Media × Tech

「Media × Tech」ブログはスマートニュースのメディア担当チームが運営するブログです。テクノロジーを活用した次世代のメディアとはどういうものか? そうしたメディアをどうやって創り出していくのか、を考えていきます。

「シンセティック・メディア」の時代に報道は何ができるか——デジタル報道の最前線「ONA2022」現地レポート

2022年9月21日から24日にかけて、米国ロサンゼルスにてONA(Online News Association)の年次カンファレンスが開催されました。ONAとはデジタル報道に携わる記者や編集者を中心とした組織であり、後述するOJA(Online Journalism Awards)などの賞を主催したり、北米を中心に数々のコミュニティ・イベントを開催しています。

 

ONA2022が行われたロサンゼルスのThe Westin Bonaventure Hotel

ONAは年次カンファレンスを毎年開催していますが、新型コロナ禍によってリアルでの開催は2019年以来3年ぶりでした。本稿では会場や参加者の様子、関連セッションやOJAの内容などを解説します。

 

半数以上が初参加、全体の2/3がシニア以上


4日間のイベントはロサンゼルスのThe Westin Bonaventure Hotelで行われました。イベント初日までに登録した人の数は約1,600名(オンライン含む)。事前アンケートの結果を国別に見ると、アメリカが大半で、他も英語圏が多く、日本からも28名が参加したとのこと。半数以上にあたる882人が初めての参加でした。

 

参加登録デスクの様子。アプリのQRコードを見せて本人確認をする

 

業界経験で区分すると、経験8年以上のシニア("Senior-Level")が676名と最も多く、部長・局長レベル("Director")229名、役員レベル("Executive/C-Suite")188名と続きました。つまり全体の2/3がシニアレベル以上です。またプラットフォームが「デジタルのみ」("Digital-Only General Audience" + "Digital-Only Local / Regional Audience")が450名と、新聞+テレビ+ラジオの合計385名を上回っていました。

 

参加者のプラットフォーム区分(Flourishによるセッション"We're All Visual Journalists Now: Skilling Up for Multimedia Storytelling, From Social and Video to Data Visualization"より)

 

貴重なネットワーキングの機会とあって、会場ではあちこちで名刺交換が行われていました。経験のあるジャーナリストが多く集まるイベントのためか、求人情報も貼り出されていました。

 

求人情報を貼っている掲示板。文章の編集者が「Text Editor」と明示されているあたりがONAらしい

 

最新の技術トレンドと「シンセティック・メディア」

開会挨拶に続いて行われた実質的な基調講演は、ノルウェーを本拠とする北欧の大手メディア企業シブステッド(Schibsted)の研究部門トップであるアンダース・グリムスタッド(Anders Grimstad)氏による技術トレンドの解説でした。

基調講演にあたる「Opening Remarks & FEATURED 15th Annual Tech Trends in Journalism」

 

約1時間の講演で紹介された内容は多岐にわたりますが、まず第一のトレンドとして解説されたキーワードが「シンセティック・メディア(Synthetic Media)」です。翻訳すると「人工のメディア」「模造のメディア」といった意味になるでしょうか。文章、画像、動画など、AIをはじめとするアルゴリズムによって生成されたデジタルコンテンツを指します。プログラムによって自動生成されるコンテンツ自体は以前から存在しましたが、AI技術の飛躍的な発展によって、いよいよ社会的に大きな影響を及ぼしうるレベルにまでクオリティが上がりつつあるとグリムスタッド氏は説明しています。

Synthetic Mediaの時代が『来た』のではなく『成熟しつつある』、それが私の主張です。

グリムスタッド氏によると、2020年にOpenAIが発表した言語モデル「GPT-3」は、スウェーデンのSAT(日本における大学入試センター試験)において上位5%に入る成績を叩き出しました。AI(機械学習)の精緻化に必要なトレーニングデータも、より少ない量で成果を出せるように進歩しつつあります。

最近日本でも頻繁に話題になる画像生成もグリムスタッド氏は取り上げています。講演で取り上げられた2つの画像生成AI、OpenAIの開発した「DALL・E 2」や、オープンソースで無償利用ができることによりユースケースが広まった「Stable Diffusion」は知っている方も少なくないでしょう。

これらのAI技術は「単に既存のイラストや写真を置き換えるだけではない」とグリムスタッド氏は強調しています。プロのイラストレーターや写真家でない人にもこれらの画像生成の技術が広まることによって、「クリエイティブ業界を根本的に揺るがす可能性がある」としています。

一方でこれに伴う負の側面も講演では解説されています。

リアルとフェイクの境目が曖昧になりつつあります。何がオリジナルのコンテンツで、何が人工のコンテンツなのか。その境界線はあまり意味がないことがわかってきました。とても難しい問題です。

ディープ・フェイクと呼ばれる、深層学習を利用して人物が実際とは異なる話をしている動画を人工的に作り出す技術もあります。グリムスタッド氏が紹介したのは、ロシアによるウクライナ侵攻が開始された後にゼレンスキー大統領のディープ・フェイク動画が一部で出回った事例や、合成された音声での詐欺電話などです。

AI技術の発展によるトラブルは別のセッションでも扱われており、たとえばAIによって生成されたコンテンツが(AIを操作した人物も知らないうちに)著作権を侵害している事例などが紹介されていました。Getty Imagesは将来的な法的リスクを懸念して、AIによって生成されたコンテンツを禁止する方針を打ち出しましたが、AIを前提とした利用規約は他のメディアでも一般的になっていくかもしれません。

グリムスタッド氏の講演では他にもメタバース、フォトグラメトリー(建物や立体物をさまざまな角度から撮影し、それらの画像から3Dモデルを生成する技術)、仮想アバターをまとったインフルエンサー(まさに日本のVTuberですね)など、メディアに影響を与えうる技術トレンドが数多く紹介されました。

 

存在感を放つCanvaとFlourish

さて、ONA2022では4日間で合計90以上のセッションが開催されました。私は主にデータ報道やビジュアル表現に関するセッションを見ていましたが、特に存在感を放っていたスポンサーがCanvaとFlourishでした。Canvaは同名のグラフィックデザインツールを開発する、オーストラリア本拠の企業です。今年2月にはイギリス発祥のデータ可視化ツールFlourishを買収しています。どちらも報道機関が主要なユーザーであり、今回のONA2022では最も早いセッションを含めた複数のセッションやブースを用意していました。

 

Canva・Flourishのセッションより。メインホールを除くと最も大きな部屋でのセッションでしたが、立ち見が出るほど盛況でした

 

私も2つのセッションに参加しましたが、彼らが一貫してアピールしていたのは、「現代ではすべてのジャーナリストがビジュアルを制作するようになる」ということでした。たとえば主にテキストで記事を書く記者であっても、自分のコンテンツを世に出すためにはウェブページのOGP画像、TikTokなどに載せるショート動画、Podcastのタイトル画像など、さまざまなビジュアル素材を作る必要があります。紙の時代にはそうしたアウトプットを特別に制作する部署が存在しましたが、ビジュアル制作の機会が極めて多様かつ多岐にわたる現代では、ひとりひとりのジャーナリスト自身がそうした制作を行う必要がある=だから「非プロ」向けのCanvaやFlourishが必要だ、という趣旨でした。

彼らの立場を差し引いて考慮しても、今後のデジタル時代に求められるアウトプットが紙とはまた違ったものになることは十分に考えられます。その意味ではCanva / Flourishがスポンサーとして台頭していることは、現代の報道コンテンツ制作の現場を象徴しているように私は感じました。

前回(2019年)のカンファレンスに参加した同僚によると、当時はFacebookが強力なスポンサーとしていくつものセッションを開催していたそうです。このようなスポンサーの移り変わりを見ても、報道業界を取り巻く状況がわかります。

 

最新のデジタル表現技法を体験できるOnline Journalism Awards

最終日の夜には、Online Journalism Awards(OJA)の受賞作品紹介が行われました。OJAは2000年に立ち上げられた、デジタル報道の作品や報道機関を対象とする賞です。オンラインジャーナリズムを推し進めた報道機関に与えられる「General Excellence in Online Journalism」や複数の報道機関が協力したプロジェクトを対象とする「Excellence in Collaboration and Partnerships」など23の部門に分かれています。ほとんどの部門で組織規模に応じて賞が分けられているのも特徴です。

 

Online Journalism Awards授賞式の様子

 

たとえば優れたデジタル視覚表現を活用したストーリーテリング作品に贈られる「Excellence and Innovation in Visual Digital Storytelling」の中規模部門には、ドイツの新聞・出版社フンケ・メディエングルッペの制作した「Mapping where the earth will become uninhabitable」が選ばれました。3Dの地球儀に、今後ヒトが住めなくなる地域や水不足が見込まれる地域をプロットし、スクロールによるストーリーの提示とユーザーの自由なデータ探索を同時に実現している作品です。

 

「Mapping where the earth will become uninhabitable」より

 

他にも「没入型ストーリーテリング(Excellence in Immersive Storytelling)」の部門を受賞した、人種差別を背景とする未解決の殺人事件を扱う「Un(re)solved」では、マイクに犠牲者の名前を吹き込むことで次のセクションに進むことができるなど、オンラインならではの技術を生かした斬新な試みも行われています。

スマートニュースからは他にも複数のメンバーがONAに参加し、それぞれの専門に応じたセッションを聴講しました。Media×Techブログでは引き続き、それぞれの観点からイベントレポートを掲載する予定です。

 

 

 

著者紹介

荻原和樹(おぎわら・かずき)
Google News Lab ティーチング・フェロー
2010年筑波大学卒業、東洋経済新報社にてデータ可視化を活用した報道コンテンツの制作を行う。2021年スマートニュース入社。2022年10月より現職。共著に『プロ直伝 伝わるデータ・ビジュアル術』(技術評論社、2019年)。