Media × Tech

「Media × Tech」ブログはスマートニュースのメディア担当チームが運営するブログです。テクノロジーを活用した次世代のメディアとはどういうものか? そうしたメディアをどうやって創り出していくのか、を考えていきます。

技術で切り開く“n対n時代”の報道 JX通信社の掲げる「データインテリジェンス」とは

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「FASTALERT」画面を前に、全国で発生するリスク情報について説明する米重代表=東京都千代田区のJX通信社

「もはや、マスメディアだけが情報発信できる『1対n(不特定多数)』の時代ではない。1億人が1億人へ発信する『n対n』の情報爆発が起きる中、21世紀の報道機関はどうあるべきか」。この問いに向き合うベンチャー企業が「JX通信社」だ。リスク情報の提供や選挙情勢調査、マーケティングリサーチまで幅広くサービス展開する同社のコンセプトは「データインテリジェンスプラットフォーム」。n対nの時代にテクノロジーで切り開く報道の未来について、同社代表の米重克洋氏(@kyoneshige) に話を聞いた。(Media×Tech編集部)

速報性の価値は万人に通じる

--創業は2008年。どのようなきっかけで起業したのか?

大学在学中に起業した。中学3年生のとき、友人に航空オタクがいたこともあって、航空業界のニュースサイトを立ち上げ、高校3年の時まで続けていた。これが起業の原体験となっている。創業当初は、“ニュースコンテンツを売買するメディアの築地市場”という言い方で、情報プラットフォームの構築を目指していた。コンテンツを複数社でマルチユースすることにより、コストの頭割り(負担コストの低減)ができるのではないかと。

ただ、学生起業でビジネス経験もなかったことからなかなか軌道に乗らず、ピボットして「Vingow(ビンゴー)」というニュースアプリを立ち上げたがこれもうまくいかず、2016年に「FASTALERT(ファストアラート)」と「NewsDigest(ニュースダイジェスト)」の2つのサービスをリリースした。

当初は国内と国外で役割が分かれていたが、次第に、事件や災害、事故などのリスク情報をAIで収集し、報道機関など企業向けに提供するサービスが「FASTALERT」で、報道された情報を一般向けに提供するサービスが「NewsDigest」-といった形で住み分けされていった。いずれも、提供価値は「速さ」。ニュースの速報性という価値は万人に通じると思った。「FASTALERT」を導入した報道機関からは、事件事故の有無を電話で警察に問い合わせる「警電」業務を減らすことができたという声も多く寄せられている。

--「FASTALERT」の情報源はSNSのイメージが強いが、他にはどういうものがあるのか?

リリース当初の主な情報源はSNSを中心としたビックデータだったが、今は、衛星写真や車の通行実績データ、ライブカメラといった様々なデータも集めている。SNSのみの場合、過疎地では情報が少ないといった課題があるので、複数のデータソースを組み合わせることによって、リスク情報を明らかにし、解像度や精度を向上させている。

国内の大手の報道機関は、ほとんど導入いただいている。東京だったら、NHKとキー局、全国紙はすべて導入してくれている。ただ、実は顧客は非報道系の方が多い。公共機関のほか、製造業や物流業といったサプライチェーンなどのリスクに関わる企業だったり、あるいはインフラを広いエリアに持っていて、自社の監視ネットワークがカバーしきれないところを補う目的で活用したり。

記者ゼロの通信社

f:id:aramakiwataru:20220413175014j:plain--ここ2年間は、コロナ禍での情報発信に積極的だった。気付きはあったか?

コロナ前までは「情報を早く見つける」というところが自社の強みだと考えていたが、コロナ禍での取り組みを通じて、自社のケイパビリティの整理と言語化ができ、強みはもっと広かったという自己認識につながった。すなわち、①データマイニング、②データマイニングで集めたデータ資産、③それらを加工して伝えるデータジャーナリズム-この3つが、我々のケイパビリティだと今では考えている。

「データジャーナリズム」という言葉は、ビジュアライゼーションの代名詞のような使われ方をしがちだが、何かを伝えるためには、その前段階でどのように情報を集め、整理するかというプロセスが欠かせない。もっと言えば、情報を集めるにあたっては、このような集め方をしたら(情報が)こう使えるだろうといった一定の仮説を持つ必要もある。このような非言語的なものも含めて蓄積された知見こそがデータジャーナリズムのノウハウであり、コロナ禍ではそういった我々のケイパビリティを総動員した。

コロナウイルスの統計データは、自治体がバラバラに(感染者情報を)発表して、しかも発表形式も(感染者数の)カウント基準も、自治体ごとに異なっていた。1年ぐらい経過したらそろうだろうと考えていたが、未だそろう気配はない。

そこで自治体ごとに別々のPDFを...、当初はPDFもない中で、色々な情報ソースを機械的に処理できる状態に加工して、データを取り出して、それを人間がちゃんと確認して出していくというオペレーションを組んだ。細かい部分ではたくさんの効率化が行われたが、基本的なやり方は現在までほぼ変わっていない。

自治体だけでなく、企業が個別に発表する感染者情報もある。ビルや事業所、店舗、工場といった、発信主体が無数にある単位の情報に関しても、我々のデータを集めてくる仕組みやノウハウによって効率的に処理をして、どこで何が起きたか全部マッピングしてデータベース化した。これらのデータは、東北大学の空間疫学の先生にも利用いただいて、地域を超えた感染の広がりを可視化するといった研究に貢献できたので、やって良かったなと思っている。

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--「記者ゼロの通信社」を自称するが、採用する人材に求める専門性は?

社員約70人のうち4割強がエンジニアで、マーケティングやセールスも同じぐらいの割合いる。情報の正確性や信頼性を担保するために、一部の職種ではジャーナリスティックな経験を要するが、人数は少ない。テックカンパニーなので、テクノロジーへの理解とテクノロジーをどう活用していくかという考え方を重要視するのは、エンジニア以外も含めたすべての職種に通じる。

--一方で、ジャーナリズムの考え方をどう伝えているのか?

ジャーナリズムを守るという言い方をすると、マスコミュニケーションでの報道のモデルを守るという意味合いで議論されがちだが、我々はジャーナリズムの“提供価値”の部分と“ビジネスモデル”の部分を分けて考えている。

社会の情報コミュニケーションのあり方が変わり、消費者が発信する時代になって情報が爆発的に増える中で、デマやフェイクニュースが加速しているというのが、今起きている問題だ。価値ある情報を選んで正確性を担保した形で出荷していくという(ジャーナリズムの)“提供価値”の部分は、より大事になっているが、一方でそれらの情報の出荷プロセスなど“ビジネスモデル”は(従来のあり方とは)まったく違ってくるだろうと。そういったことを、メンバーに伝えている。

報道機関の役割は、情報のライフラインとしてストレートニュースを発信する役割と、アジェンダセッティングして議論する言論機関としての役割の2つがある。それらがベン図的に重なっており、どちらかと言うと、人間にしかできない部分はアジェンダセッティングの方だろうと。一方で、どこで何が起きたかというファクトの伝達に関しては、一定割合がビッグデータやそれらのデータマイニングによって機械に代替される可能性がある。もちろんストレートニュースと言っても、どこまでも人手が必要なストレートニュースもあるので、全部ではないと思っているが、10年、20年という単位で考えると、一定割合は機械が代替する可能性があると考えており、その機械化の部分を我々が担うということは大いに言える。

情報爆発の“光”と“影”

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--「データインテリジェンスプラットフォーム」という言葉が意味するところは?

「データインテリジェンスプラットフォーム」とは、我々の造語だ。大きな捉え方でいうと、マスコミュニケーションを前提とした1対n(不特定多数)的な報道機関ではない、21世紀の新たな報道機関のモデルを指している。n対nの非マスコミュニケーションの中で、ビッグデータなどから必要な情報を取り出して、正しく、あるいは分かりやすく伝えていくジャーナリズム的な営み全体を「データインテリジェンス」と呼んでいる。

n対nでパーソナルなコミュニケーションが主流になった社会の中で、情報が爆発的に増える時代になったとき、そこには“光”と“影”が出てくる。“光”の部分は、まさに我々は「FASTALERT」で生かしており、災害や事故の情報をSNSのユーザー投稿で可視化し、それらが毎日あらゆるニュースに使われている。一方で、デマやフェイクニュース、あるいはそれらによって起こる社会の分断、公衆衛生や生命に直結するリスクといった部分が、まさしく“影”の部分だ。

“光”の部分をうまく生かして消費者に分かりやすい情報伝達をしていきながら、“影”の部分を打ち消すことができる仕組みを作ろうとしていて、その仕組みの名前が「データインテリジェンスプラットフォーム」。そういうイメージだ。

--選挙情勢調査でのメディアとのコラボも定番化してきた

世の中のできごとを明らかにするときに、リサーチというアプローチは避けては通れない。選挙は有権者の関心が実際に投票行動という形に表れて、選挙結果という形で世に明らかになる。その中の重要なピースが選挙報道であり情勢調査だと考えているのだが、この部分はコストが重たいので、報道各社において情勢調査や世論調査に対してのコスト縮減圧力がかなりある。そこに対するソリューションを我々が作る必要があるだろうと始めたのが、「JX通信社 情勢調査」というサービスだ。

2017年ごろから提供しているが、最近は、大体の選挙で連携している感じになってきた。

手法はいわゆるオートコール(自動音声による電話調査)で、オートコールの技術自体は10年前ぐらいからすでにある。ただし、従来のオートコールが回答者の年代に偏りがあって報道機関としては使いづらかったのに対し、JX通信社の場合は音声合成などさまざまな工夫を重ねて年齢層の偏りが少なくきれいに回答を集められるようになった。(JX通信社の情勢調査は)実際の選挙結果と近い結果が出るということが分かったということで、報道各社にかなり使っていただけるようになった。

--「KAIZODE(カイゾード)」という新しい取り組みも始まった

「KAIZODE」は消費者のインサイトを的確に取り出して顧客企業に提供するマーケティングリサーチサービスで、これも完全にデータインテリジェンスプラットフォームの一環だ。

異色の新規事業のように捉えられるかもしれないが、提供価値やリサーチ対象が違うというだけの話で、実は「FASTALERT」とまったく同じデータマイニング技術を使っている。我々は、“ニュース”を「価値ある情報」といった広い意味で扱っており、取り扱う“ニュース”のバリエーションを広げているところだ。

企業が求める“ニュース”は、SNS上の消費者の声や、競合商品がどう消費されているかといったインサイトだろう。「KAIZODE」はそういうものを解像度を上げて捉えて顧客企業に提供する「ソーシャルリスニング型のマーケティングリサーチ」と説明している。

--今後、報道に関わる企業は「データインテリジェンスプラットフォーム」であるべきだという提言も含まれているのか?

我々がうまくいったら提言できると思うが、まだまだ途中なので、まずは我々がそうなろうとしているところだ。

n対nでパーソナルに膨大な情報量がやりとりされるという時代になり、共通言語がない時代になった中で、情報を確かめて分かりやすく届けていくという役割自体はむしろ重要になってきている。ただし、やり方が今までのようにそのマスコミュニケーションを前提として、総花的に話題をピックしていくのは難しい時代になっている。

こうした社会変化を前提に、違う山の登り方もあると思うが、我々の模索の方法としては、人海戦術的な方法論ではなく、武器である「データインテリジェンス」によって新しい報道組織の姿を作っていきたい。

 

www.mediatechnology.jp

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筆者紹介

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荒牧航(あらまき・わたる)

スマートニュース株式会社コンテンツプログラミング・マネージャー。

慶應義塾大学文学部卒業、千葉日報社にて記者、経営企画室長、デジタル担当執行役員を歴任。日本新聞協会委員としても活動後、2019年9月にスマートニュース株式会社へ参画。中小企業診断士としてコンサルティング等にも携わる。

本記事は筆者と編集部の独自の取材に基づく内容です。スマートニュースの公式見解ではありません。