Google には、ジャーナリストや報道機関と協力する「Google News Lab」というチームがあります。今回はMedia × Tech から依頼を受け、日本において「フェロー」という肩書きで活動している私(井上直樹)が、News Labの活動について紹介します。
Google News Labとは?
そもそもGoogle News Labはどのような組織なのでしょうか。News Labのメンバーは私も含めてジャーナリスト経験者で構成されています。世界各国で、記者や編集者向けにデジタル技術をどう取材や報道に使うかというトレーニングを展開していて、 2018年夏以降、国内では累計4千人以上の記者や大学生が講座を受講しました。講座では、インターネット上で拡散している偽情報や誤情報を見極めるためのスキルや、効率的な検索、地図や衛星写真の活用などについて、国内外の報道事例を交えて紹介しています。
News Labは取材や報道へのテクノロジー活用を通じて「ジャーナリズムのイノベーションを推進する」ことを目標に掲げています。さまざまな報道機関の報道プロジェクトを支援しています。今回は日本での事例をご紹介します。
取材した情報を、どのようにデジタルで整理し、共有するか
東日本大震災から8年の2019年3月、東北の報道機関である岩手日報とIBC岩手放送は「碑の記憶」というウェブサイトを立ち上げました。岩手県内には200以上の石碑が残っており、 明治や昭和に到来した津波の記録や教訓が記されていました。
「この先に家を建てるな」といった石碑に刻まれた教訓は現代で生かされなかった部分もあり、この報道企画では、あらためて石碑に書かれた歴史を振り返り、防災・災害対応を学ぶことを目指していました。
News Labは、Google Earth Studio を使って石碑がある現場を衛星写真などの動画で説明したり、石碑を地図上にまとめるデジタルツールの活用を支援をしました。
新聞紙面上では復興の現状について記者とともに「データビジュアライゼーション」での表現も試みました。一連の報道は教育分野にも広がり、県立山田高校の生徒は新聞を読んで災害の歴史を学ぶだけでなく、地域を巡って地元の人々の話を聞き、Google マイマップに学んだことをまとめて学習の成果を発表しています。
なお、Google ニュースイニシアティブという報道業界と協力する枠組みには、報道機関の新しいプロジェクトを資金面でも支援するプログラムもあり、岩手日報はこのプログラムの支援によって、地元に密着した災害や地域情報を知るアプリ「いわぽん」を2月に発表しています。
この事例のように、取材した情報をデジタル技術で整理したり、共有したり、あるいは報道の見せ方を工夫することで、ニュースを伝える方法を多様化できると考えています。
活動を通じて感じる報道の現場の課題感。そして変化
News Lab の活動を通じて、全国各地の新聞社やテレビ局を訪れると、現場の記者たちの課題を聞くことが多くあります。
特に「上司や同僚のデジタルスキルが低い」や、「会社としてデジタルシフトの遅さ」という声はたくさんの現場で聞いてきました。
ビジネスも含めたデジタルシフトについては、経営や組織に関する部分でもあり、会社全体としてすぐに「正解」や「解決策」を出すのは、難しい部分があると思います。
一方、私が協力している報道現場においては、記者個人や現場レベルで、新しいデジタル技術やインターネット上の情報の利用を通じて、面白い取材にチャレンジができる領域が広がっていると個人的には感じています。
例えば、秋田県の「秋田魁新報」は、地上イージス配備に関する報道において、国が提示した資料のデータの誤りを記事で指摘。一連の報道で日本新聞協会賞を受賞しました。 資料にあった「山と候補地の角度」に関する数値について、記者は山の近くで、太陽の角度を確認できるサイトを調べ、発表された資料の角度がどうやら誤っているようだという疑念を強め、取材を進めたそうです。
海外では、英BBCが2018年にアフリカのカメルーンの兵士とされる男たちが、女性と子ども4人を殺害する動画について、動画に映り込んでいた山の稜線の形や木々、建物と、ネット上で公開されている衛星写真などを見比べて殺害現場を絞り込む取材しています。
Anatomy of a Killing - BBC News
インターネットで公開されている「オープンソース」の情報を使って、調査報道に生かすという動きを含め、デジタルツールやネット上の情報を組み合わせながら取材を進めていくという手法・意識は少しずつ日本でも事例が増えてきていると思います。
News Labの今後の活動について
2020年、News Lab は報道機関のコラボレーションを推進する活動をしていきたいと考えて います。組織の枠を超え、現場の記者やエンジニア、デザイナーがノウハウやアイデア、 経験をシェアすることで、新しい形の報道を実現できる可能性があると考えているからです。
1.2020年の夏へ向けてスポーツをテーマにした「コラボレーション報道」の公開を準備しています
現在、スポーツをテーマに、複数のニュースルームが協力した報道プロジェクトが動き出しています。全国各地の地方紙やテレビ局がコラボした報道の実現を目指していて、News Lab は技術面などを支援していく予定です。
2.報道関係者がデジタルの取材スキルを学び合う場を各地につくりたい
今後、「デジタル取材道場」という、記者やディレクターなどがネット取材やデジタルスキルを学び合う勉強会を各地で開催するお手伝いをしたいと思います。報道実務家フォーラムや日本記者クラブ内の勉強会「IT記者ゼミ」と協力して運営していく予定で、いくつかの地域で準備が進んでいます。
今後も、News Lab は報道機関の現場の人々と協力して、一つずつでも、新しい技術やアイ デアによる報道事例を増やしていければと思っています。
- Google News Lab 井上直樹 (いのうえ なおき)
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Google News Lab フェロー
銀行員を経て、熊本日日新聞、西日本新聞で記者。経済全般や子どもの貧困、南スーダン紛争などを取材。熊本地震後の道路被害調査や天気予報原稿の自動作成など報道におけるテクノロジー活用に取り組む。18年8月から現職。