東京放送ホールディングスが2019年夏に開始したプロジェクト「TBSグループ Media Tech Hub」のオープンフォーラムが10月2日、都内で開かれ、スマートニュースとコラボレーションした講演とトークセッションが行われた。
このプロジェクトは最先端技術の情報収集や企画開発、オープンイノベーションのコミュニティ形成を目的としており、今回スマートニュースからは媒体社との関係構築に携わってきたフェローの藤村厚夫氏と、メディア事業開発部門の田島将太氏、TBSテレビからは報道局デジタル編集部の池田誠氏がそれぞれ登壇した。
データに基づく俯瞰的な視点と、編集現場の「生臭いリアル」(池田氏)が織り混ざった、さまざまな角度からの議論が繰り広げられた中、ニュースの未来に向けた共通のキーワードとして「信頼」「コミュニティ」が浮上した。
多様化するジャーナリスト
第1部では、田島氏がアプリ「SmartNews」上での配信事例を紹介しながら、ニュース消費のされ方を解説。
見出しから期待される内容と実際の記事内容が異なるとユーザーは離脱傾向にあることや、クリック率が高く直帰率(※)も高い、いわゆる「釣り記事」は、SmartNews上ではページビューを稼げていない解析結果を明かした。ユーザーに不誠実なコンテンツは数字が伸ばせないことを示した格好だ。
※直帰率:記事を開いてから5秒以内に記事を閉じてしまったPVの割合
田島氏は、先月米国で開催された世界最大級のデジタルメディアイベント「ONA 」もレポート。ジャーナリストの役割の変化が着実に進行しているとし、「Head Of UGC(※) Newsgathering」「Audience Engagement Editor」「Instagram Editor」など実際に出会ったジャーナリストたちの肩書きを挙げながら、「多様性に驚いた」と語った。
※UGC:ユーザーが作ったコンテンツ
また、米国の地方メディアは生き残りをかけてサブスクリプションを強化しており、広告モデルでは重要視される「ページビュー」「滞在時間」といった指標の最大化が、サブスク継続率に対してはマイナスに働くという驚きの調査結果が複数のメディアから報告されたという。
田島氏は「ONAでは『Trust』『Community』『Engagement』という単語をよく耳にした。ジャーナリストが直接読者と絆を結ぶ、人による信頼の回復へ媒体社が回帰していることがうかがえる」と現地メディアの温度感を伝えた。
アルゴリズム問題の顕在化
続いて登壇した藤村氏は、冒頭から「テクノロジーとメディアの組み合わせによりチャンスが生まれた一方で、危機にも向かっている」と強調。アルゴリズムの問題が顕在化した事例として、ファーガソン事件(※)に触れた。
※ファーガソン事件:2014年、米ミズーリ州ファーガソンで、黒人少年が白人警官に射殺された事件。抗議行動が広がった
スライドで紹介された社会学者の分析によると、当時Twitterと比較して、Facebook上では同事件に関する言及が少なかったとされ、ニュースの表示がアルゴリズムで制御されていた可能性があるという。
藤村氏は「以前からフィルターバブル(※)という言葉もあるが、テクノロジーが人間の見識にバイアスをかけることが現実になってきたことに自戒が求められる」と険しい表情で語った。
※フィルターバブル:アルゴリズムの制御により、利用者が望む情報ばかりがフィルターを通して提示され、望まない情報から遮断されること
加えて、ピューリサーチセンターによる米国内の定点調査で、共和党支持層と民主党支持層の立ち位置が大きく乖離する、いわゆる“分断”が近年顕著になってきていることを問題視。
「“分断”をテクノロジーが加速している可能性がある。ニュースを伝える我々が気をつけなければ、民主主義そのものが成立しなくなるかもしれない。ニュースがそういう段階に入ってきていることを認識しなければならない」と語気を強めた。併せて、SmartNewsの米国版テレビCMは、政治的なバランスをテーマにしていることも紹介した。
“テレビの当たり前”を疑う
「以前は、テレビファーストが基本で、放送後にウェブに(コンテンツを)出すのが当たり前だった。もったいないと感じていた」
TBSの池田氏は、2017年に自ら志願して報道局デジタル編集部に異動。以降、“テレビの当たり前”を疑って取り組んだという施策をプレゼンした。
無音で読めるスクエア動画、時が経っても見たいコンテンツの強化、視聴者との対話、Twitterファースト、「note」でのテキスト配信、「いらすとキャスター」など前例を覆す取り組みを次々展開した結果、かつては約8割が男性で、ほとんど35歳以上だったという「TBS NEWS」のFacebookフォロワーが、直近の数字では女性比率が2割増加、年齢構成も大幅に若返り、コメントなどのエンゲージメント数は約100倍に増えたという。
中でも、CS放送で立ち上げた対談番組「Dooo(ドゥー)」は、YouTubeやFacebookでも発信しており、池田氏は「まだ地上波に出ない、ネクスト人材と触れ合う機会になっている」「意外と若い人が見てくれている。作って良かった」と手応えを感じている様子だった。
予算もスタッフも少ない中での挑戦では「社内の雰囲気を変える」ことが重要とし、「デジタルで頑張った人をほめる」「他社事例を研究し、社内の危機感をあおる」「報道の垣根を越境してコンテンツを開発する」などのポイントを挙げ、「テレビで発信するだけでなく、ソーシャルでもリアルでも取り組みを続けることがTBSのブランド価値を高める」と締めくくった。
トークセッションでは「ローカル局におけるWEBニュースとの向き合い方は?」「ニュースの手応えがほしい」など会場からの質問や意見をめぐり議論。
「信頼がどう醸成されるかというと、コミュニティや人との距離がポイントになる」(藤村氏)、「米国ではメディアが地域でコミュニティを作り、収益化のトライアンドエラーを繰り返している」(田島氏)、「TBSという看板で見てくれるというより、記者の熱量が入ったコンテンツは広がっていく手応えがある。人が大事」(池田氏)など、これからのメディア運営のヒントとなる重要なキーワードが飛び交った。
著者紹介
荒牧航(あらまき・わたる)
スマートニュース株式会社 コンテンツアソシエイト
熊本生まれ、兵庫・千葉育ち。慶應義塾大学文学部卒業、地方紙・千葉日報社にて社会部記者、船橋支局長、経営企画室長、デジタル担当執行役員を歴任。日本新聞協会メディア開発委員としても活動後、2019年9月にスマートニュース株式会社へ参画。中小企業診断士としてIT化支援、メディアコンサルティング等にも携わる。趣味は映画「男はつらいよ」シリーズの鑑賞。2児の父。
本記事は筆者と編集部の独自の取材に基づく内容です。スマートニュースの公式見解ではありません。