Media × Tech

「Media × Tech」ブログはスマートニュースのメディア担当チームが運営するブログです。テクノロジーを活用した次世代のメディアとはどういうものか? そうしたメディアをどうやって創り出していくのか、を考えていきます。

サブスクモデルでコンテンツ本来の価値提供を目指す——「ポストCookie時代」のメディア②

ポストCookie時代、広告収益モデルから脱却して新たな価値提案を目指すメディアの取り組みを紹介する本企画。第2回となる今回は、読者からの購読料を収益の柱とし、成果をあげているダイヤモンド社ダイヤモンド編集部と、厳選した海外記事を紹介する講談社クーリエ・ジャポン編集部の実績から、メディアにおける成功する有料購読型(サブスクリプションモデル)ビジネスの築き方を見ていく(第1回「コマースでメディアの可能性を拓く」は、こちら)。(編集部)

オンとオフ、対照的な2つのメディア

「ネットメディアのコンテンツ=無料」が当たり前との認識がまかり通っている今日、読者からの購読料で運営基盤を築いているメディアがある。「お金を払ってでもこのメディアの記事が読みたい」と思う読者がいるということは、コンテンツを通じてメディアがしっかりと自身の価値を読者に提供していることの証といえよう。


メディア側にとっても、無料で消費される記事ではなく「対価を払ってでも読むべき記事」と読者に認識されることは大きな喜びとなる。そこで最大の問題は、「どうすれば多くの読者から支持されるサブスクモデルを作っていけるか」という点だ。


今回取材したのは、講談社が発行するネットメディア「クーリエ・ジャポン」(以下クーリエ)の編集長である南浩昭氏と、ダイヤモンド社でダイヤモンド編集部編集長を務める山口圭介氏の2人。どちらも雑誌という印刷メディアからスタートし、現在、前者のクーリエは2016年4月号を最後にオンライン版に専念、後者のダイヤモンドは、印刷版の「週刊ダイヤモンド」を維持しながらオンライン版の「ダイヤモンド・オンライン」を運営する。いずれも読者から購読料収入を得るサブスクモデルを成功裡に推進している点で共通点も多いが、メディア運営の仕方は非常に対照的だ。

クーリエ・ジャポン編集長の南浩昭氏

 

ダイヤモンド編集部編集長の山口圭介氏

オンラインへの注力は「正解」だった:クーリエ

編集の仕方も対照的だ。クーリエが紙からの完全シフトを決めたのは「『雑誌編集の経験者は、紙媒体ばかりに労力をかけてしまい、Webがおろそかになる』という社内の声が大きく、Webオンリーでいくという判断になりました」(南氏)とのことで、当時はさまざまな意見が出たらしい。当時は印刷版の定期購読者が8000〜9000名ほどいたので、完全なオンライン版へのシフトでそれまでの購読者との関係を絶ってしまうことも不安視された。


しかし、いま振り返ってみて南氏は「結果的にこの判断は正しかったと思います」と語る。印刷版を作り続けていたら紙の発想にとらわれてしまう。「編集部がWebだけに集中することで、紙と違う新しい方向に向いていけるという感覚はあります」(南氏)という。


課金の仕組みやWeb開発に関しては、外部ベンダと二人三脚で取り組んでいる。より良い読者体験を提供するため、2週間に1回はベンダとミーティングを持つほか、Slackで専用のチャンネルを立ち上げ、ECサイトなども含めて良いUIを提供しているWebサイトがあれば、その情報を共有しているそうだ。2021年10月には無料会員制度と、有料会員の年割制度をスタートし、会員増に拍車をかけた。


印刷・オンライン共存ながら「デジタルファースト」を徹底:ダイヤモンド

一方、「紙もWebも」という現在のダイヤモンド編集部は、2019年にダイヤモンド・オンライン編集部と週刊ダイヤモンド編集部を統合してできた編集部だ。ただし印刷版は残しつつも、記事の入稿フローも制作フローも、記事の書き方まですべてデジタルファーストにシフト。雑誌のほうでは、オンライン版の記事を再編集して組み立て直す。記事のリードも、かつては新聞記事のように「記事内容を説明する」スタイルだったが、それだと有料課金に結びつかなくなるため、文体、記事構成から抜本的に見直した。山口氏は「どうすれば読んでもらえる記事になるか、新しい文体については常に考えています」と説明する。


各種のデータ基盤の開発やデータ分析などの運営については、外部委託せずに社内で運営している。また、編集部とは別に独立した組織で「オーディエンス開発部」があり、この部隊が日々、どのようなコンテンツが会員獲得につながっているのか、それぞれ有料会員・無料会員ごとの傾向を共有する。編集部はその情報を参考に「この視点で今度は別の業界を取材しよう」などのヒントを得て、コンテンツ作りに活かしていく。

KPIは「会員数」、あえてPVを追わないという戦略も

このように対照的なメディアだが、サブスクモデルのメディアとしてはいずれも順調に成長している。
クーリエの場合、世界情勢に興味がある読者からの支持が厚く、初めての来訪者がそのまま有料会員登録を行うことも珍しくない。ただしそうしたユーザーはすぐに離脱していく傾向もあるので、いかにアクセスの頻度を高めてサイトをよく理解してもらい、年間契約へと切り替えてもらうかがポイントだという。最近はロシアによる「ウクライナ侵攻」もあり、有料・無料会員とも急激に増えた。

海外の著名な有識者らの発言からグローバル情勢を読み解く記事が人気のクーリエ・ジャポン

速報記事もあるが、アーカイブ的に読まれる記事が多いのもクーリエの特徴だ。雑誌版だったころはビジネス系の記事もあったが、オンライン版に移行してからは海外有識者のオピニオンや人生に関する記事、哲学的なテーマが多く、それらの記事を読んで何かの拍子に会員登録/有料会員へと切り替えが進むケースがある。その実績データを見ながら、読んでほしい記事や会員増につながった記事を掘り起こすことを絶えず行っているという。その記事を読者にどのように提示していくかの手法は、現在も試行錯誤を続けているところだ。


ダイヤモンド・オンラインは絶好調だという。編集部を統合した2019年当時、PVは月間6000万〜7000万、無料会員は50〜60万人だったという。しかし2022年には月間1億1000万PVまで伸び、無料会員も約85万人まで増えた。山口氏は「週刊ダイヤモンドは29年連続で市販売上1位のビジネス週刊誌なのですが、市販売上でトップを維持したまま、その市販売上をサブスクの有料会員(「ダイヤモンド・プレミアム」)が超えるまでに成長してきました」と話す。サブスクと広告を合わせ、収益の多くをオンラインで叩き出しているそうだ。


興味深いことに、両メディアとも最重要視しているKPIは「会員数」だ。

クーリエの南氏は「KPIはいくつもありますが、プレミアム会員がきちんと伸びているのかを一番気にしています」という。ただし留意しているのは会員数だけではない。リテンションにもかなり気を配っている。

新規獲得に目が行きがちですが、やはり会員読者にアクティブであり続けてもらうことが重要です。ここについてはまだできていることは少ないのですが、最近メールシステムが整備されてニュースレターに注力し始めたので、ノイズにならないように改善を重ねながら有益な情報を届けていきたいと考えています。
また記事のPVも確認しています。単純に数値を見るのではなく、むしろ気にするのは「見てもらいたいけどなかなか読まれにくいコンテンツ」です。これをきちんと届けることができれば会員の満足度も上がると思うので、読者に届きにくい記事のPVについては気にしています。

と南氏は話す。


一方、ダイヤモンドは、

うちは、サブスクのスタート後に、PVを主要な目標にするのをやめました。「会員を育ててビジネスを大きくする」というビジネスモデルに転換し、無料会員/有料会員、そしてアクティブなユーザーを増やすことを最重要KPIとしたんです。

と山口氏は話す。

ビジネスパーソン向けの骨太な経済記事で読者をつかむダイヤモンド・オンライン

PVを追わないことで、アクセス数目当てのコンテンツは消えた。そのぶん、本来の想定ターゲットである「ビジネスパーソン向け」を明確にし、ビジネスパーソンのマインドに刺さる記事づくりにまい進した。これにより、記事を読んだ読者のなかから無料会員登録するビジネスパーソンが劇的に増え、そこからさらに有料会員になるという良好な流れが生まれた。
また良質なビジネスパーソンの読者が集まることで、BtoB向け広告などに対するアクセスでも良い影響が出ているという。

読者体験を第一に有料会員化を促す:クーリエ

ここまでサブスクモデルにおける両メディアの対比を見てきたが、ここからはそれぞれのメディアについて見ていこう。


クーリエはオンラインへの完全移行時に、サブスクモデルを採用することを決めていた。印刷版の時代から安定した定期購読者がついていたためだ。WebサイトのUIは洗練されたシンプルなもので、ページ分割がない。これは海外メディアに倣ったもので、読者体験を損なわないためだという。

ページ分割すると広告収入も増えますし、見かけのPVが増えることはわかっているのですが、会員の読者体験が第一なので、購読料で基盤を作り、広告収入の減少分は快適な体験を会員に還元していると考えています。

と南氏は説明する。ちなみに有料会員になると、記事内の広告はほとんど表示されなくなる。そこはゲスト訪問者と大きく差を付けているところだ。


良質な記事を絶えず掘り起こし、アクティブ会員を維持していくことにも余念がない。その手段として活用しているのがデータ。会員とのタッチポイントにSNSやニュースレターを使っている。
データ分析に活用しているのは主にリアルタイムコンテンツ分析ツール「Chartbeat」で、どんな流入があるのか、どんな人が登録しやすい傾向にあるのか、どの記事から有料会員にコンバージョンするのかを細かくチェックしているという。その結果を基に、会員登録のコンバージョンにつながりそうな記事をSNSやニュースレターで配信する。
無料で読めるコンテンツができたことで、ユーザーがSNSで拡散するようになり、良い相乗効果が生まれているそうだ。これをきっかけにクーリエに入ってきた潜在会員層や無料会員をどのように有料会員へと促すのかが目下の課題だ。


有料会員登録を促す効果の高い記事に誘導するには、2つの手段がある。その記事へ誘導するための短い記事を新たに作成すること。もう1つは、関連テーマの良質な過去記事を掘り起こし、文中や文末に「関連記事」として挿入し紹介することだ。
いずれもYahoo! などのニュースプラットフォームに配信された場合、一定の時間は誰でも無料で読むことができる。ただし関連記事はペイウォール(サブスク登録を求める仕組み)に当たる。さらに別の記事を読もうとすると改めてペイウォールに当たるので、そこで有料会員登録を促せるというわけだ。

ニュースレターの記事中に関連記事への誘導を設置

ニュースレターもABテストを繰り返し、どうすれば記事に誘導できるのかを検証する。最後までスクロールされやすく、クリックもされやすい人気記事ランキングの表示方式などもわかってきた。いまはまだニュースレターの活性化に注力しているが、ゆくゆくは会員のアクションまで丁寧に追っていき、最適な情報を届けられるように改善していく予定だという。

読者目線・忖度なしの企画で会員を広げる:ダイヤモンド

ダイヤモンド・オンラインは、ビジネスパーソンというターゲット層に注力し、PV至上主義を捨てると同時に、運用型広告の表示条件も厳しく設定した。好ましくない広告を表示させないようにし、読者体験を優先させるためだ。この「読者体験を重視する」という姿勢は2つのメディアに共通している。


記事づくりも常に読者優先だ。経済メディアなので、時には大企業や業界の暗部にも切り込んでいくが、取材先に対しては一切忖度しない。編集部が取材先に忖度しては「読者に対する裏切りになると思っています」と山口氏はいう。そこは常に読者の目線に立っている。


記事企画に関しては、冒頭に述べたように社内のオーディエンス開発部から共有されるデータを基に考える。山口氏は「雑誌と異なり、記事一本一本について、何が売れてどういう反応だったかわかるので、記事や読者の解像度が何十倍にも高まった感があります」と話す。ただし、データに依存しすぎるといわゆる“売れ筋”に寄っていくことになるので好ましくない。あくまで企画の切り口や視点の参考にしたり、別の業界に横展開したりして、視野を広く考えるように心掛けているという。


タイトルの付け方も吟味に吟味を重ねる。
まず「本文に書いてあることしかタイトルに入れない」、そのなかで「最大限訴求できるキャッチーなものを」というこだわりがある。そのためタイトルも、記事を書いた記者本人が作った後は、担当デスク、タイトル担当の副編集長、デジタル編成部長、そして編集長の山口氏と5人が確認し、タイトルを洗練させていくそうだ。その過程はSlackで共有されており、タイトルの付け方に関する共有知識が生まれつつあるという。


印刷版も出しつつ、業務フローをすべてデジタルシフトしたことに編集部から不満がなかったのか尋ねたところ、山口氏は「大きな反対はありませんでした」と答え、その理由を次のように説明した。

一つは、もともとの企業風土として変化を嫌がる社風ではなかったこと。もう一つは、危機意識が高かったことです。2017年に週刊誌市場のシミュレーションを行ったところ、悲観シナリオでは『10年後には週刊誌市場は消滅する』という結果になりました。薄々感じていたことですが、このままではダメだという意識によってデジタルファーストにスムーズに転換できたと考えています。

そして何より編集部員の奮闘と挑戦が大きかったです。編集部の働き方はこの3年で根本から変わりました。その激烈な変化に対して、前向きに柔軟に対応してくれた編集部員の粘り強い試行錯誤がなければ、こんなに早く生まれ変わることはできませんでした。

現在の収益源は、雑誌・有料会員を含めた購読料、そして雑誌とオンライン2つの広告事業、そしてdマガジンなどの配信収入などがある。このうち広告メニューについては拡充中で、タイアップ広告や動画など先端の手法も取り入れたメニューを作成しているところだという。

まだまだ伸びるサブスクモデル

今後の展望については、両メディアとも明るい未来が見えている。


クーリエの南氏は、データ活用や新規会員獲得については「これからも試行錯誤を重ねていく」としながらも、これまで蓄積していたコンテンツを活用すれば、新たな読者増につながると見ている。そのため編集部で初めてデジタルマーケターも採用した。
南氏は

私はデータを見るのが好きなので、自分でいろんなデータを見て編集部員と共有していますが、そうしたデータを活用してコンバージョンをより高めるために、専門のマーケターの方が必要だと考えました。

と説明する。


ダイヤモンドの山口氏は、フロー型コンテンツであるテキスト記事だけではなく、ダイヤモンド社発行の書籍というストック型コンテンツや、動画コンテンツなど、良質でバラエティ豊かなコンテンツを最大限活かしていくという。法人向けのサブスクメニューなども含め、サービスを充実させていく構えだ。
 
そしてもう1つ、内製化が基本だったコンテンツの企画・制作についても変えていく構想を持っている。有料会員向けコンテンツの強化に向け、外部のメディアやジャーナリストとの連携も強化している。

外部メディアとの連携、動画、ストックコンテンツ、書籍コンテンツで土台の底上げをするようなイメージです。今はフローのテキスト記事による特集がメインですが、土台を強化することで、これからさらに伸びていくはずです。

と山口氏は自信を見せた。

(聞き手:Media×Tech編集部、まとめ:岩崎史絵)

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