Media × Tech

「Media × Tech」ブログはスマートニュースのメディア担当チームが運営するブログです。テクノロジーを活用した次世代のメディアとはどういうものか? そうしたメディアをどうやって創り出していくのか、を考えていきます。

今のニュースルームに必要なこと:取材と人材の多様性確保を——ONA2022現地レポート

デジタルジャーナリズムの非営利団体「Online News Association」が、2022年9月21日から24日にかけて年次カンファレンス「ONA2022」をロサンゼルスで開催しました。

会期中に開かれたさまざまなセッションの中から、本稿では「情報源(取材対象)の多様性」をテーマにしたセッションを紹介します。なぜ情報源は多様でなければいけないのか?多様であれば、どのような効果が得られるのか?多様性を確保し続けるにはどうしたら良いのか?といった疑問に答えます。

また、後段ではニュースルーム(編集部)内の多様性が確保しにくくなっている現状も示します。アメリカの大手メディアの編集幹部は今、不安定な雇用と給与、そして若手の定着に頭を悩ませているようです。

 

なぜ情報源は多様でなければいけないのか?

多くの報道機関は、記者が誰にインタビューしたのかを記録しています。どのような出来事があった時に、誰にどんな話を聞いたのか、発言のどの部分を記事に載せたのか、肩書きや年齢、専門性などを記録します。

しかし、その手法は様々です。記者個人のメモに留まることが多く、広く活用できないデータになっていることもあります。組織として記録している場合でも、データに統一性がなかったり、抜けや漏れが多かったり、ただ記録するだけで統計として活用する機会をもてていなかったりします。

初日に開かれたセッション「Are You Ready to Transform Your Source Diversity?(情報源の多様性を変革する準備はできていますか?)」に登壇したCaroline Bauman(キャロライン・バウマン)氏は、「情報源の追跡と監査はニュースルームの戦略の一部です」と強調しました。Bauman氏は教育ニュースを配信する非営利メディア「Chalkbeat」でコミュニティエンゲージメントマネージャーを務めている人物です。

 

Caroline Bauman氏(右)

 

Chalkbeatは9つの地域と密接に関連した教育ニュースを提供しているため、取材対象には教育機関や政策立案者だけでなく、子どもたちも含まれます。子どもには人種やジェンダー、家庭環境などさまざまな違いがあるため、たくさんの子どもたちを取材したとしても、属性に偏りがあれば生徒のリアルな声を伝えられません。

ですから、多様な人に取材する必要があります。そうすることで事実関係や細部がより正確になり、論点が網羅され、より客観的になり、多くの人にとって公平な記事になるはずです。また、代表的な意見が集約されるため、「この記事は私のことについて書いている」「これは私にとって必要な動画だ」というオーラさえまとうかもしれません。

情報源を多様にすることは、本当の声を伝えることにつながると言えるでしょう。

 

多様であれば、どのような効果が得られるのか?

情報源を多様化させ、それを記録しておくと、十分にカバーできていない属性や地域、問題などが見つかるはずです。

同じセッションに登壇したReynolds Journalism Instituteのシニアエディター 兼 プロジェクトマネジャー、William Lager(ウィリアム・レイジャー)氏は、情報源が多様化されていない典型的な例として「白人男性の声と世界観を中心とした物語」を伝える記事を挙げています。もちろん白人男性という属性の声が必要な取材もあるとは思いますが、ステレオタイプは多くのケースで有害に働くと考えれば、白人男性だけを取り上げる理由はなくなります。

また、知らず知らずのうちに取材が手薄になっている地域が浮かび上がったり、そこで新しい問題を見つけるような効果も期待できます。

 

Reynolds Journalism InstituteのWilliam Lager氏



取材対象が多様になればなるほど、報道する内容も多様になるでしょうし、社会に問題をより正確に、より公平に伝えられるようになります。その際、情報源を記録するデータベースでは氏名・連絡先のような個人を特定できる情報と、ジェンダーや年齢、専門性といった属性情報を分けておき、必要がない限り照合して閲覧できないようにして取材対象のプライバシーを守ることも必要です。

このように、情報源が多様になればこれまで見落としていた問題を発見することができ、ニュースルームで良い変化が起こるかもしれません。

その上でBauman氏が情報源の記録と同じくらい大切なこととして訴えていたのが、情報源の定期的な監査です。

 

多様性を確保し続けるにはどうしたら良いのか?

日本のメディアで働いている記者・編集者であれば、取材対象に出演同意書などにサインしてもらうことがあると思います。この手続きは主に法務対応を目的としているはずで、良く書けば守りの仕事、本音を書くと面倒くさい仕事のひとつのはずです。

情報源の記録にも同じ問題がのしかかります。毎日の取材活動のなかでたった1日でも記録を忘れたら、もう思い出すのは億劫になりますし、思い出して記録しないと……という気持ちが簡単にストレスに変わってしまいます。

事情は米国でも同じようです。だからこそ、Bauman氏は「記録は自動化しましょう」と言います。もっとも良い方法は企画立案から取材、制作、配信までのワークフローの中に「情報源の記録」を落とし込むことです。その例としてBauman氏が挙げたのが米公共ラジオ局の「Wisconsin Public Radio」で、CMSに情報源のデータを入力する欄を設けているそうです。

では、そこまでの開発リソースをもたないメディアはどうしたらいいのでしょうか?Bauman氏は「私たちChalkbeatはスタートアップです。自分たちで使えて、皆も使えるツールを作りました」として、「Diversity Source Tracking Tool」(仮称)を紹介しました。

 

「Diversity Source Tracking Tool」の実際の画面

 

現時点でツールを紹介する公式ウェブサイトは公開されていませんが、Google Formでデモ版の利用を申請することはできます。英語圏向けのツールで、質問の変更は推奨されていない(ジェンダーを尋ねるような機微に触れる質問はベストプラクティスを踏襲しているため)など、日本のメディアがすぐに利用するには壁があるかもしれません。

しかし、Bauman氏もLager氏も、まずは情報源の記録と定期的な監査について、ニュースルーム全体で、できれば組織全体で話し合うところから始めてほしい、と訴えています。

 

大手メディアの編集幹部は何に悩んでいるのか?

最後に、4日目に開催されたワークショップ「Building the Newsroom Management Framework of the Future, Right Now」での対話を紹介します。ニュースルームの古い文化や仕組みを変えたいと考えているジャーナリストが集まり、互いの悩みを打ち明け、解決の方法を話し合うという参加型セッションです。

参加者は所属企業や氏名を述べた上で悩みを打ち明けていましたが、本稿では特定できないかたちで記述します。

 

国際的な大手通信社のデジタル部門で働いている管理職は、このような悩みを打ち明けていました。

「ジャーナリズムは今、本当に陰鬱になっていると思います。記者の仕事の多くはジャーナリズムの使命と結びついていると感じていますが、読者の代理でトラウマを積極的に体験しているようなところさえあります。職場には教会と国に助けを求める人々が大勢いるのですが、報道機関がセラピーを受けるようなことはすべきでないと考え、自分で自分を縛っています。でも、私は自分のチームにセラピーを受けさせたいんです。私たちの面倒はいったい誰が見てくれるのか、どうやってメディア業界に人を留めておけるのか、どうしたら燃え尽き症候群になって辞めてしまわないようにできるのか。そんな緊張感があります」

多くの人が、同じ緊張感を抱えていると共感していました。

 

自然科学の分野で高名な出版社の管理職は、「私の7年にわたる緊張感は、キャリアの浅い従業員に成長の機会を与えられていないことです。数年かけてベテラン編集者の仕事を学びながらニュースルームでキャリアアップしていくよりも、自分でブログを書いたり動画を投稿したりして、読者とコミュニケーションを取りながら学んだほうが成長も収入も期待できると考えているのです。そのため、編集部は離職率が高く、昇進・昇格する道もあまりなく、若者が活躍できる仕組みが整っていない場になってしまいました。私がチームを率いている今、成長の機会の構築と、成長に対して報酬を与えることを上司に相談しています」

この発言を継いで起立したのは、ニューヨークに本社を構える世界的な経済メディアの管理職でした。

「私たちが直面している問題のひとつは、インフレと家賃のコストです。毎日のように次のお給料を心配しながら、ウォッチドッグ(国家権力を監視する番犬)としての役割を果たせるでしょうか。ジャーナリストの精神的負担について見過ごされてきたように、私たちの多くは安定した仕事についていると言えません。これはジャーナリズムの危機を説明する時に、あまり語られることのない問題です。私たちはジャーナリズムを救わなければならないと考えているのに、ここにいる誰もが来月も来年も仕事を得られると完全に安心できていないのです」

情報源の多様性の効果として「ニュースルームにも多様性が生まれる」と書きましたが、「編集部」という場所はが若者がに選ばれない職場になっているの様子もまた現実でした。多くの人が知るメディアで働いていても、明日の雇用と今月のお給料を心配しながら、燃え尽き症候群の一歩手前にいる同僚を心配しています。ジャーナリズムの現場があまりにも疲弊している様子を最終日に聞き、初日とのきついコントラストに胸をつかれる思いがしました。

本ブログは「Media x Tech」と題しているため、ジャーナリズムの足下の問題もTechで解決できるような提案ができれば良いのですが、すぐに披露できるようなアイディアはありません。今求められているのは、テクノロジーでコンテンツの表現を豊かにしていくのと合わせて、テクノロジーの利用それ自体が事業収益や働く場としての魅力に直結するような大胆な提案なのかもしれません。

 

著者紹介

冨田秀継(とみた・ひでつぐ)
スマートニュース株式会社 Content Programming Associate

1977年、北海道生まれ。出版社での勤務を経て、シーネットネットワークスジャパン(現朝日インタラクティブ)のテクノロジーニュースサイト「ZDNet Japan」編集長。その後、コンデナスト・ジャパンの男性向け総合誌「GQ Japan」ウェブ版やハースト婦人画報社の男性向けウェブメディア群の編集統括を歴任するなど、国際メディアの運営で豊富な実績をもつ。2018年7月にスマートニュースに入社。現在は「SmartNews」のニュース編成を担当するほか、シンクタンクのスマートニュース メディア研究所で調査研究活動に従事している。現在は札幌市在住。