Media × Tech

「Media × Tech」ブログはスマートニュースのメディア担当チームが運営するブログです。テクノロジーを活用した次世代のメディアとはどういうものか? そうしたメディアをどうやって創り出していくのか、を考えていきます。

アップル新OSから見える「広告とプライバシー」の近未来

2020年も秋に、アップルが同社製品向けのOSについて、新バージョンを公開する。ここ数年のアップルの新OSは、プライバシー関連の機能強化が目立っていた。そのことは、広告で運営されるWebメディアにとって少なからぬ影響をあたえる可能性がある。

 

正式公開を前に、新バージョンである「iOS 14」「iPadOS 14」「macOS Big Sur」のパブリックベータ版が公開された。このタイミングで、「今年のアップルの新OSがWebメディアにどういう影響を与えるのか」を考えてみよう。

macOSで可視化される「サイト越えトラッキングの防止」

アップルは、OSの新バージョンに合わせて、同社のWebブラウザである「Safari」のバージョンアップを行う。今年もそれは変わらない。特に目立つのは、macOSの新バージョンである「Big Sur」での機能の変化だ。

 

特にセキュリティ面で大きな変更となるのが、「プライバシーレポート」機能の搭載だ。Big SurのSafariには、ツールバーのアドレス欄の隣というとてもわかりやすい位置に「シールド」のマークが表示される。これをクリックすると表示されるのが「プライバシーレポート」だ。

 

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上記のスクリーンショットは、macOS Big Surの「パブリックベータ版」でのSafari。シールドのマークが「プライバシーレポート」。サイト越えトラッキングの状況を可視化できる。

 

プライバシーレポートは具体的になにを行うのか? それは、いわゆる「サイト越えトラッキング(クロスサイトトラッキング)」*1を防止した回数の可視化だ。ボタンが濃い色になっていれば、そのサイトで「サイト越えトラッキング」が防止された印だ。

 

より詳細なレポートはメニューなどから呼び出せるのだが、そちらを見ると、30日間に、どれだけのサイトがサイト越えトラッキングを使っていて、どれだけの数が防止されたかを可視化できるようになっている。

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プライバシーレポートの詳細表示では、どのようなサイトにいくつのトラッカーがあり、どのトラッカーが多く使われていたかなどを可視化する。

 

サイト越えトラッキングとは、ブラウザ側で保存したCookieを、ドメインを跨いで利用する、いわゆる「サードパーティーCookie」を使う手法のことだ。これにより、本来アクセスしたサイトでの閲覧状況を、そのサイト内だけでなく、他のWebサイトでも追跡でき、ユーザーのプロファイルを集められる。

 

具体的にどうなっているのか?

 

現在は、ニュースサイトなどが広告配信サービスへのサードパーティーCookieを大量に生成している。プライバシーレポートが表示したのは主にこれだ。ニュースサイトにアクセスした段階で多数の広告サービスへの「サイト越えトラッキング」が行われ、広告サービスに自分自身はアクセスした意図はないにもかかわらず、ユーザーの行動がプロファイルされ、ユーザーにより適した広告を出すことに使われている。

 

またサイトによっては、一度サイトを離れたユーザーに自社の広告を出す「リターゲティング」という広告も使っており、これもサイト越えトラッキングを使う。リターゲティング広告は、「一度購入を検討したが結局買わずにサイトを離れた」ような顧客に特に有効で、成果の出やすい広告手法として知られている。

 

だが、サードパーティーCookieを使ったこの種の手法は、ユーザーの行動を監視して追いかけるような部分があることから、「プライバシーを侵害している」との批判も強い。アップルはその急先鋒だ。

 

今回、新しいSafariで導入されたプライバシーレポートは、単にサイト越えトラッキングを防止するだけでなく、ユーザーに対し、より明確に「これだけサイト越えトラッキングを行なっているサイトがある」「これだけのプライバシー侵害の可能性があった」と示す効果が非常に強い。

 

なお、プライバシーレポートで、Webのアクセス解析に広く使われている「Googleアナリティクス」がブロックされているように見えるが、これは誤解だ。Googleアナリティクスが使っているのはあくまで「ファーストパーティーCookie」と呼ばれるもので、ブロックの対象ではない。同様に、表示されたすべての「トラッカー」がサードパーティーCookieとは限らず、ブロックされないものもあるので、その点はご留意いただきたい。

今回の変化は「可視化」が軸、「サードパーティーCookie排除」の方向性は3年前から変わらず

では、アップルは今回どのような新しい技術や仕様を盛り込んでいるのだろうか?

 

実は、サイト越えトラッキングの排除という意味で、今年になってまったく新しい技術が導入されたというわけではない。

 

アップルはここ数年、Safari でITP(Intelligent Tracking Prevention)という技術を利用してきた。導入は2017年、iOSで言えば「iOS11」からだ。アップルはITPによってトラッキングを行っていると思われるサードパーティーCookieの利用を制限してきた。その機能や制限は毎年強化が続いており、サイト越えトラッキングによって広告効果を高めよう、というアドテクノロジー事業者との間でいたちごっこが続いてきた。

 

だが、この3月、アップルはITPをアップデートし、サイト越えをして使われているCookieを、デフォルトで全面的にブロックすることになった。この時点で、サイト越えトラッキングに対する旗色は鮮明になった、と言っていい。

 

今回、iOS 14/iPadOS 14/macOS Big SurのSafariでは、ITP周りに大きな変更は行われておらず、もっとも大きな変化であるプライバシーレポートは、基本的には「ユーザーに対する見せ方」の変化である。

 

iPadOS 14(パブリックベータ版)での「Safari」の設定。「サイト越えトラッキングを防ぐ」機能があり、デフォルトでオンになっているのは以前と同様だ。

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ITPを含めた「サイト越えトラッキングを防ぐ」仕組みはSafariを搭載したアップル製品すべてに共通しているものの、現状のベータ版では、プライバシーレポートが搭載されているのはmacOSだけ。「可視化がより強化されたのはMacのみで、影響は限定的」とみることもできるが、最終的な製品版でどうなるかはわからない。 

「サイト越えトラッキング」包囲網は2年以内に完成、対応は待ったなし

そもそも、可視化がなくても、「サイト越えトラッキングを使った広告」が使いづらくなる、という意味ではなにも変わっていない。iOSやiPadOSでも、「サイト越えトラッキングを防ぐ」機能が使われており、デフォルトで「オン」になっている点に変わりはないのだ。

 

現状、Safariのブラウザとしてのシェアは、Webにアクセス可能なデバイス全体を見ても10%程度である。現状でもサイト越えトラッキングをするためのサードパーティーCookieは広く使われているが、それは、Safari以外のブラウザで多く利用されているからに他ならない。

 

だが、サードパーティーCookieの包囲網は確実に広がっている。

 

サイト越えトラッキングを防止するためにサードパーティーCookieの利用を規制するのは、アップルだけの方針ではない。Firefoxでも既に禁止されているし、トップシェアを誇るGoogle Chromeでも、サードパーティーCookie利用を、2年かけて段階的に禁止していく方針となっている*2

 

法律的な網も広がっている。「EU一般データ保護規則(GDPR)」や「カリフォルニア州消費者プライバシー法(CCPA)」、6月5日に改正された日本の「個人情報保護法」でも、Cookieを個人情報として、より明確なユーザー許諾と管理が基本になってきている。

 

これらの点からも、「今年のSafariで状況がどう変わるのか」のではなく、「もはや変化は待ったなし」なのだ。ユーザーターゲティングのやり方は変わらなければいけないが、それはここ数年の傾向であり、新OSだけの話ではない。いよいよ残された時間が短くなってきた、と考えるべきだろう。本格的な変化が待ったなしになる1年先、2年先を読んで「SafariやFirefoxのようなブラウザでも広告効果の高いメディア作りはどうするべきなのか」という検討を積極的に進めるべき、ということかもしれない。

 

前出の「リターゲティング」広告や、他社がもつ年齢・興味などのユーザーの属性を使っての「サードパーティー型DMP(Data Management Platform)」広告、ターゲットを定めた「DSP(Demand Side Platform)」広告などは、そのままでは使いづらくなっていく。

 

おそらくは、自社でデータを集めて自社だけで広告のために使う「ファーストパーティー型DMP」が重要になる。この場合、ユーザーから許諾を得て大量の情報を集めやすい大手は有利だが、規模が大きくないサイトなどではどうやってターゲティングの精度を高めるのか、という課題が出てくる。

 

また、個人を追いかけるのではなく、あくまで表示されているコンテンツの文脈に合わせた広告を出す「コンテキストマッチ型広告」もより重要になる。

「アプリ」でもプライバシー規制強化がやってくる

ブラウザと同時に、「アプリ」でのプライバシー規制強化がやってくる。

 

iOSにおける一番の問題は、個人が利用する端末を識別し、ターゲティング広告を出すことに使われている使われている「IDFA」の利用が「デフォルトではオフ」になることだ。

 

IDFAは「広告掲載ID」とも呼ばれ、Googleも同様に「AAID」というものを使っている。個人情報は含まれていないが、アプリを使っている個人の端末を特定し、そのアプリを使っている人の属性に合わせたモバイル広告を出すことに使われている。

 

過去、個人識別がスマホ上で野放図に行われてきた反省から、アップルとGoogleが「個人情報を含まない広告のための識別子」として開発して導入した経緯があるが、アップルはそれでも「プライバシー上の課題」と認識しているようだ。

 

iOS 13までは「デフォルトはオンで、ユーザーの選択によりオフ」だった。しかしiOS 14では「デフォルトオフ。ユーザーにアップルが決めた書式で表示して許諾を求め、ユーザーがオンにしなかったらオフのまま」という形になる。こうすると、多数のユーザーが「オフ」を選ぶ可能性が高い。アプリ内広告の表示にIDFAを使っているFacebookなどは「iOS 14では広告価値が落ちる」と反発、「iOSユーザーには提供できないサービスが出てくるだろう」としている。

2020年9月4日追記:アップルは9月3日、アプリ内でのIDFAの扱いに関するオプトイン方式(デフォルトオフ。ユーザーにアップルが決めた書式で表示して許諾を求め、ユーザーがオンにしなかったらオフのまま)の導入を2021年まで延期すると発表した。

 

プライバシー保護、という面ではアップルのやり方が正しいようにも思えるが、「これはやりすぎ」との批判もある。もともとが広告目的のものであり、アプリの場合、ウェブと違い「検索流入」などのルートもない。アプリ内で効率的に広告を出し、「無料でアプリを提供する」には必要……との声も聞かれる。実際、グーグルはAAIDの設定を変更していない。ウェブ媒体以上に、アプリ広告の分野では大きな波乱がありそうだ。

 

位置情報についても変化がある。iOS 14では、位置情報を求められた際、正確な位置ではなくあえて「だいたいの位置」しかサービスに伝えない、「approximate location(推定位置情報)」というやり方が導入される。10平方マイル単位でしか情報を伝えないのでプライバシーは比較的守られるが、天気アプリやニュースアプリなら、これで十分かもしれない。

 

Webにしろアプリにしろ、「とにかくデータをとる」のではなく「どこまで取るのか」「何が必要なのか」を考えた上で、ユーザーに気持ちよく個人情報提供の許諾ボタンを押してもらえるサービス設計が必須になるだろう。

著者紹介

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西田宗千佳(にしだ・むねちか)

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。主な著書に「ポケモンGOは終わらない」(朝日新聞出版)、「ソニー復興の劇薬」(KADOKAWA)、「ネットフリックスの時代」(講談社現代新書)、「iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」(エンターブレイン)がある。

本記事は筆者と編集部の独自の取材に基づく内容です。スマートニュースの公式見解ではありません。

*1:クロスサイトトラッキングとは、複数のWebサイトをまたがるユーザー行動をCookieによって追跡する統計手法のこと。ターゲティング広告などに利用される。

*2:Googleでは7月にGoogle Chrome 用の拡張機能として「 Ads Transparency Spotlight (Alpha)」を公開した。