いを考慮し、公平性を保つために現在ではUU(ユニークユーザー)をベースとするようになりました。
編集体制の強化と変革
社内連携だけでなく、文春オンライン編集部自体も強化され、オリジナルコンテンツなどに注力しています。2017年の開設当初は、編集部員3人での小規模スタートでしたが、現在では編集者と記者で25人ほど、開発や広告担当も含めると合計約40人のチームとなりました。
会議のあり方も変わりました。編集会議はスクープや事件を追う特集班のみ行い、それ以外のメンバーはこれまでの編集会議を撤廃し、企画は回覧するだけに。その時間を使って編集以外のメンバーも含め、各自が講師になってさまざまな講座を開くようになりました。媒体は編集者だけが作るものではなく、開発者も含め部署全体で作り上げるものだという考えからです。
各メンバーによる講座では、「どうすれば記事が読まれるのか、タイトル講座や企画講座、他社サイト分析講座をするなどして、それぞれの講師が発表する場となっています」と竹田編集長。また、会議で各個人が自らの功績を自画自賛する機会も設けました。「他人からは気づかれなくても、工夫していることがありますよね。それを1人ずつ自慢してもらっています。やり方が固まってしまうとウェブは停滞してしまうので、停滞しないヒントが得られるように取り組んでいます」
「編集部の目標は、月間6億PVを達成したので、次は8億とシンプルに設定しています」と竹田編集長。「誰もがわかりやすい目標にしたかったんです。企画や開発で悩んだとしても、皆PVを上げるにはどうすればいいかという視点で考えるようになります。全員が同じ方向を向いているため、わざわざ編集長にお伺いを立てる必要もありません。編集長がいなくても、ひとつの方向に向かってみんなが動けるような組織にしたいと思っています。僕の仕事がなくなってしまいますけどね」と竹田編集長は笑います。
「月間8億PV」を達成するには、今までターゲットにできていなかったユーザーにも新たにリーチすることが重要だと竹田編集長は語ります。そこで、文春オンラインではライフ系コンテンツにも積極的に取り組むようになりました。「洗濯や掃除をテーマにした記事など、日常に役立つ記事にもトライしています。うちのメンバーが作ると不思議と文春ぽいテイストになるんですよね。また、趣味の分野も力を入れていて、釣りをテーマにした記事も出しましたね。意外と読まれました」
オンラインで注目された記事は紙の本になることもあります。例えば、旭川の女子中学生がイジメによって凍死に追いやられた事件の連載記事もそのひとつ。今年9月に「文春オンライン特集班」の名義で「娘の遺体は凍っていた 旭川女子中学生イジメ凍死事件」として書籍化されました。また、将棋コンテンツも「文春将棋 読む将棋2021」としてムック化されました。
「出版社には、本や雑誌など形になるものを作りたい人が多い。僕もそのひとりです。紙の部署にいる人がオンラインの編集部に行くことを躊躇する理由の一端もそこにある気がするのですが、注目されるコンテンツを作れば紙になるという流れができたことで、その壁が解消されつつあります」(竹田編集長)
有料サービス「週刊文春 電子版」
文藝春秋は2021年3月、有料サービス「週刊文春 電子版」(以下、電子版)をリリースしました。文春オンラインでは、雑誌「週刊文春」の記事の一部を要約してスクープ速報として配信していますが、電子版ではスクープ記事の全文が雑誌発売前日から読むことができます。
電子版は週刊文春編集部が主導するプロジェクトで、文春オンラインが協力する形を取っています。「作成した記事を販売するというシンプルな行動は、これまでの雑誌や書籍の販売と近いため、オンライン版で記事を無料提供することにしっくりこない人でも納得できる方法です。出版社に合ったやり方でしょうね」(竹田編集長)
有料会員数は、リリース前に立てた目標に順調に近づいているとのこと。竹田編集長は「当社の強みは、ここでしか読めないスクープがあるということと。文春オンラインという導線を使ってスクープ速報で盛り上げ、全文を読みたい人には課金してもらうという仕組みに期待しています。電子版を始めて分かったのは、スキャンダルも売れるが、それだけではなく、正義感を刺激するような記事が課金される傾向にあるということです。義憤にかられた方が購入してくれる。記事で言うと、やはり東京五輪の開会式問題の反応が良かったです」と手応えを感じています。
2022年の目標とは?
さまざまな施策に取り組む文春オンラインでは、「2022年には月間8億PVを達成し、売上を現在の1.5倍にする」との目標を掲げています。また、電子版の会員数を増やし、社内の各部署を文春オンラインを使って盛り上げていくことにも取り組みたいと竹田編集長は話します。
特に竹田編集長が重要視しているのが売上です。「これまではPVを目標にしてきましたが、今後はそれに加えて『売上』を重視していきます。文春オンラインは読者のターゲットを絞ることが難しいメディアと言われてきました。それでもこれだけのPVがあるのですから、人の集まるところに広告を出したいと考える人は必ず存在するはずです。今後は広告担当との連携をより深めて、売上1.5倍を実現したいと思います」
PVを飛躍的に伸ばし続けながらも、さらなるコンテンツ強化、有料サービスのリリースと、貪欲にチャレンジを続ける文春オンライン。竹田編集長は「まだまだ天井は見えていません」と上を見続けています。
聞き手:Media×Tech編集部(荒牧 航)