Media × Tech

「Media × Tech」ブログはスマートニュースのメディア担当チームが運営するブログです。テクノロジーを活用した次世代のメディアとはどういうものか? そうしたメディアをどうやって創り出していくのか、を考えていきます。

Webメディアはまだまだ伸びる――「文春オンライン」データアナリストが語る「リーチ」の重要性

PV至上主義は悪なのか」。2021年1月半ば、こんなタイトルの「note」の記事が、Webメディア関係者の間で話題を呼びました。元スマートニュース社員で、現在は、データアナリストやメディアコンサルタントとして活躍する田島将太さんが執筆した記事です。

 

田島さんは2020年、「文春オンライン」のコンサルティングを手掛け、サイトの月間ページビュー(PV)を1年間で1億も伸ばしました(2020年1月:約2億4000万→同12月:約3億3000万)。その経験を踏まえ、メディアを成長させるために必要なデータ分析のポイントを、 インターネットメディア協会のオンライン講座で説明しました。

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メディアの最優先戦略は「リーチ拡大」

Webメディアの成長には「リーチ(読者数)の拡大が最優先」と田島さんは説きます。なぜなら「リーチを拡大することで、エンゲージメント(1読者あたりの訪問頻度)を低下させることなくセッション数(総訪問回数)が増える」ということが、複数媒体への調査により判明しているためです。

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「エンゲージメントはコンテンツに関してどんな施策を行ってもそれほど変化しませんが、リーチはメディアや時期に応じて非常に大きな開きがあります。エンゲージメントが一定なら、リーチ・読者基盤を拡大することで、ヘビー読者も一直線に増えていきます」(田島さん)。リーチをむやみに増やしたら、メディアに愛着のない“薄い”読者が増えるのではと考えがちですが、実際はそうではなく“濃い”読者も一定割合で増えていくというわけです。

また、Webメディアは、読者を「情報感度が高い層から順番に取り込んでいることが多い」と話します。リーチが低い新興メディアをわざわざ読みに来る読者は、他の多数のメディアを読んでいる率も高く、そもそもニュースを読むのが好きな読者だと考えられるため。「Webは紙媒体より読者の共有が起きやすい」のも特徴。Web媒体は紙よりも、ジャンルの境界がゆるく、情報のカバー範囲を広げやすいメディアでもあります。

Webメディアがジャンルを広げるときに意識すべきことは、「メディアの強みを意識する」こと。例えば文春はスクープが強みで、「スクープと言えば文春」というブランディングができています。そのため、他社がスクープを出した場合に文春の記事だと勘違いされたり、文春を思い出したりするケースも見られます。逆に、文春オンラインがジャンルを越境して記事を出す時は、「身近であることや取材に基づいていること」など“文春オンラインらしさ”を意識することが大事だと考えています。

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「タイトルは読者へのコミュニケーション」

記事タイトルの付け方も、Web編集者の悩みどころの一つです。読まれるタイトルの付け方について田島さんは、以下のようなポイントを挙げました。

 

1:タイトルは読者へのコミュニケーション

タイトルは記事の要約ではなく、そのコンテンツが「なぜ面白いか」を伝えるもの。

2:タイトルは読者に“適切な期待”を呼び起こすもの

読者はタイトルを見て無意識に期待を持っている。どんな期待を呼び起こすかを考え、期待値に応えられるタイトルにする。読者がコンテンツを読むのをやめるのは、期待が満たされた時か、裏切られたとき。

3:タイトルは読者に、当事者意識を持ってもらうもの

自分と関係ないタイトルだと見えるものはほとんどクリックされない。

4:タイトル付けの際、「アルゴリズムの気持ち」を考える

Google検索やSmartNews、Yahoo!ニュースなどのアルゴリズムがどんなコンテンツを上位に掲載するかを想定する。例えばニュースアプリは、各社が同じようなタイトルの速報を出した場合、似たタイトルは落として重要と判断したものを1つだけ取る“排除のアルゴリズム”が効いている。速報性で乗り遅れた時は、タイトルの切り口を変えることで、重複排除のリスクを回避できる可能性がある。


タイトル付けの際に、ニュースアプリ、検索エンジン、SNSなどどれを優先するか迷うかもしれませんが、「多くのニュースメディアは、スマホ、特にニュースアプリで記事を読む読者を一番に気にするべきだ」と田島さんは言います。「SNSは、投稿時にURLから生成されるTwitter Cardだけでなく、コンテンツを紹介する投稿文を加えられるため、タイトル自体をSNSに最適化する必要はないと思います。検索エンジンは、ニュースメディアが有利なカルーセル枠があったり、速報性の高いコンテンツを載せるフィードがあったりしますから、ニュース以外のストック型のコンテンツと戦う必要がありません」

PVは「運」もある

PVの高低を決めるのは、「コンテンツの価値とアベイラビリティ(クリックしたいタイトルだったり、「Yahoo!ニュース トピックス」に入るなど、読者が心理的・物理的にコンテンツを読める状態にあること)、プレファレンス(読者選好度の高いWebメディアに掲載されていること)」だと田島さんは話します。

 ただ、すべてがそろっていても、「運が悪い」とPVが上がらないケースもあるのが、Webメディアの難しさでもあるため、「一つ一つのコンテンツにこだわりすぎず、打率を見たほうがいい」と田島さん。自身も「PVが低いコンテンツはミスリードを誘うこともあるので単体では見ないようにしている」そうです。PVが高い記事でも、改善できる点がたくさんあることと、PVが低いとデータがそもそも少ないので、分析に向かない面があるためです。

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「コンテンツの伝達」に注力を

Webメディアを成長させるには、コンテンツ制作だけでなく「コンテンツの伝達」に力を入れることが大事だと田島さんは言います。「多くのメディアが、良い記事を公開するまではできても、その価値を運用・配信するのが不十分なのではないでしょうか」

従来の編集者は、記事を作成して公開するまでが主な仕事でしたが、今のWeb編集者の仕事は違います。「どんな読者がいつ、なぜ読むのか、読者のリテラシーはどれぐらいあるか、などを想定しながらコンテンツを作り、その価値が最大限伝わるタイトルを付け、想定読者にあった関連記事を入れ、SNSも運用して読者の反応を見て、想定していた読者と合っていたか確認する」……など、読者像を分析して解像度を高めていくのも重要な仕事になっています。

データ分析で大切なのは、「この記事のPVはこれぐらいで、男女比これぐらいかな」などと事前に予想してからデータを見ること。「予想が当たった部分は、自分の感覚が正しいので考えなくて大丈夫。予想と食い違った部分は、自分の感覚と読者像が食い違っていたので、重点的に考えます。予想してデータを見て感覚を修正することを繰り返すと、“編集者のセンス”が訓練されていき、より読者に沿った良いコンテンツの届け方ができるようになります」

田島さんがいつも見ているデータは、読者の性別、年齢、そのサイトに普段から来ている人か、初訪問の人か、地域、デバイス、流入元、接続時刻、離脱ポイントなど。「Googleアナリティクス」のダッシュボードを作成できる「データポータル」を使って、重要なデータを順にグラフにして分かりやすく視覚化し、見た人の印象に残るよう工夫しているそうです。

 

データ分析ツールはできるだけアクセスしやすくし、編集者やデザイナー、エンジニアなど、メディア運営に関わる人誰もが見られるようにしておくべきだと説きます。「Web記事は、編集者1人で企画から公開までできることも多いので、工夫したポイントを共有する機会が少ない傾向にあると感じています。しかし、エンジニアやデザイナーなどを含め、プロダクトに関わるメンバーが互いの考え方や戦略を理解すると、運営が円滑に進み、優先するKPIや戦略を施策に落とし込むイメージがわきます」

さらに田島さんは、3カ月に一度、Webアンケートツールを使い、ブランドの認知度や、使用頻度、選好度を、競合媒体と比べて確認しています。「これは是非やったほうがいいと思います。各媒体の申告に基づくPV調査などもありますが、ページの分割数によってPVボリュームは変わりますし、自社と他社の読者基盤の比較という意味ではあまり意味がないと思います。また、Googleアナリティクスなどの分析ツールは、同じ人がPCとスマートフォンで見た場合『2人』とカウントされるなど、読者層が正確に測れず、誤った判断につながります。記事単体を評価するときには問題になりませんが、Webサイト全体を評価するときはWebアンケートと組み合わせることで、意思決定の質を高めることができます。」

 

Webメディア自体の成長余地はまだまだあると、田島さんは考えています。「アンケート調査で『次に読みたいメディアは?』と尋ねると、半数以上が『ない』と答えています。Webメディアをそもそも読みたいと思っていない層は、市場にたくさんいるということ。その層にいかにコンテンツを届けるかを意識すると、大きな伸びしろがあります」

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編集:鷹木創