Media × Tech

「Media × Tech」ブログはスマートニュースのメディア担当チームが運営するブログです。テクノロジーを活用した次世代のメディアとはどういうものか? そうしたメディアをどうやって創り出していくのか、を考えていきます。

「オリジネーター・プロファイル(OP)」の挑戦——ネットニュースの信頼性をどう担保するのか?

近年、世界で問題となっているのが、インターネットメディアが提供するニュースや論説の信頼性だ。誰が書いたかわからない誹謗中傷や陰謀論以外にも、報道機関が提供するニュースでも、改ざんや剽窃などがなされ、SNSなどで拡散してしまう事態が生じている。こうした状況の改善を目指し、ネットニュースの信頼性を技術的に担保しようと開発に取り組んでいるのがオリジネーター・プロファイル(Originator Profile:OP)技術研究組合(理事長:慶應義塾大学教授・村井純氏)だ。その挑戦の意図と背景について、同組合の事務局長を務めるクロサカタツヤ氏に聞いた。(編集部)

記事の真正性を担保し、その可視化を目指すOP技術とは

——オリジネーター・プロファイル(OP)技術研究組合とはどのような組織であり、何を目的にしているのか?

「記事の真正性を担保、可視化をめざす」と述べるクロサカタツヤ氏

まずオリジネーター・プロファイル(OP)についてですが、これは記事(コンテンツ)や広告の「真正性」を向上・可視化することを目的にした技術です。ここでいう真正性とは「内容の改ざんや変更、消去、混同を防止し、その内容について責任を持つ機関や人が明確である」ということです。これを技術的に実現するため、法律で定められたR&Dのための法人格である技術研究組合(CIP)の枠組みを使って組成したのが、OP技術研究組合です(下記リンク参照)。

ここで謳っている「オリジネーター」ですが、これは文字通りその記事を一番最初に制作した組織・機関を指します。個人の記者やライターを指すものではありません。新聞記事であれば新聞社、広告であれば広告主がオリジネーターになります。私たちは、その「オリジネーターはどういう組織・機関なのか」といったことをプロファイル情報として参照できるようにする状態を作ろうとしているわけです。

——なぜその仕組みが必要になるのだろう?

たとえば、新聞記事であれば、その新聞を見たり新聞社が運営しているWebサイトに行けばいいので、わざわざ「どんな機関が出している記事か」など確認する必要はありません。しかし今、記事の多くがYahoo! JAPANのようなポータルサイト、あるいはSmartNewsのようなニュースアプリを通じて多くの読者に閲覧されています。大手ポータルサイトやニュースアプリであれば悪意ある改ざんや嘘が入ることはないのでそれでも問題ないでしょう。

ですが、SNSのようにユーザー側が自由に改変して再流通したりできるメディアの場合は違います。オリジネーターが最初に付けた見出しや内容を改変したり、それを剽窃したフィッシングのような記事を作ったりして、あたかもオリジナルのようなフリをして流通させることができてしまいます。

こうしたオリジナル記事を改変したニセ情報には、「Misinformation(誤報)」と「Disinformation(悪意ある誤報)」という2つのレベルがあります。誤報ももちろん問題ですが、悪意を持って偽情報を撒き散らすことはさらに問題です。
実際に2022年初頭、大手新聞社のWebサイトを騙って「米国の大手ゲーム会社が、有名な国内ゲーム関連上場企業を買収する」とのニセ情報が流れ、株価が大きく乱高下しました。株式市場の操作を引き起こしかねないこうした事態が起こることは決して珍しくありません。

記事だけでなく広告も同じです。アドフラウド(広告クリックを水増ししたりするような詐欺行為)やブランドセーフティ(公序良俗に反するようなサイトに広告が掲載され、広告主や商品ブランドが毀損したりするようなリスク)の問題に頭を抱えるマーケターも多いことでしょう。

以上の問題から、読者や媒体社、広告主などすべての人たちに「記事も広告もルールに則り流通している」という真正性を担保していくことが必要です。それをデジタルでできるだけオートマティックに実現していこうと考え、OP技術研究組合が発足しました。OPのプロファイル情報がシステム的に組み込まれれば、広告主は「こういうポリシーを持った媒体に広告を出したい」と狙いを定めて広告を出稿したり、読者も「こういう編集方針やガバナンスで運営している媒体の記事を読みたい」という選択をすることも可能になります(参照)。

図:プロファイル情報を参照するダミーイメージ(出典:Originator Profile技術とは

もしそういう世界が実現できれば、目立つことを優先した派手な広告だらけの“媒体もどき”と、いわゆるまともなサイトの区別が、誰の目にも明らかになるでしょうし、デジタル言論空間がより質の高いものになっていくでしょう。私たちはそのような仮説を持って活動しています。

OPが記事の質や良し悪しを判断しない理由

——記事の真正性を担保することと、「良質な記事であるということ」とはイコールではないだろう。記事品質の担保についてはどう考えるのか?

OPはあくまで技術基盤です。技術基盤なので、それ自身が記事の質の良し悪しを評価するものになってはいけないですし、してもいけないと考えています。なぜかといえば、そうした瞬間に記事提供者の選別になってしまうからです。

人間であれば、クリーンな記事だけでなく、少々怪しい不確かな記事でも、眉に唾をつけながら読んでみたくなることもあるはずです。その2つの欲求に応じて読みたい記事を選ぶことができることが真の多様性だと思います。私たちが実現すべき世界は、「これはこういう人たちが書いている記事です」ということが可視化される世界であって、それをどう評価するかは読み手に委ねる、そんな状態を作りたいと考えています。

——読者の個人的なリテラシーに委ねると?

それにだけ依存するのも難しいですね。あくまで仮案ですが、たとえば日本新聞協会のように一定レベル以上の品質という基準を持っている団体がOPを使い、「新聞協会が認証するOP」という形で記事を流通させるというアイディアもあるでしょう。このように、OPのユーザーである協会や団体がガバナンスをもって運用することが、質を担保することにもなるというやり方です。
もちろんこれだけだと業界団体のための仕組みになりかねません。なので「新しく業界のメンバーシップを作りたい」「同じ編集方針や考え方を持つ媒体でグループを作りたい」という思いがあって、そこでOPを用いるというのであれば、私たちと協議して活用してもらおうと。そのグループによるガバナンスがラベルとして記事を分別していくというイメージです。それをどう評価するかは読み手次第となります。

私たちがやろうとしているのは、そのプロセスや証憑を可視化するということで、そこが最も重要なポイントだと考えます。

——単一の認証ではなく、分散的な認証というイメージか

そうですね。ちょっと分野は違いますが、たとえば「プライバシーマーク」は、運営元JIPDEC(日本情報経済社会推進協会)が認定した認証のための団体がたくさんあり、そこが審査をしてマークの利用を認めています。このような階層的なスタイルに近いかもしれません。

——冒頭でオリジネーターは組織や機関という断りがあった。ブロガーのように、組織に帰属しないライターらについてはどうか? OPに取り込んでいくのか

私個人としては、フリーランスの方々に門戸を閉ざすようなことはしたくないと考えています。ただ、ブログなどいろいろな形で自由に自分で発信したいという方々が本当にOPの認証を求めているのかという課題もあり、検討はこれから、というのが正直なところです。
たとえば一つの案としては、代表的なブログプラットフォームを運営している企業の方々と協議できればと思っています。

OP技術の開発はどこまで進んでいる?

——技術的な点について聞きたい。外部配信で、オリジナル記事に対する非改変を担保できるのか。プラットフォームのなかには、記事のタイトルを短く作り直したりするケースもある。また、遅延などの問題も個々に生じそうだ

担保することを目指します。おっしゃるようなタイトルの独自編集については、媒体社ごとに考え方が違うので、そのような部分もできるだけ吸収できるように作るべきだと考えています。オリジナル記事を作る側(媒体社)と配信する側(プラットフォーム)との契約条件に応じて、たとえば「SmartNewsで配信された記事」「Yahoo!ニュースで配信された記事」というようにOPタグを埋め込んでいくような形になるでしょう。

外部配信では技術的な課題もあります。たとえば「そんなタグを埋め込んで読み込みにレイテンシー(遅延)が発生したら読者がすぐ離脱してしまう」と懸念を示すプラットフォームもあるでしょう。そうしたニーズに対応する詳細な技術設計は直近の課題で、できるだけ柔軟に対応したいと考えています。
閉じた検証環境のなかでのプロトタイピングはできつつありますが、実際の複雑な環境のなかでユーザーの求めに応じて24時間365日止まらずに運用できるのか。OPサーバーは分散環境で稼働させたほうがいいのですが、そうすると今度は同期や連携の問題が出てくる。そのためにはアーキテクチャレベルから考えていく必要があり大変ですが、非常に面白くてやりがいのあるチャレンジだと思っています。

——媒体社側のCMSなどで、コードを埋めこむような仕組みが必要だろう。OPへの参加によるコスト負担をどう見ているか?

おっしゃる通りで、そこはできるだけ軽くしなくてはなりません。オリジナルのWebサイトであれば、HTMLにタグを埋め込む方法が必要でしょうし、ユーザーのリクエストを処理するサーバーをどこに置くかという問題もあります。正直にいうと、解かなくてはならない課題は山積しているといっていいでしょう。

1つの記事をトレースしていくのも通信負荷がある。また現段階ではブロックチェーンやNFTは、フルオンチェーン(すべてのデータがブロックチェーン上に存在する状態。実際にはコストなど課題が指摘される)が非現実的であったり、eKYC(電子的な本人確認のプロセス。金融や商取引で用いられるようになっている)の問題に結局還元されたりと、現実解にはならない。サーバーアーキテクチャを採用しつつ、分散できるところはできるだけ分散処理して軽くするというハイブリッドが現実的で、それがアーキテクチャを考えるうえで最も興味深いポイントです。

——GoogleやMetaなど大手プラットフォームへのアプローチはどうする?

メディアのなかには“プラットフォーム”に対して最初から苦手意識を持っている方もいますが、私としては彼らの協力も得たいと思っています。
プラットフォームは、配信する記事の信頼性に関して大きな責務を負っていますし、OPはその責務に貢献できるはずです。その素材として「私たちはこういう技術を考えています」ということをきちんと持ち寄ることが大切だと思っています。

2023年夏をめどにロードマップを発表

——OPの開発が進めば、世界標準をめざすことがテーマになるが、その可能性や見通しはどうか?

Googleで言えば、彼らは記事配信のプラットフォームでもありますが、同時にChromeというWebブラウザを開発しているブラウザベンダとしての顔も持っています。Appleも、そしてマイクロソフトも(Chromiumを使っていますが)同様です。ユーザーの求めに応じてプロファイル情報がブラウザ上でパッと見られるようにするには、ブラウザの拡張機能ではなくやはり標準機能であることが望ましいでしょう。そのためにはこうしたベンダとの協議は必要だと思います。

W3CでOPを標準化し、ブラウザに標準的に埋め込んでくれるようになれば理想です。ここが最大の天王山になるでしょう。

——大手プラットフォームは、自ら独自技術でOPのような機能を実装する可能性もあるだろう。そうした世界的な動きについてどう見ているか?

世界中で同じような問題意識を持つプロジェクトが動き始めています。アプローチは少しずつ異なるものの、たとえば標準化で呉越同舟できるか、検討するタイミングが来るかもしれません。もちろん状況によっていろいろ変わってくると思いますが、こうした取り組みをやり続けることが鍵だと思いますので、引き続き実装に向けて活動を進めます。

——媒体社がOP技術からメリットを享受するには、テストに参加するなどなんらかの協力が必要になるのか。今後の技術研究組合の活動計画は?

今夏をめどに媒体社を交えた広域の実験ができるよう準備を進めています。あるいは、ご協力いただける業界団体経由でお伝えするかもしれません。詳しいことは夏ごろまで発表できませんが、まずはトライアルに参加していただくような形になると思います。
さらに、できるだけ早い段階で広告主の方々にもご理解、ご参加いただければと思っています。改ざんや剽窃など疑わしい情報でない流通が実現すれば、広告の質も上がり、それにつれて広告単価も上がるかもしれません。

この仕組みによって信頼性の高いメディアが可視化され、ブランド毀損するようなリスクを減らせることをご理解いただければ、それは保険以上に実効性のある措置になると思います。
エンドユーザーである読者も、気付けば「変な広告が出なくなった」「身元のしっかりした記事が流れてくるようになった」と実感できるようになれば、広告主も媒体社も配信するプラットフォームも全員に満足いただけるものになると思います。

(まとめ:岩崎史絵)

本記事は筆者と編集部の独自の取材に基づく内容です。スマートニュースの公式見解ではありません。