Media × Tech

「Media × Tech」ブログはスマートニュースのメディア担当チームが運営するブログです。テクノロジーを活用した次世代のメディアとはどういうものか? そうしたメディアをどうやって創り出していくのか、を考えていきます。

米メディアで編集長格のプロダクト責任者も 古田大輔氏インタビュー 後編【デジタル人材戦略】

 

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「ニュース・イノベーション&リーダーシップ」エグゼクティブ・プログラムの一期生ら(ニューヨーク市立大学提供)

諸課題に対峙する各メディアの人材戦略を紹介する「デジタル人材戦略」連載。番外編として、国内外のニュースメディア事例に詳しく、昨年から1年間、ニューヨーク市立大学のプログラムに自ら参加して各国のメディアのリーダーたちと学び合った古田大輔氏(ジャーナリスト/メディアコラボ代表)に「ジャーナリスト育成の今と未来」を聞いた。(Media×Tech編集部)

前編はこちら

デジタル・ファーストとは何か

——ジャーナリズムの現場において「デジタル」という言葉をどうとらえるべきでしょうか?

ニュースメディアやジャーナリズムなどさまざまな呼び方がありますが、いずれにせよ「情報」を提供する仕事です。その情報を提供する中で、過去10年で大きく変わったのは、流通する情報量が爆発的に増えたということ。なぜ爆発的に増えたかというとデジタル世界で流通する情報量が爆発的に増えたからです。情報提供を仕事にするのであれば、デジタルで生きないと仕方がないと考えています。

われわれが生きている、そしてわれわれが価値提供する場所であり、ツールがデジタルです。データを収集・分析・可視化するデータ・ジャーナリズムが広がった10年前によく語られた言葉が「Data Journalism is Journalism(データ・ジャーナリズムとはジャーナリズムである)」です。データを使わないジャーナリズムがありますか? デジタルもそうです。デジタルとは空気みたいな存在で、空気を吸うようにデジタル世界を生きないといけません。

——“空気を吸うように”という認識の中では、デジタル・トランスフォーメーション(DX)は単にデジタル技術の導入とはまた異なる意味を持つと思います。DXをどう理解すべきでしょうか?

New York Times(NYT)のイノベーションリポートの中に、DXとは少し異なりますが、デジタル・ファーストは何か(WHAT DOES IT MEAN TO BE 'DIGITAL FIRST'?)というコラムがあり、次のように書かれています。

編集局周りでは「デジタル・ファースト」というフレーズはしばしば、記事を紙に掲載するより前に、デジタル版に出すことだとして使われている。しかし、一般的には、デジタル・ファーストとは全方位的な戦略のことだ。

デジタル・ファーストが意味するのは、新聞紙の制約から離れた最高のデジタルコンテンツの生産を最優先とすることだ。最高のデジタルコンテンツを再パッケージ化して紙に印刷するのは最後の工程となる。

この変革のためには、人員配置、組織構造、ワークフローを上から下まですべて再考する必要がある。

 まったくこの通りだと思います。DXするというのは、紙に最適化して100年やってきた組織体制、組織文化、人材育成を、デジタルに最適化した組織体制、組織文化、人材育成に変えましょう、ということです。

例えば、デジタルやデータ分析に慣れていない日本の編集部でオーディエンス・セントリックの話をすると、「読者におもねるのか」という質問が出ます。全然違います。おもねるのではなく、読者を理解する。理解せずにコンテンツを作るというのは、世の中とかけ離れてしまっている危険性がある。世の中に資する、民主主義に資するというのは、そこで生きる一人ひとりを理解する必要があるのが大前提で、それをお題目ではなく行動に移すためにどうすればよいかというと、最終的には組織を変える、組織文化を変えるしかないのです。

——DXで本質的に組織を変えないといけない時に、編集以外の人材の置き方をどう考えますか?

米メディア「The Texas Tribune」では、編集長格でプロダクト責任者を置いて、そして会社のサービス全体をプロダクトとして見立てる考えをしていました。読者に課金してもらったり、寄付をしてもらったりするためには、全体を愛してもらわないといけません。そう考えると、編集長と同格クラスのプロダクト責任者がいた方が良いと僕も思います。従来は編集長がすべて握ってたわけですが、デジタル時代では新たなツールや手法が次々と生まれてくるわけで、それを日々のコンテンツ作りの指揮を執る編集長がすべて把握し判断するのは無理ですよね。何でもできる人はいないので。

NYTのイノベーションリポートにも2014年段階で書いてある通り、編集以外のことを担当するチームが編集長のそばに必要だというのはすでに指摘されています。役割分担のあり方は組織によると思いますが。

——編集長がすべて把握するのは困難だとして、プロダクト責任者やデジタルチームの提案を理解したり、共感したりする必要はあります。どのような編集長像が求められているのでしょうか?

例えば、The Washington Post(WP)編集長を今年辞めたマーティン・バロン氏は、The Boston Globe時代に大スクープを指揮し、WPに移ってからは編集局でピューリッツァー賞を何度も取りつつ、その間にデジタル会員を爆増させました。では、彼はデジタルに詳しいかというと、本人はインタビューの中で「自分はデジタルに詳しくはなく、古いタイプの記者だ」と答えています。古いタイプの記者だけれども、きちんとデジタルへの理解があったということです。

編集長に求められる一番のスキルセットは、やはり良い記事が書ける編集部を指揮していくこと。それは今も昔も変わりません。ただ、編集を強化する中でデジタルをうまく活用できるかどうかが、プラスアルファで必要な能力だと思います。

デジタルの世界には便利なものがたくさんありますよね。それらを活用することに対してオープンな姿勢が必要です。ちょっと流行りの技術に飛びつくという意味ではなく、価値を提供する上で本当にプラスになるのかという視点を外さないことが重要です。

デジタル化と報道倫理

——デジタル化を進める中で、報道倫理はどう考えるべきでしょうか?

かつて、マスコミ倫理懇談会の総会にゲストスピーカーとして呼ばれて「デジタル時代の報道倫理」について語ってくださいと言われたことがありました。そのときに僕が語ったのは「デジタル時代の報道倫理という特別なものがあるわけではありません。しかし、デジタルという新しい世界に飛び込んだことによって、例えば著作権の考え方や忘れられる権利など、報道する上で考慮すべき新たな要素を押さえておくことが、デジタル時代の報道倫理ではないでしょうか」ということでした。つまり、「紙の報道倫理」と「デジタルの報道倫理」が全然違うものとして別々に存在するわけではないということです。近代ジャーナリズムが始まって100年以上経つわけで、その歴史の中で積み上げられてきた報道倫理のほとんどは今の時代にも適用されます。

さらに言うと、記者の経験があるから報道倫理をしっかり理解しているということでもないでしょう。記者をしていた方が報道倫理について学んだり体験したりする機会が多い可能性はありますが、本当に報道倫理を真剣に考えたことがあるどうかは別の話です。ジャーナリストという大きな枠組みがあって、その中の一職種として記者がいるだけで、プロダクトマネージャーやエンジニアも、ジャーナリストとしての言語で話すことができます。

報道を語る上で、もう一つ触れておきたいのは、報道が何か特別に優れた素晴らしいものという考えが生む特権意識です。これは読者無視や読者離れにつながる。僕は「メディア」と「ニュースメディア」をいつも使い分けています。「メディア」はライフスタイルを伝えるメディアやエンターテイメントを伝えるメディアなどを含んでいて、その1種類としてニュースメディアがあると考えています。そして、ニュースメディアが偉いわけではない。オーディエンスに価値を提供するという意味ではエンターテイメントであれ何であれ素晴らしいものは素晴らしい。一方、素晴らしいニュースメディアもあれば素晴らしくないニュースメディアもあります。

——古田さんの言う「ニュースメディア」を運営する組織においては、どのような肩書きの人であれ、報道倫理がベースにあることが望ましいということでしょうか?

僕は政治、経済、社会のジャンルの情報をいわゆるハードニュースと呼んでいて、もちろん、ライフスタイル情報だってニュースじゃないかと言われたら確かにそうなんですけど、自分が「ニュースメディア」という言葉を使うときのニュースは、いわゆるハードニュースを指しています。

その組織においては、記者職に限らず、ジャーナリズムや報道倫理に関する一定の知見が必要だと思います。例えば、記事の原稿を取材相手に渡さない、といった原則について、なぜ原稿を渡してはいけないのか、ときちんと説明できるか、です。

ロングインタビューだと言い間違いが起こりうるので、カギかっこ部分を確認してもらうといった形はありますが、地の文章まですべて渡してしまう事例が国内では現実に頻繁に起きている。編集権をどう考えますか、と疑問に思います。

なぜ、実名報道が重視されるのか。報道の意義とは何か。民主主義国家において「報道の自由」が憲法などによって保障されるのは理由は何か。こういったことが説明できなければ、「実名報道はPVや視聴率稼ぎ」「報道の自由や編集権はニュースメディアの思い上がり」などと批判されても、反論できないでしょう。

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報道実務家フォーラムのウェブサイト

——今後の国内のジャーナリストの人材育成に向けて提言はありますか?

米国でも、これでOKというジャーナリスト育成の青写真があるわけではないでしょう。NY市立大のプログラムを作った担当者も、「始まったばかりで、いろいろ考えながら作っており、フィードバックが欲しい」と毎回言っていました。

ジャーナリスト育成の全体像が無いからこそ、幹になるものが必要で、その幹になるものが社会に対するバリュー・プロポジションだと思います。

日本国内では、僕が所属するGoogle News Labが提供する各種トレーニングのほか、日本発祥のものだと報道実務家フォーラムや日本新聞協会でも新しい手法をみんなで共有しようという動きがあって、ここ3、4年の間に学ぶ場がすごく増えています。僕が立ち上げメンバーの一人でもあるOnline News Association Japanや、ごく最近ではWOMEN IN JOURNALISM JAPAN(WJJ)とか。

これから日本で、米国型のジャーナリズム・スクールがバンバン立ち上がることは考えづらいです。米国のジャーナリズム・スクールは、例えば僕が訪問したことのあるミズーリ大学や南カリフォルニア大学では自分たちでメディアを持ってるんですよね。そしてスクールが運営する新聞、雑誌、インターネットメディアなどで実践的に働きながら学んでいる。そういったものを日本でも作ろうと思ったら莫大な予算がかかるので、これからすぐに誕生するとは思えない。なので、報道実務家フォーラムなどが実施しているような、ジャーナリストであれば誰でも受講可能な知見を共有する場を、より強化するのが1つの方向性だろうと思います。

——広い意味でのジャーナリストを育成するという観点で言うと、取材手法を学ぶ場は増えているが、エグゼクティブクラス向けのクラスが少ない印象です

確かに、今、国内のオンラインセミナーは取材現場で使える情報が中心であることは間違いないです。一方で、管理職以上向けのものも始まっていて、例えば、災害や大事故、記者への攻撃などに直面した際に、編集部をどう率いるかといった、ニュースメディア幹部のためのトラウマリテラシーのセミナーなどです。

海外においては、特にコロナ以降、オンライントレーニングの場がかなり増えています。毎日に近い頻度で、ジャーナリズムに関する面白いオンラインセミナーが開かれています。ただし、すべて英語ですし、日本時間だと遅い時間にやっている場合が多いので、国内のジャーナリストで自らそれを学んでいる人はごくわずかでしょう。NY市立大でも今度、アジアのジャーナリスト向けに、ニュースルームにおけるプロダクト思考を学ぶ新たなコースを実施しますが、やはり英語での提供です。だからこそ、いま僕がやっているようにノウハウを日本語化して伝えていく役割も必要だと考えています。

 

古田大輔(ふるた だいすけ)

ジャーナリスト/メディアコラボ代表。1977年福岡県出身。早稲田大政経学部卒。2002年より朝日新聞で、アジア総局、シンガポール支局長などを経てデジタル版編集を担当。2015年にBuzzFeed Japan創刊編集長に就任。ニュースからエンターテイメントまで、記事・動画・ソーシャルメディアなどを組み合わせて急成長をけん引。2019年6月に株式会社メディアコラボを設立、代表取締役に就任。2020年9月からGoogle News Labティーチング・フェロー。その他の主な役職として、ファクトチェック・イニシアティブ理事、Online News Association Japanオーガナイザー、早稲田大院政治学研究科非常勤講師など。

 

聞き手:Media×Tech編集部(荒牧航)

 

www.mediatechnology.jp

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