Media × Tech

「Media × Tech」ブログはスマートニュースのメディア担当チームが運営するブログです。テクノロジーを活用した次世代のメディアとはどういうものか? そうしたメディアをどうやって創り出していくのか、を考えていきます。

クリエイターエコノミー:直接収入の可能性を探る

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「クリエイターエコノミー」という概念が普及してきた。
本稿では、このクリエイターエコノミー型事業の発展により、メディアが採用可能なファンからの直接収入の手法も多様化しようとしている。その整理と可能性について論じよう。(Media×Tech編集部)

クリエイターエコノミーとは何か、日経新聞記事「沸騰クリエーターエコノミー 稼ぎ方デジタルで多彩に」は、以下のように説明します。

「クリエーターエコノミー」とは、動画ブログをつくる「ブイロガー(Vlogger)」やインフルエンサー、ライターなどの独立クリエーターが、自分自身やスキル、作品を収益化するために立ち上げた多数のビジネスを指す。コンテンツ作成ツールや分析プラットフォームなどクリエーターを支える企業も含む。

クリエイター中心への転換

以前は、メディアであればメディア運営者が、ソーシャルメディアであれば各種のプラットフォーム運営者が“胴元”、すなわちビジネスの中心にあり、これがビジネスを駆動してきました。しかし、テキスト、楽曲、映像といったさまざまな分野で、“稼げる(人を呼べる)クリエイター”が次々と誕生するようになった昨今。その主役の座に転換の動きが生じています。


メディアやプラットフォームの運営者らは、激しい競争環境の下、自分たちが運営する“場”に多くのユーザー、オーディエンスを引き寄せて賑わいを喚起するために才能あるクリエイターを必要とします。そこで希少性の生じた彼らを招致したり、引き止めたりする必要に迫られるようになったのです。
例をあげれば、「Substack」(ニューズレター配信サービス)は、メディアで活躍する著名なライターを引き抜ぬくべく仕掛けています(著名なコミック作者らを引き抜くために3,000万ドルのファンドを立ち上げたりしている)。ごぞんじ人気のユーチューバーにはInstagramがアプローチします。さらには、著名インスタグラマーにTikTokが誘水を向けるといった引き抜き合戦がそこここで生じているのです。


クリエイターの引き抜き合戦が熾烈になれば、招致のために料金体系をはじめとする魅力的な条件が必要です。買い手重視の時代は過ぎ去り、希少性が増したクリエイターという売り手をいかにして抱え込むかという点に配慮したビジネスのトレンドが台頭してきたというわけです。

“ファン”からの直接収入

さらにもうひとつ、重要な要素が台頭しています。
クリエイターが主役であるような場には、そのクリエイター目当てに熱心な“ファン”が集まります。これまでは広告という間接収入に頼るというのが、メディアやSNSという規模のある“場”にとって一般的でした。おカネの入ったポケットは企業(広告主)に のみありました。それが、この熱心なファンを念頭に置くと、そのポケット(ファンからの直接的な収入)を狙える確信が高まってきたのです。まさに“クリエイターエコノミー=ファンエコノミー”と呼ぶことができるゆえんです。

この2つの要素から、クリエイターエコノミー型事業の定義は、単に“クリエイターが稼ぐ場”という広義なもの(YouTubeやInstagram、そしてTikTokなどで多く行われている“インフルエンサーマーケティング”のようなケースを想起)から、クリエイターがそのファン(熱狂的なフォロワー、固定読者やリスナー)と結びつき、これらファンから直接的に収入を得るという狭義のものに絞って考えることができるようになったのです。もちろん、サブスクリプションやコンテンツ単位の小額課金モデルはそれ以前からありましたが、より幅広いアイデアが台頭しています。

さて、本稿で整理したいのは、この「さまざまな(直接的)収入」の可能性についてです。
筆者の関心は、狭義のクリエイターエコノミーで発達していく課金モデルを、広義のメディア運営に生かしていくことです。
狭義のクリエイターエコノミーの考え方に着目していくことで、これまで「広告か購読か」といった選択肢の狭さに苦しんできたメディアの収益モデルについても、新たな選択肢を見ることができるかもしれません。

クリエイターエコノミー型事業を概観

米国の「The Information」に「TI Creator Economy DATABASE」があります。クリエイターエコノミー型のスタートアップ企業(米・英・豪その他を含む)を総覧する試みで、現在82社(2021年10月1日段階)が登録されています。また、今回は扱いませんが、ベンチャーキャピタルのAntlerが調査・更新する「The Creator Economy Mapping」も有力な資料です。

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図表1. 米The Informationの「TI Creator Economy DATABASE」。データを動的に並べ直してみることができる

※ ちなみに、この「DATABASE」は、上記の狭義クリエイターエコノミーに属したスタートアップを対象としています。したがって、最近、クリエイターエコノミー型サービスにも部分的に触手を伸ばしている超大手であるGoogle、Facebook、Twitter、Instagram、Spotify、そしてTikTokなどは含んでいないことに注意が必要です。

直接的な収益獲得手法の整理に入る前に、このDATABASEにどのような事業者が含まれているのか。時価総額が高い上位10社を例示しておきます。クリエイターエコノミー型事業の広がりを感じとることができるはずです。

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図表2. 「TI Creator Economy DATABASE」で時価総額上位を抽出した

それでは、以降、クリエイターエコノミー型事業で現実のものとなろうとしている“直接的な収入源”について見ていきましょう。

どんな直接収入があるのか

1. 投げ銭(チップ)

普及が進み、かつ応用の範囲も広いのがこの投げ銭です。たとえば、YouTubeの「スーパーチャット(スパチャ)」が日本でも知られています。ライブ配信中にクリエイターに対しファンが投げ銭を行う仕組みです。クリエイターにリアルタイムに伝わり、これにクリエイターが反応するというインタラクションも生じます。
日本のYouTubeの実装では、100円から50,000円(1日当たり)の範囲で、ファンがクリエイターに支払えます。クリエイターが受け取れるのはその7割程度と言われます。iOSではさらにAppleへの支払により手取りが減ることはもちろんです。
Twitterも「Tip Jar」機能の公開を始めました。また、Instagramはライブ配信中に「バッジ」(120円〜610円の数種)を購入することができます。

2. クラウドファンディング

クリエイターエコノミー型事業のひとつの象徴とも言えるものが「Patreon」です。創業者がミュージシャン(アーティスト)であったこともあり、音楽系クリエイターの金銭支援を出自としますが、いまではミュージシャンに限らず利用されるようになりました(OSS開発を行っているプログラマーが利用しているケースもある)。

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図表3. クリエイター支援、クラウドファンディング型のサービス「Patreon」

同サービスの支払モデルには、作品単位、月額(サブスクリプション)、前払の3つがあり、クリエイターがこれらの金額、それに応じたファンへの特典を定義します。一過的な投げ銭や型通りのサブスクリプションではなく、クリエイターへの継続的な支援を特徴にした、「クラウドファンディング」に近いものです。Patreonが受け取る仲介料は、5%〜12%の範囲の3モデルあります。

3. サブスクリプション

説明は不要でしょう。サブスクリプションを採用したクリエイターエコノミー型事業の代表格は、「Substack」です。ニューズレター(メルマガ)配信サービスで、上述したように、著名ライターやマンガ家らに前払や支払保証などスペシャルオファーを提示したり、ファンドを設けたりするなどして積極的にクリエイターを招致しています。胴元たるSubstackはニューズレター購読料金の10%を徴収するとしています。

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図表4. ニューズレター(メルマガ)配信の「Substack」。画面はメルマガ紹介の一部

FacebookやTwitterも同様にニューズレター配信を手がけるようになり、サブスクリプションに着手していますが、成果はこれからというところです。

また、Twitterには、人気クリエイターをフォローしてプレミアムコンテンツへのアクセスなどの見返りを得る「Super Follows」というファンビジネスを強く意識したサブスクリプションモデルがあります。胴元のTwitterは、収入の3%〜20%を徴収すると発表されています。

4. コマース(特にライブ)

動画+コマースの取り組みは長く行われてきていますが、最近成長著しいのが「ライブコマース」です。「淘宝直播(タオバオライブ)」が有名で「ライバー」と呼ばれるクリエイターがまさにライブ映像を通じて商品の紹介、お勧めを行います。ユーザもリアルタイムに質問などを投げかけることができます。

重要なポイントはライブ感、ライバーとのイタラクティブなやり取りにあることはもちろんです。コマースではあるものの、ファンビジネスの面を強く打ち出した手法といえます。

5. 講座など教育(コースなど)の販売

クリエイターによる講座(教育コース)提供サービスはいくつも存在しますが、たとえば、「MasterClass」が有名です。著名人による動画講座を制作してラインナップ。全体をサブスクリプションで提供するものです。たとえば、映画監督のJames Cameron氏がフィルムメイキング、Anna Wintour氏が創造性とリーダーシップ、そしてBob Iger氏がビジネス戦略を語るなど錚々たるラインナップです。ネットにおける「ドキュメンタリー映像」ビジネスとも言えそうで、クリエイター自身による創意やインタラクションの要素は薄そうです。

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図表5. セレブによる講座サイト「MasterClass」のトップ画面

一方、その対極には、だれもが自身をフィーチャーしたオンライン講座を販売できる「Kajabi」があります。こちらは講座の制作、ホスティング、課金などをセットにしてクリエイターに月額販売するモデルで、ビジネス規模に応じた数段階の支払モデルがあります。

6. パーソナライズしたサービス

これにもいくつかのサービスがありますが、「Cameo」がよく知られています。これはアスリートをはじめ俳優、ミュージシャン、お笑いなどさまざまな著名人(セレブ)が、ファンの求めに応じて(たとえばファンが用意した原稿を読み上げるなど)パーソナライズされた動画メッセージを販売する仕組みです。
購入したファン個人への語りかけはもちろん、家族や友人を驚かすようなメッセージなどに使われます。価格は15ドル〜1,000ドルの範囲で、胴元のCameoがその25%を得ます。

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図表6. セレブにパーソナルな動画メッセージを依頼できる「Cameo」

直接収入:困難と可能性について

以上、これらを見ていくと、ポイントは、ライブ性、リアルタイム性、インタラクティブ性、そしてパーソナライズ性という価値だとわかってきます。


ライブ+投げ銭の組み合わせは、YouTubeのスパチャを筆頭に伸びていますが、たとえば、これをエンターテインメント以外のメディアにまで適用を広げることはできるでしょうか?「Clubhouseで会話が弾んでいる際に、チップを要求するのは気まずい」といった声も聞こえます(the Information「Creator Economy: Clubhouse’s First Tippers; a ‘Mighty’ Rival to Facebook」)。ジャーナリスティックな話題や専門的な論評中に投げ銭を求めるコメントを織り込むのは、メディア人にとってハードルが高そうだとすぐに想像できます。


しかし一方で、メディア全般へと適用を広げられそうな手法もあります。
テーマや専門性の定まったメディアでは、KajabiのようなSaaSを用いることで、記者や信頼感のある周辺専門家による解説講座などを有料で追加することを検討しても良さそうです。MasterClassのように、“その道のプロ”に解説や指南をしてもらうアプローチは商業メディアの拡張形として十分考えられるはずです。
また、Cameoのようなパーソナライズされたコンテンツの提供にも、可能性を感じさせます。エンターテインメント以外であっても、記事や話題のトピックスを執筆した記者、専門家が求めに応じて(オンデマンドで)より深く解説するというニーズはあり得ます。


やはり、法律、税務といった各種の専門性ある事項について、専門家が解説と質疑応答を、有償で提供する「1on1」形式の商材もこれから有望だと見ます(Zoomのようなリモート会議が普及したという背景もある)。この点では、こちらの記事で紹介した「Superpeer」がある種の原型と見なせるかもしれません。
特にビジネス(経済)分野では、自らのビジネスに直結するとあればそれなりの価格帯であってもニーズはありそうです。B向けの商材としてバウチャー形式など前払制があっても良いかもしれません。

メディア事業に生かすには

繰り返しますが、筆者の関心事項は、狭義のクリエイターエコノミーで発達していく課金手法を、広義のメディア運営に生かしていくことです。
これまで多く閲覧無料のメディアに慣れてきたユーザに、自らの財布から支払ってもらうためには、以下のようなポイントがあると感じます。

  1. クリエイターの顔、個性、実績をフィーチャーすること(無署名コンテンツでは不可)
  2. 作り置きしたコンテンツではなく、リアルタイム性あるいはインタラクティブ性のあるコンテンツが価値を発揮する
  3. 誰もが触れるような広く提供されるものではなく、一定の深度ある“特別な”コンテンツを提供する
  4. 堅い分野であったとしてもファン心理に結びつくような演出や仕掛けが必要

たとえば、とがったテック系メディアとして存在感を有する「The Verge」の中心ライターだったCasey Newton氏がVergeを離れ、(Substackを使い)自分メディア「The Platformer」を立ち上げてから1年。同氏が自身の試みを振り返った記事(「What I learned from a year on Substack」)のなかで、同氏は自分のメディアの購読者を増やす(あるいは、退会を抑える)ために、注力してきたことを述べています。

それによると、Twitterへの記事リンクの投稿と、ゲーマーらに人気のコミュニケーションプラットフォーム「Discord」でのライブチャットだったとしています。上記4.にあるようなファン心理をくすぐり、ファンとの関係性維持に必要なものがこれらだったというわけです。このような“執筆以外のアクティビティ”を省略したり、他人に委ねてしまうわけにはいけないということでしょう。


くどいようですが、課金手法(モデル)を単純にコピーすることはできます。しかし、“ファン”をその気にさせる要素がそこに欠けていれば、実効性のある取り組みとはならないはずです。同時にファンが納得するような、信頼感に満ちたアプローチには対価を支払おうという潮は徐々に満ちてきていると思います。
本稿がなんらかの示唆になれば幸いです。

著者紹介

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藤村厚夫(ふじむら・あつお)。スマートニュースフェロー

1978年法政大学経済学部卒業。90年代に、株式会社アスキー(当時)で書籍・雑誌編集者、日本アイ・ビー・エム株式会社でマーケティング責任者を経て、2000年に株式会社アットマーク・アイティを起業。その後、合併を経てアイティメディア株式会社代表取締役会長。2013年よりスマートニュース株式会社 執行役員 メディア事業開発担当(Senior Vice President of Media Business Development)など歴任。

本記事は筆者と編集部の独自の取材に基づく内容です。スマートニュースの公式見解ではありません。