Media × Tech

「Media × Tech」ブログはスマートニュースのメディア担当チームが運営するブログです。テクノロジーを活用した次世代のメディアとはどういうものか? そうしたメディアをどうやって創り出していくのか、を考えていきます。

メディアをめぐる多様性のリアル――ONA2022現地レポート

9月21日から24日にかけてロサンゼルスで開催された、デジタルジャーナリズムに関する年次カンファレンス「Online News Association2022」(ONA22)。Media×Techではすでに2つのレポート記事を掲載しています。()(

 

ONA2022には数多くのメディア関係者が集まった




会場では、さまざまなセッションが同時進行で開催されていました。これらのセッションは、以下の5つのテーマに大別されます。

「AUDIENCE DEVELOPMENT & METRICS(オーディエンス開発とメトリクス)」「EMERGING TECHNOLOGY(先端技術)」「INNOVATIVE NEWS STORYTELLING(革新的なニュースストーリーテリング)」「LEADERSHIP & CULTURE(リーダーシップとカルチャー)」「PRODUCT & REVENUE STRATEGIES(プロダクトと収益の戦略)」。

私はスマートニュースでメディア事業開発部に所属し、記事を配信いただいている媒体社の窓口を担当しています。以前はWebメディアの編集記者を務めており、また10年以上フリーライターとしてWebを中心に記事を書いていました。

初めて参加したONAでは、「LEADERSHIP & CULTURE」のテーマを中心にセッションに参加しました。セッションの中でよく出会ったワードは「Diversity(ダイバーシティ:多様性)」です。


このワードは、過去のONAに参加した同僚によると、けっして目新しいものではないといいます。Black Lives Matter(BLM)運動は日本ではコロナ禍の2020年5月から大きく報じられるようになりましたが、アメリカ国内での運動自体は2012〜2013年ごろから始まっています。「#MeToo」運動は2017年。つまり約10年間にわたって、アメリカのメディアは多様性の問題――言い換えると「白人男性ばかりで組織が構成されている」という批判――に向き合うことを求められる状態にあります。北米メディアの参加者が多いONAでは、自然と注目が寄せられるテーマということでしょう。
多様性に関する問題は、日本のメディア業界でも年々議論される機会が増えています。しかし議論が活発になったり議論によって何かが進んでいたりという感覚は正直薄い……と感じているメディア関係者も多いのではないでしょうか。
そして日本では、「ダイバーシティ」というと、他のさまざまな論点を抜きにしてジェンダーの話に集中することが多くなりがちです。メディアに関係する女性という自分の身としては、もっとも自分と関連度が高く感じるトピックではありますが、議論どころか分断が起きる光景も珍しくない状況下では、漠然とした違和感やモヤモヤを抱く機会でもあります。

 

今回のONAで語られた、北米メディアが直面している「多様性に関する課題」とはどのようなものなのか。それは日本の状況と重ねたとき、どのような学びとギャップがあるのか。本エントリで紹介します。


人種やジェンダーにおけるダイバーシティ

ONAは「Women’s Leadership Accelerator(ウィメンズリーダーシップアクセラレーター/WLA)」という女性たちのアクセラレータープログラム&コミュニティを開催しています。そのプログラムに関連するセッションがいくつかありました。

たとえば、WLAに参加した6人のメディアに勤める女性たちのパネルトークや、メディアで編集長を務める女性たちのセッションでは、女性たちがメディア業界で直面した男女差・人種差がリアルに語られます。


「New York Timesでオピニオンに関する仕事をしていたとき、誰のオピニオンが採択されるかをカウントしていた。ほとんど白人男性のオピニオンが選ばれていた」
「自分は、自分の職場で管理職に就いている唯一の非白人であり、女性でもある。自分が昇進することは、白人以外の人種や女性への投資であると考えられて、大きなプレッシャーになる」
「警察による黒人男性への暴行動画が大きく取り沙汰されたとき、自分の編集部では白人男性の編集者が『黒人が何をするのか』ばかりに注目をし、動画内で何が起こったかを完全に見失っており、報道する重要性も感じていなかった。非白人の編集者たちが声を上げて報道できたが、こういうことをリアルタイムで訴えることの重要性は、いくら強調してもしすぎることはない」

こうしたエピソードが語られるたび、拍手や嘆息が起こります。質疑応答もたくさんの手が挙がり、活気を感じました。

 

セッション「AAPI Women Guiding and Fashioning Editorial Coverage(アジアと太平洋諸島にルーツをもつアメリカ人女性の編集の指針となるもの)」で印象的だったのが、Teen Vogueの編集長Versha Sharma(ヴルシャ・シャーマ)氏の発言です。

Versha Sharma氏(出典:ONA22

Sharma氏はインド系をルーツに持ち、アメリカのルイジアナ州で生まれ育っています。
「私はTeen Vogueで初の南アジア系編集長に任命されました。これは、私のような南アジア系の人々にとって素晴らしいことです」
Teen VogueはZ世代をターゲットにしたメディアで、政治や社会などのハードニュースを取り上げ、Z世代に届けることに積極的に挑戦しています。そして、Elaine Welteroth(エレーヌ・ウェルタロス)氏、Lindsay Peoples Wagner(リンゼイ・ピープルズ・ワグナー)氏と、アメリカのメディアでは非常に少ない例である黒人女性編集長の起用を続け、Sharma氏はその二人に続く形で編集長となっています。
Sharma氏のSNSには、彼女と同じルーツをもつ若者から今でもたくさんのメッセージが届くのだといいます。事実、ONAで彼女が登壇した他のセッションのQ&Aコーナーでは、彼女と近いルーツを持つだろう学生から熱心な質問が寄せられていました。

Sharma氏(写真右)。現在ONAの中心メンバーであることから、さまざまなセッションに登壇していた

Sharma氏の発言のあと発せられた、CNN・ABC・Twitterなどに在籍経験のあるNiketa Patel(ニキータ・パテル)氏のコメントにも引き寄せられました。

「私は自分を名誉ラティーナ(ラテン系)と呼んでいます。食べ物やファッション、音楽など、あらゆるラテンアメリカのカルチャーと、そのさまざまな側面が大好きなんです。私は自分のキャリアを通じて、ラテン系や黒人の同僚やイニシアティブを支援することは、彼らに恩返しをするようなものだと気づきました」

 

Niketa Patel氏(出典:ONA22

 

こうした女性編集者たちの声を聞いていて思ったことは、このセッションは日本のメディア環境にとっては「予言」ではないかということです。
日本のネットメディアや出版系のメディアでは、女性の編集者は数多く存在していますが、それでもまだ数が足りないし、意思決定層にいる人も少ない。まだまだ「女性の数を増やす」段階にあります。けれどその段階の先には、今回のセッションで見えたリアルなプレッシャーや悩み、そして希望があります。
「自分への期待なのか、自分がもつ属性への期待なのか」と悩むこと。自分のコミュニティや属性を代表する意識をもつこと。自分の存在に自分と近い属性の人が励まされること。自分を支えてくれた文化や環境に還元するように働きたいと思うこと……これからメディアで働く人々がぶつかり感じるであろうトピックと、それについてのさまざまな葛藤、切実さを一足先に見せてもらったセッションでした。


情報・取材ソースにダイバーシティは存在しているか?

ここまでは「編集部で働く人」を中心に紹介しましたが、多様性の議論は「編集部で報じること」にもかかっています。このトピックは日本メディアにとっても「未来」ではなく「今・ここ」の問題でしょう。

「The Science Behind Representation in Storytelling」セッションで紹介されたのは、科学報道の多様性について。

科学報道で取られる専門家のコメントが、白人男性に偏っているのだという指摘から始まります。メディア側がそうした専門家を選んでいるだけでなく、そもそもその業界自体に人種・性別による不均衡が存在している問題もはらんでいます。セッションのスピーカーの一人は物理学を専攻する女性でしたが、学生時代に「物理学専攻には見えない」と話されたり、男性の学生は言われない結婚についての話題を振られたりということがあったのだと話していました。
このような問題は日本でも徐々に可視化されています。科学のみならず、経済、ビジネス、国際など、さまざまな分野での指摘がありました。
たとえばウクライナ情勢を報じるとき、著名な研究者は男性が多く、ほとんどの番組で男性識者がコメントをしていました。数少ない女性研究者をめぐっては、女性研究者に男性研究者よりも少ない出演を出した番組があったことが明かされ、批判も起こっていました。

 

報じられたことを確かめていくファクトチェックでも、多様性のなさが壁になることがあります。さまざまなファクトチェック団体がテクノロジー活用と課題について話したセッションでは、「運用しているデータベースがアメリカ中心であること」の問題点について触れられていました。
「我々が運用しているデータベースは、政治的な要素が強く、特にアメリカ中心です。アメリカ以外の国や、まったく新しい話題や政策に関しては、データもチェックも不十分になります。私たちは、ファクトチェッカーと協力して、元となるデータを増やしたいと思っています。これは、私たち全員が遭遇する問題だと思います」
機械学習やAIによるチェックや判断は、元となる学習データにその結果が左右されることが知られています。偏ったソースから導かれる“ファクト”は偏ってしまうのです。


なぜダイバーシティが必要なのか

ONA開催期間の前後は、奇しくも日本国内外で多くの出来事がありました。最も大きな国際ニュースのひとつは英国エリザベス女王の国葬です。前入りしたサンフランシスコのホテルで朝食をとっていると、大型テレビにBBCのエリザベス女王の国葬のライブ中継が流れていましたが、ONAのセッションで国葬報道を引き合いに出し「同時期に発生したハリケーン・フィオナのプエルトリコやカナダでの被害は、国葬ほどには報じられていない」と批判する声を耳にするたび、そのライブ映像が脳裏によみがえりました。
日本でも、エリザベス女王の国葬ニュースや、安倍元首相の国葬については時間を割いて報道されていたようです。そしてハリケーンと同様に、沖縄や静岡の記録的な台風は、相対的に報道に割かれる時間が減ってしまっていたという指摘をSNSで目にしました。このことは、報じる側のコミュニティが都心に偏っていることを示しているでしょう。

 

私たちがこの偏りを乗り越えるために、何ができるのでしょうか? 気候変動に関するセッションで語られた内容にヒントを見ました。
「私たちが注目すべきことは、環境報道にもっと多様な声を届けること、そして、災害が起こっても、その問題を解決するためにさまざまな方法があるという事実に注目することだと思います。同じ災害でも、地域社会によってその影響は異なり、取材方法や人々が受ける影響も異なるはず。例えば、プエルトリコのハリケーンについての報道では、私たちはプエルトリコで被害を受けた人々を支援するつもりですが、現地の人々がどのような影響を受け、どのような支援を必要とするのかわかるでしょうか? そのためには、現地を理解している地域出身者による理解が重要です」
また、こうした災害報道は、初報と1週間後の報道では重要なポイントが変わってきます。災害報道にはタイムラインに沿って、現地の人々が必要とする支援や、直面する問題が変わるという性質がある。それを報道するためにも、現地の人々や、現地を理解している人々の存在は必要になってくるというのです。

 

ONAを通してさまざまに語られた、多様性に関する問題。ツールやシステムでの解決策としていくつかの試みが紹介されていました。
ひとつはデータベース。非白人のジャーナリストをまとめたデータベースを作り、取材の情報源としてメディアがコンタクトできるようにするというものです。
そしてもうひとつが、「センシティブリーダー」というシステム。書いている文章がマイノリティに対して無理解でないか、差別的な言説を含んでいないか、などをチェックする役割を担う人をアサインするという考え方です。センシティブリーダーは、その書いている対象にルーツのある人(たとえばネイティブアメリカンに関する記事であれば、ネイティブアメリカンの人)から選ばれることが多いといいます。

 

偏りを乗り越えようとする試みは、日本では一部のメディアや個人の努力に依存している部分が大きいです。しかし課題と感じるメディア関係者は年々増えていくことでしょう。

人であったり、データであったり、システムであったり……北米メディアの試みもまだ道半ばではあります。それらをそのまま生かすことはできなくても、分断を乗り越えるためのヒントをもらえたように思えたONAでした。

 

www.mediatechnology.jp

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著者紹介

青柳美帆子(あおやぎ・みほこ)

スマートニュース株式会社 Media Business Development Partner Relations Associate

2012年からWebを中心にフリーライターとして活動。2015年にアイティメディアに入社、「ITmedia ビジネスオンライン」「ねとらぼ」で編集記者を務める。2021年より現職。