Media × Tech

「Media × Tech」ブログはスマートニュースのメディア担当チームが運営するブログです。テクノロジーを活用した次世代のメディアとはどういうものか? そうしたメディアをどうやって創り出していくのか、を考えていきます。

これから、メディアは稼げるか?——佐々木紀彦氏が語る「5年前、そして5年後のメディア」

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NewsPicks 佐々木紀彦氏(同社にて)

NewsPicksの編集長を経て、現在、NewsPicks Studios CEO兼NewsPicksの新規事業を担当する佐々木紀彦氏が、『5年後、メディアは稼げるか?』上梓してから6年。

その後のメディア業界では、広告インプレッション頼りのコンテンツを産出し続けるメディアや、過去のしがらみや通念を抜け出せない従来メディアが苦しむ一方で、さまざまなデジタルメディア、ニュースアプリが次々に登場している。

そんなメディア業界の変化を、佐々木氏はどう見ているのか? また、何に挑戦しようとしているのか?
これから5年後10年後、メディアはどう稼いでいけるのか。
佐々木氏の見ているメディアについて聞いた。(Media×Tech編集部)

(以下、敬称略)

2013〜2019年、メディアは「敗北」の時代だった

——早速ですが、出版から6年が経ち、いまメディアは稼げていますか? 

佐々木 残念ながら、かなりネガティブな評価です。端的にいえば「稼げなかった」、これに尽きると思います。あの本で書いた3つの変化、すなわち「デジタル」「ソーシャル」「モバイル」の3つに、ほとんどのメディアが適応できずに終わったのがこの5〜6年だと思います。
本当はもう1つ、「グローバル」という変化もあるのですが、これを入れると複雑すぎるので割愛しましょう。要は、すべての変化に対応できずにいるということです。

——新たな(デジタル)メディアも誕生し、またNewsPicks自身も購読型ビジネスモデルを推進するなど、メディア業界で稼ぐための新たな動きもあったと思います

佐々木 確かにデジタルメディアも出てきましたし、SmartNewsのようなプラットフォームもある程度は出てきましたが、「コンテンツを作る」メディアとして稼げるようになったといえば、ゼロに近いと思います。われわれNewsPicksも、ひとつのモデルは作りましたが、収益性でいえばまだまだです。「プチ成功」でもなく、「プチプチ成功」といったところでしょうか。あえてきつい表現でいえば、この5〜6年、メディアは「敗北」の時期にあったといえると思います。

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『5年後、メディアは稼げるか』東洋経済新報社刊(amazon.co.jpサイトより)

——その「敗北」について、もう少し伺えますか

佐々木 『5年後…』を書いた当時から「PVに頼った広告モデルは厳しい」と感じていました。当時私は「東洋経済オンライン」の編集長だったので、もちろんPVを伸ばす重要性も理解していましたし、実際にPVを伸ばしたいとも思っていたのですが、そうはいっても未来永劫このゲームのルールが続くとは思えなかったんです。

実際、グローバルなメディア業界では、その後課金モデルが広がりました。翻って国内の状況を見ると、課金モデルで大成功したのは日経新聞を除いてほとんどありません。加えて、エンゲージメントやブランディングなど、PVに代わる指標が定着したわけでもなければ、Web広告自体もそれほど進化しませんでした。

——メディアはどう取り組むべきだったのでしょうか

佐々木 やはり、メディアはプラットフォームを持つべきだったと思います。いまはもう廃れてしまいましたが、「プラットフォーム」「パブリッシャー」を掛け合わせ、「プラティッシャー」という言葉がありました。実はNewsPicksのプチ成功の要因のひとつに、このプラティッシャーという要素があると思います。

Netflixと同じですね。プラットフォームで流通を押さえ、かつ自らもコンテンツを作る。私は未だにそれが答えだと思っているのですが、ここに踏み込んで成功したプレイヤーは「いない」というのが結論です。

テレビ局も新聞社も、伝統メディアのなかにあってプラティッシャーだと思うのですが、デジタルに適応しなかった。むしろ、このような伝統メディアがやってきたことを、デジタルの世界では、AmazonやNetflixなどの外資系、あるいはLINEやヤフーなどのネット系に押さえられてしまったと思っています。

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ブルーオーシャンはスマホ向け映像事業

——非常にシビアな見解ですが、そこから突き抜けるためには何が必要でしょう

佐々木 月並みですが、「映像分野」だと思っています。いままでニュースメディアのデジタル化といえば、活字分野のシフトに過ぎませんでしたが、今後は明らかにその舞台が映像に移っていきます。

話は戻りますが、この5〜6年、ニュースメディアで優れたものが出てこなかったのは、「スマホに最適化されたコンテンツ」に本気で取り組んだところがなかったからだと考えているんです。 

その点、中国や韓国では、この5〜6年かけてスマホ向けコンテンツに投資を重ね、いまや日本を凌駕してきています。TikTokを考えるとわかりやすいでしょう。最近、コルクの佐渡島庸平さんに聞いたのですが、かつては日本アニメや漫画コンテンツに興味を示していましたが、いまや彼らはスマホに投資していない日本のコンテンツには興味がなくなってきているそうです。
映像の世界では、日本はテレビがいまだに強いので、一流のクリエイターや新進気鋭の映像作家がなかなかスマホにいけない。既存メディアの強さは日本の特徴ですが、それがゆえに、ブルーオーシャンにチャレンジしなかった点は、もったいないですよね。

 
——「スマホの映像分野」にまだチャンスは残されていますか

 佐々木 ありますね。AmazonやNetflixは戦う舞台が違うというか、大きい映像で見せて作り込むスタイルなので、どうしても資本力がある方が勝つことになります。そこではスタートアップが戦う余地はありません。そうではなく、もっと短いコンテンツや、ユーザー参加のCGM的なものなどでは、スタートアップはもちろん、個人クリエイターが戦える領域でチャレンジすべきです。

もちろん、素人っぽいコンテンツ作りがいいというわけではなく、バランスが大事です。たとえばNewsPicksの場合、作り込むコンテンツはプロフェッショナルのコンテンツで、コメント欄が一種のCGMになっています。このようなバランスをどう取るかがポイントですね。
プロが入るのは尺が長く、お金がかかる分野ですが、プロが半分くらい入ってそんなに尺が長くない動画分野は、日本ではほぼ空白状態。この領域はGAFAでも埋められないのですが、そこに挑戦する新しいメディアは日本にはまだないですね。
米国だと、映画プロデューサーのジェフリー・カッツェンバーグと、事業家のメグ・ホイットマンが組み、ベンチャーキャピタルを巻き込んで新たなモバイル動画スタートアップのQuibiを立ち上げましたが、そういう動きが日本にないのが残念なところです。

佐々木紀彦流・稼げるマーケットの見定め方

——チャンスありと見れば、いまの時代、そこに巨大企業がいきなりトップを獲ろうと参入する力学も働きます。競争が激化すれば、新興メディアは相当苦しいと思います。新たなチャレンジへの不安があると思うのですが

 佐々木 不安はあると思います。そこで1つ思うのは、たとえばNewsPicksの場合、経済に特化しているという特徴があります。この分野は、グローバルで見ても日本国内で見ても競争プレイヤーが少ないので戦いやすいんです。

 また、メディア全般にいえることですが、日本市場で戦えるというのは1つの強みだと思います。経済力の低下が叫ばれていますが、日本は今でも世界3位の経済大国ですし、このマーケットをしっかり獲得できれば、非常に強い力を持つことになると思います。
よく、ビジネスの文脈で「世界に出て勝負しないといけない」といわれますが、コンテンツはもともとドメスティックなものじゃないですか。ディズニーやNetflixといった超巨大資本でない限り、世界市場で最初から戦うのは難易度が高すぎます。まずはしっかり国内市場を取らないとダメだと思いますし、私個人としてはそちらの方がワクワクします。 

——勝ち得るマーケットをどこに見定めるかによりますね 

佐々木 そうです。映像分野でいえば、テレビはやはり、40代後半から50代以上のやや高齢世代に向けた番組が多いですよね。その年代以下の人が見たい高品質な番組は少なくなっています。

YouTubeも同じで、最近はちゃんとした硬派なコンテンツの再生回数が上がってきています。ということは、しっかりしたコンテンツをWebでも見たいというニーズがあるわけです。ここはテレビと棲み分けられる領域ですし、こうしたスーパーニッチな市場はたくさんあると思うんです。そこに向くのは、プラットフォーマーではなくクリエイターだと思うので、いままでのルールややり方にとらわれず、自由に新しいことをやってほしいと思いますね。

稼げるメディア人、組織となるために必要なこと

——直截な質問になりますが、これから5年先、「勝ちに行けるメディア」になるには、新興メディアと伝統メディア、どちらに分があると思いますか

佐々木 組織や経営者次第だと思います。ただ、古い体制のなかで新しいことをやっていくのはなかなか難しいですよね、古い流儀の人がたくさんいますから。米国だとNew York Timesのように、変わらざるを得なくなって抜本的な改革がありえましたが、日本のメディアはまだ食えていますし、労働組合が強く雇用の流動性が低いですので、変化がどうしても遅くなりがちです。

——伝統メディアなどで人員削減の話題があります。人材が流動することで、新しいメディアが生まれるかもしれないですね

佐々木 怒られるかもしれませんが、日本の場合、大きい組織の外に出ていままでどおり稼げるかといえば、9割が難しいと思います。これからは、一流クリエイターか優れた組織人。この二極化で、中間にいる人たちは会社に残った方がいい。なぜかといえば、経済記者で考えるとわかりやすいのですが、記者よりも現場の人の方が知識もあるし、より濃い情報発信ができます。だからNewsPicksでは、「プロピッカー」に情報発信をしてもらっているんです。

——これからのメディア人としてのキャリア形成についても伺います。新しいメディアを創り出せる人材にはどんな資質が必要になりますか

佐々木 まずデジタルを知ることが基本中の基本です。デジタル、モバイル、ソーシャル、この3つの作法をきちんと学ぶだけでかなり違うと思います。

少し話は変わりますが、『5年後…』を書いた後、雑誌業界が激変しました。早く言えば、雑誌は歴史的役割を半分終え、廃刊が相次いだわけです。そこで雑誌編集者がデジタルの世界に移っていきましたが、雑誌編集者は企画から記事作りまで1人の担当者がすべて担当することが多く、そういうプロデューサー能力はデジタルの世界でも生きます。 

(雑誌に対して)これから大きな変化が起こるとすれば、やはり新聞とテレビでしょう。その変化のなかで、どういうことが起こるのか見ていきたいですね。テレビ局のトッププロデューサーは、やはり優れた能力を持った方が多いですし、デジタルの世界ではいまプロデューサーが必要とされています。これから1億円プロデューサーみたいな方が、どんどん登場すると思いますよ。

——では、これからのメディア組織に求められる要素は何でしょうか

佐々木 定義が難しいですけど、「チーム力」がポイントだと思います。NewsPicksがここまで来られたのも、コンテンツを含めた「クリエイティブ」、それに「ビジネス」と「テクノロジー」の三角形がうまく回ったからです。ビジネスに長けた人、クリエイティブに長けた人、テクノロジーに長けた人がちゃんとチームを組めるかどうかだと思います。

——2019年12月、TBSと資本業務提携を結びましたね。これもその狙いですか? 

佐々木 映像分野はこれから来ると思っていますし、その分野でTBSが培ってきたノウハウはやはり素晴らしいものがありますので、そこから学ばせていただきたいと思っています。われわれは、スマホネイティブな世界で新しい尖ったことを目指していくつもりなので、その部分でお互い協力していく計画です。 

伝統メディアと新興メディアの垣根は溶けていき、時代に合うチームとコンテンツとビジネスモデルを生んだプレーヤーが世の中に支持されていくはずです。今後人材交流が始まりますが、具体的にどういうことをやっていくかはまだ細かく詰めていないので、これからですね。楽しみにしていてください。

(原稿まとめ/岩崎史絵、撮影/荒牧 航)