Media × Tech

「Media × Tech」ブログはスマートニュースのメディア担当チームが運営するブログです。テクノロジーを活用した次世代のメディアとはどういうものか? そうしたメディアをどうやって創り出していくのか、を考えていきます。

「サブスクはチームスポーツ」 克服すべき障害とは? Piano社ベンチマークレポート2022

サブスクリプション(以下、サブスク)などメディアビジネスで必要とされる各種機能をワンストップで提供する「Piano」(本社・アムステルダム)が、2022年度版「サブスクリプション・パフォーマンス・ベンチマーク・レポート」を公開した。このレポートは、国内外550社以上でサービス利用されている同社が、月間約1400億ページビュー(PV)、約92億ユニークユーザー(UU)におよぶデータを分析し、サブスクビジネスにおける顧客行動について独自の洞察を導き出したもの。本稿では、PIANO Japan代表取締役の塩谷亮氏に、本レポートの注目ポイントや日本市場の特徴について話を聞いた。(Media×Tech編集部)

ローンチして終わりではない

ーーこのレポートは、2021年から毎年公開されています。どういう意図で公開し始めたのでしょうか。

きっかけはコロナです。その前から欧米メディアの有料会員数は伸び始めていましたが、コロナ禍になると消費者が以前よりさらにニュースに敏感になり、良質なジャーナリズムには惜しみなく対価を払う傾向が強くなってきたため、ビジネスコンサルで活用していたベンチマークの一部データを抜粋し公開することで、より多くのパブリッシャー企業のビジネスを伸ばすためのきっかけになれば考えて公開しはじめました。

ーーコロナ禍で有料会員が伸びているというのは、より信頼できるコンテンツが求められているということでしょうか?

危機的な状況でちゃんと記事を読みたいので、有料会員化が促進されたという面もありますし、コロナ禍で多くのユーザーがサイト訪問するようになったので、メディア側も意識してビジネスの施策を行うようになったというのもあります。

「コンバージョンに至る期間」では、サブスクビジネスの初年度と2年目を比較し、コンバージョン(課金)するまでのアクティブ日数(訪問日数)を比較している(出典:Piano「サブスクリプション・パフォーマンス・ベンチマークレポート2022」)

ーーレポートの内容についてうかがいます。ビジネス2年目の特徴として約40%の課金が訪問日数「1」日目に起こっており、初年度の訪問日数「1」日目より高い課金傾向が見てとれます。まずは数字の読み方ですが、この図における訪問日数「1」は、何を指していますか?

過去30日以内にPianoのプラットフォームに訪問した初回を「1」とカウントしています。

ーービジネス2年目の方が、「1」日目の課金率が高いというのは興味深いですね。やはり2年目の方が、ユーザーにとって馴染みが出てきた中での訪問だからでしょうか?

そうだと考えています。何度か訪問したことがあり、ようやく本当に読みたい記事が見つかって課金したケースはあるでしょう。ビジネス2年目は、サイトのブランドや認知度も高まっています。

強調したいのは、サブスクビジネスは、サービスをローンチして終わりではないということです。ビジネス年度が経過する中で、ブランド力や認知力、そしてコンテンツの充実度が増していく。その中で、継続的にさまざまなアプローチを試み、運営が成熟していくことによって、サブスクビジネスは伸びていきます。

「リファラー数別コンバージョン率」では、参照元の数別に課金率を分析している(出典:同上)

ーー参照元のチャネルが多いほど、課金率が高まるという分析結果になっています。マルチチャネルの運用は大変ですが、これを見ると、たくさんのチャネルからユーザーを集めた方が良いと思う媒体は多いのではないでしょうか。どのようなチャネルが有効ですか?

ダイレクトはもちろんですが、メールマガジン(メルマガ)からの課金率は高いです。我々のサービスの場合、メルマガもパーソナライズしています。過去にユーザーが読んだ記事をベースに、機械学習してパーソナライズして送ることができます。また、ブラウザプッシュも、一つのチャネルになります。

このレポートに反映されていないことで言うと、今年(2022年)の2月にPianoが「Social Flow」というニューヨークの会社を買収し、「Piano Social」というサービス名で提供を始めています。どのソーシャルサービスに、どのタイミングで、どのフィードを送ると、より多くサイトへ流入させられるかという機械学習で判断するソリューションで、このようなサービスを使うと、より効果的にSNSからの流入が見込めるでしょう。

ーーこれはパーソナライズではなく、TwitterやFacebookといったSNSごとの最適化ということでしょうか?

その通りです。ニューヨークタイムズなどのメディアでは以前から使われています。

「無料会員の有料コンバージョン率」では、無料登録済みの会員ユーザーと、登録していないユーザー(アノニマスユーザー)の課金率を比較している(出典:同上)

ーー分析では、無料登録済みの会員ユーザーの課金率の方が、登録していないユーザーよりも45倍も高いという結果が出ています。まずは無料会員に登録してもらって、それを有料会員に移行させることが有効だという理解で合っていますか?

そうです。無料登録済みの会員ユーザーの方が、登録していないユーザーより課金しやすいというのは、そうだよね、という話ですが、これは課金だけの話ではありません。これからクッキーレスの時代(ポスト・クッキー時代)になる中で、ユーザーのデモグラフィック情報を自分たちで取得していく必要があります。

ーー登録時の入力項目が多いと離脱が増えるのでは?

登録時に、5分ぐらいかけて多くの項目を入力させるメディアを見かけますが、随時、情報を追加してもらうソリューションもあります。最終的に有料会員化させるために情報を蓄積させていくというわけです。例えば、最低限の情報で無料会員登録してもらった後、車の記事をよく読むユーザーであれば、車に関するアンケートをポップアップで表示するなどして、デモグラ情報を追加してもらうような形です。

「ファースト&ラストタッチアトリビューション」では、課金に至る最初と最後の流入経路の割合を、それぞれ表している(出典:同上)

ーー課金に至るファーストタッチとラストタッチのチャネル分析も興味深いです。Facebookは、課金前の最終経路としては割合が低いですが、最初の流入経路としては10%を占めています。チャネルが多い方がより課金に繋がるという、先ほどの話に通じる分析なのでしょうか?

解釈が難しいところです。ラストタッチ(=課金に至る最終経路)としてはソーシャルは有効ではないですが、おっしゃる通り、ファーストタッチポイントとしてソーシャル含めてさまざまなチャネルを用意することは大事で、そこからユーザーをナーチャリング(育成)することが重要です。

「24時間以内の解約率(アクティブチャーン)」では、課金後24時間以内に解約したユーザーの割合を示している(出典:同上)

ーー課金後24時間以内の解約率が32.8%に上った媒体があったということですが、これはインパクトの大きい数字です。解約率を下げるためにはどのような施策が有効でしょうか。

中央値では8.6%です。初日で32%のユーザーに解約されてしまうメディアもあれば、1.2%の解約に押さえ込めている優良メディアもあります。

読みたい記事を読んだら、必要最小限の金額を払って契約を継続しないように設定するユーザーは多いです。解約リスクを減らすために、課金したタイミングでちゃんとサンキューメールを送り、どのような特典があるのか伝えることが大切。そして、その記事が一定の読了率まで進んだところで、別の記事へ回遊してもらうための関連記事を表示するなど、有料会員を逃さない施策を初日、少なくとも初月に実施することが重要です。

また、キャンペーンは期間を限定して打った方が良いです。いつサイトに行っても初月無料というキャンペーンよりも、何かのイベントにかこつけて期間限定でキャンペーンを打った方が課金率が高いというのはデータとして出ています。

国内主要メディアの傾向は

PIANO Japan 塩谷亮社長(同社提供)

ーーコロナ禍のサブスクのトレンドは?

我々の顧客のサブスクビジネスは着実に伸びています。国内のビジネスもサブスクが徐々に浸透して、成長率も今年高くなっている企業が多いです。また、海外に目を向けると、数百万規模のユーザーを抱えている顧客もありますが、ネットフリックスで言われているような大幅な解約の話は聞いたことがありません。

成長の鍵は、さまざまな施策を短時間で打ち、ABテストをしながら改善し続けることで、これらを行っているメディアは、より多くのユーザの囲い込みが行えています。

ーーサブスクの基盤システムやソリューションを導入するメディアは増えています。その中で媒体間の勝負ポイントは、コンテンツの差別化と、運用にどれだけリソースを割けているかということになりますか?

前者については、コンテンツの差別化はもちろんのこと、サービスの充実やユーザーニーズに応じたプラン提供なども重要な差別化ポイントになると思います。また、特に後者(運用体制)の差は大きいです。ソリューションがあっても、どれだけ、前者の部分を充実させても、ユーザーに対して適切な施策を行いリーチしていかないとビジネスが伸びていきません。ローンチして終わりでは、伸びないとは言いませんが、加速度的に伸びることはありません。ビジネスを伸ばすためのコミットメントがあるメディアが伸びています。

ーー運用体制が作れるかどうかが鍵ですね。

本当にその通りで、「サブスクはチームスポーツだ」と我々は言っています。

ーー日本のメディア、日本のマーケットに限定した傾向は見て取れますか?

レポートの中の指標について、日本の主要メディア数社に限って見てみると、若干数字が異なったのは、スリーパー(休眠会員)の数字でした。(海外メディアも含めた全体の)レポートでは40%でしたが、日本の主要メディア数社に限ると30%前後と低かった。よく言えばちゃんとエンゲージできているとも言えるし、もしくは、日本のユーザーは有料のまま放置しない性質があるのかもしれません。

ーーチャーンレート(解約率)の違いは?

そこに(国内外で)違いはありませんでした。

レポートのデータとは直接関係ないポイントで日本のメディアの特徴を挙げると、年間プランが少ないことです。月額プランが多く、年間プランを持たないサイトが多かったり、年間プランを持っていてもディスカウントが少なかったり。長い目で見たLTV(顧客生涯価値)を考慮すると、年間プランは有効です。年間プランは一括での請求額が大きく見えるので、(オファーする側として)心理的に抵抗があるのかもしれません。

ちなみに、国内外は関係ありませんが、無料のお試し期間は、休眠会員が増えます。100円でも良いので課金を伴ったトライアルの方が解約率が減少し、全体的な収益向上につながります。

今年のロイターのデジタルニュースレポートで、日本の課金ユーザーは10%と出ていました。グローバル平均は17%なので、日本はまだまだ少ないんだなと思った一方で、2021年は一桁%だったことを考えると、日本でも徐々に有料コンテンツに課金しようという流れにはなってきていると読み取れます。まだまだ課金ユーザー数は伸びると考えています。

 

www.mediatechnology.jp

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筆者紹介

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荒牧航(あらまき・わたる)

スマートニュース株式会社コンテンツプログラミング・マネージャー。慶應義塾大学文学部卒業、千葉日報社にて記者、経営企画室長、デジタル担当執行役員を歴任。日本新聞協会委員としても活動後、2019年9月にスマートニュース株式会社へ参画。中小企業診断士としてコンサルティング等にも携わる。

本記事は筆者と編集部の独自の取材に基づく内容です。スマートニュースの公式見解ではありません。