Media × Tech

「Media × Tech」ブログはスマートニュースのメディア担当チームが運営するブログです。テクノロジーを活用した次世代のメディアとはどういうものか? そうしたメディアをどうやって創り出していくのか、を考えていきます。

「ファンコミュニティ」をメディアビジネスに生かす ——「ポストCookie時代」のメディア③

ポストCookie時代、広告収益モデルから脱却して新たな価値提案を目指すメディアの取り組みを紹介する本連載。第3回は、出版業界で将来を最も危惧されている「雑誌」市場を取り上げる。24年間、雑誌は売上の減少が続き、2021年は市場規模がピーク時(1997年)の5分の1近くにまで縮小した(参考記事)。
危機のなか、ファンとのコミュニティ構築に活路を見いだそうと取り組む雑誌メディアがある。フィットネス誌「Tarzan」のWeb版である「Tarzan Web」(マガジンハウス)、電子小説誌「別冊文藝春秋」のサブスクリプションサービス「WEB別冊文藝春秋」(文藝春秋)だ。読者とメディア、そして読者同士の絆の構築によってメディア価値をどう高められるのか。2媒体の取り組みから可能性を探る。(編集部)

ファンコミュニティを「第3の収益源」に:Tarzan

マガジンハウスのTarzan編集部 デジタルビジネス ディレクター高橋優人氏は「雑誌が好きなので、雑誌文化を後世に残していきたい」と考えている出版人のひとりだ。そのためには、出版・広告の売上のほかに「第3の収益源」が必要と考えている。雑誌『Tarzan』で2018年10月に「Tarzan Web」をスタート、それをベースに無料会員制「CLUB Tarzan」を開始し、2020年にTarzan本誌の読者であるフィットネス愛好家のための有料会員制「TEAM Tarzan」を立ち上げた。

Tarzan Web Top画面

Tarzan Webはコロナ禍が始まった2020年こそ広告売上が減少したが、2020年後半からは復調傾向にあり、2022年の現在は立ち上げ時と比べ売上は倍増しているという。ただWeb版の広告収入が順調だとはいえ、本誌の広告収入増はなかなか難しい。そこで期待を寄せているのがTEAM Tarzanの活動だ。TEAM Tarzanの責任者である高橋氏は、このコミュニティについて次のように説明する。

Tarzan Web 2つのメンバーシップ

TEAM Tarzanは読者参加型のオンラインコミュニティです。月額3,500円で本誌の定期購読権に加え、さまざまなコミュニティイベントに参加できます。コミュニティにはマラソンやヨガ、筋トレなどいくつかのグループがあるので、興味あるグループに参加して同じ嗜好の仲間と情報交換をしたり、共にトレーニングに勤しんだり、Tarzan編集部が企画する有料イベントや、コミュニティメンバーやグループが自発的に企画する無料イベントにも参加できます。(同)

Tarzan編集部の高橋優人氏

物販・コンテンツ・コミュニティを構想

具体的なコミュニティ活動を支えているのが、コミュニティプラットフォームだ。決済やブログ、顧客管理やイベントなどコミュニティ活動に必要な機能を備えており、イベントなどの情報発信やメンバー同士のやり取りはこのプラットフォームを通じて行うことができる。コミュニティ会員になると、編集部公式ブログを閲覧できるほか、各グループのブログやメンバーブログを投稿・閲覧できる。

TEAM Tarzanはスタートしてからまだ2年だが、コミュニティ活動は活発で、多い時は月15回ものイベントが開催される。フィットネスという同じ趣味を持つ者同士はもちろん、『Tarzan』への絆も高まる。フィットネスはトレーニングウェアやトレーニング用品、プロテインやサプリなど物販とも相性が良く、動画などへとコンテンツの広がりも期待できる。まだ構想段階だが、こうした物販やコンテンツとコミュニティを絡めてビジネスを拡大できる可能性がある。

編集者も体半分をコミュニティに

ただ、共通の趣味嗜好を持つ人々とはいえ、人が大勢集まるとトラブルも発生しやすくなる。この点に関してどのように注意を払っているのだろうか。

TEAM Tarzanはスタートからの2年間は、「常時100名前後が在籍していること」を目標に、必要に応じて年に3〜4回ほど募集をかける。そして入会に当たって、必ずオンライン面接を行っている。

その理由について、高橋氏は「コミュニティにおいて最も重要なのは最初の参加メンバーです」と説明する。応募者がどのような気持ちで入会を決意したのか、何に期待しているのかを運営側が理解しなければ、良いコミュニティは生まれない。負荷はかかるが、面接を取り入れたことで逆に活発なコミュニティ運営が可能になったという。

まず参加者側に、「選考に通過した」という気持ちが芽生えるので、モチベーションが高くなる。時期を決めて募集をかけることで、同時期にコミュニティに入った読者同士で「一期生」「二期生」という意識が芽生え、横のつながりも生まれやすい。

ただ、ブログや掲示板などテキストベースのコミュニケーションが多くなるので、やはり会員同士のやり取りには気を遣う。

読者参加型といえど編集部員もコミュニティの運営に携わる必要があります。もちろん向き・不向きがありますが、コミュニティを運営するからには自分も体半分コミュニティに入り込み、全体のコミュニケーションを活性化させたり、本誌の企画につなげたりという役割を担うことが求められます。(高橋氏)

雑誌ブランドという一つのメディアにおいて、良質なファン層を有することは広告主にアピールできる価値がある。TEAM Tarzan以外にも、無料会員制のCLUB Tarzanには現在約1万2000人ほど会員がおり、トレーニングはもちろんサプリや健康食品への関心も高い。フィットネス・健康という強い軸があるからこそ、価値観を共有する読者が集まり、そこに媒体価値を上昇させるポテンシャルが生まれる。

小説・作家をとことん楽しむ:WEB別冊文藝春秋

WEB別冊文藝春秋は「《読んで楽しむ、つながる》小説好きのためのコミュニティ」を謳う、noteの定期購読マガジン機能を使ったサブスクリプションサービスだ。月額800円で、隔月刊行される電子書籍である『別冊文藝春秋』に掲載される作品に加え、WEB別冊文藝春秋だけのオリジナルコンテンツも読み放題、作家と読み手をつなぐさまざまなオンラインイベントへも参加できる。別冊文藝春秋の価格が800円なので、このWEB別冊文藝春秋に参加すると、本誌の価格でプラスアルファの楽しみが得られるということになる。

WEB別冊文藝春秋 画面

WEB別冊文藝春秋 編集長の浅井愛氏は、かねてから「文芸はインターネットに向いている」と考えており、2010年からWebの文芸誌に取り組んできた。

作家と読み手をさまざまな形で結ぶ

投稿サイト「小説家になろう」なども人気でしたし、2010年当時から『インターネット上で小説を読む』という文化は盛んでしたが、作家や出版社側ではまだその状況に追いついていませんでした。しかし現在は作家と読み手の関係をさまざまな形で結べるようになっています。
こうした環境のなか、完成した小説作品だけでなく、作家が作品を作り上げるまでの取材過程であったり、インタビューや対談であったり、小説の“まわりにあるもの”も商品として世に出し、届けていくことが容易になっています。そこに読み手が参加し、感想や思いを発信することで、作家と読み手という対岸にいる者同士が深くコミットしてインスパイアする関係性を築くことができます。
Webだと、雑誌の校了のサイクルにとらわれず、徹底的に良いものを作り込み、最適なタイミングで公開できる点もメリットです。(浅井氏)

WEB別冊文藝春秋の浅井愛氏

WEB別冊文藝春秋のプラットフォームにnoteを選んだのも、浅井氏によると「必然でした」という。小説や文芸誌を好きな読者は、自分でもその思いを綴ることを好む人が多い。

浅井氏は「読みながら書きながら楽しむというのは文芸分野では自然なことだと思います」と捉えており、「noteでも書評は1つの大きなジャンルとなっていますし、私自身、読者の方がいろいろな思いを書いてくれることを促進させたいという思いがあります。感想文コンクールではなく、それをもっとクリエイティブな形でやりたいと考えたら、noteが最適解でした」と説明する。

入会動機、離脱率低下にオンラインイベントが寄与

ただ、ネットで小説を読む文化が成熟しているとはいえ、有料のサブスク契約にはやはり心理的なハードルがある。いくら自分の好きな作家が雑誌で連載していても、「単行本になったら買えばいい」「毎月そんなに読めないのではないか」という心理も働く。

こんな思いを払拭するのが編集部が企画するイベントだ。イベントは、これまでWEB別冊文藝春秋に入会していなかった読者に対し、入会を促すきっかけになっているという。

これまでに反響が大きかったイベントは、ミステリ作家の有栖川有栖氏に、自身も有栖川氏の大ファンだという一穂ミチ氏がファン目線で対談する企画、将棋小説を連載中の綾崎隼氏による佐藤天彦九段への公開取材、森見登美彦氏の小説『熱帯』への熱い思いをnoteに綴り、作家本人と読者がその思いを読み合う「沈黙しない読書会」、人気小説『図書館の魔女』の著者ながら、誰もその姿を見たことがなかった在仏の‟幻の作家”高田大介氏による初イベントなど。綾崎氏のインタビューは、作家のファンや将棋ファンから質問を募り、YouTubeで累計6万人が視聴したという。

綾崎隼氏による佐藤天彦九段への公開取材イベント

興味深い点は、サブスクからの離脱率の低さだ。目的のコンテンツを楽しんだ後はさっさと離脱してしまうユーザーが多いなか、WEB別冊文藝春秋の場合、そのまま引き続き作品を読んだり、別のイベントに参加したりするユーザーが多いという。浅井氏はこれについて「作家の世界観や作品が好きなことはもちろんですが、そもそも『小説が好き』という大きな核があるのだと思います」と分析している。

小説が好きであると同時に、作品の世界観を共有したい、この作品や作家が好きな人とつながりたいという気持ちが強いのがWEB別冊文藝春秋の読者です。今の時代の編集者だからこそ、その横のつながりを作っていくことも大切な仕事になります。(同)

小説以外も「売り物」にできる時代

コミュニティのビジネスへの貢献度はどうか。文芸誌においてコストの大部分を占めるのは原稿料で、そこは雑誌もコミュニティも変わらない。プラットフォームもnoteを使っているので、初期構築費や運営費は最小限に抑えられている。むしろWebに軸足を置いたことで、フットワークも軽く、多くの作家に声がけをして次の作品やオリジナルイベントにつなげるきっかけが増えた。
そもそもオープンキッチンのように「作る過程」や「作家の息遣い」まで読者に喜んでもらえるようになったことで、作家のモチベーションがあがったり、続けて作品がもらいやすくなった面があるという。作家からも「読者の顔が見えてうれしい」と高評価で、マイナスは一切ないと話す。ただし、「無限にコンテンツが増やせてしまうのと、Web媒体はSNSと連携し続けることになるので、そうしたことが苦手な人にはちょっと負担かもしれません」と浅井氏は笑う。

コミュニティ運営に際しても、いままでトラブルや嫌な思いをしたことは1回もないという。ただしそれは裏を返せば、現段階では、価値観が似たようなユーザーだけにとどまっている証ともいえる。「いまの時代、本を買わない人はいても、スマホを持っていない人はいません。Webに軸足を置くということは、これまで小説と接点がなかった人と接点が持てるということで、新しい読者開拓につなげていきます」と浅井氏は抱負を語る。

短期の収益化は困難、時間かけ新たな道を模索

2媒体の取材を通じて見えてくるのは、メディアにとってファンコミュニティの形成は、将来の可能性を感じさせるものの、大きな収益源になっているとは言い難いのが現状だ。マイナス要素が少ない、言い換えればメリットの多いアプローチだとはいえ、人間同士が集まるコミュニティ運営は、ケアやサポートも必要だ。メンバー一人ひとりと向き合う必要もある。リアルな人あしらいが苦手(そのようなケースは決して珍しくない)なメディア関係者には向かない面もある。

だが、しっかりつながったファンがいれば、将来はその層に向けたビジネス展開が考えられるだろう。さらに、メディアとの強い絆に支えられたメディアは、広告主にとっても魅力的だ。確固たるテーマと取り組みのある媒体ならば、時間はかかるにしても、熱量の高いファンを集めて新たな道を模索することは難しくないはずだ。

(聞き手:Media×Tech編集部、まとめ:岩崎史絵)

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