旅関係のベンチャーにいた際、中国のとある省の観光PR代理店業務を請け負ったことがある。契約をとってきたメンバーは同国籍の女性で、ことあるごとに「さやかさん、日本は何でこんなにWi-Fiがないのか。サービスも全然、新しいものがなくてもったいない」と言っていた。
実際、現地を訪ねると、省都から数百キロも離れた地方都市の町外れの屋台にすらインターネットは来ていて、私たちは、暗がりで絶品の地元メシに舌鼓を打ちながら、VPN経由でインスタ発信やGmailのやりとりをし、中国の若者に人気という最新アプリを次々と見ては、その創意工夫と規模に嘆息した。今から5年ほど前のことだ。
それから暫くの時を経て手にとった『アフターデジタル - オフラインのない時代に生き残る』には、当時、私たちが感じた中国のネットワークインフラ活用の凄みが、更に進化した形で示されていた。特に、「OMO(Online Merges with Offline、Online Merges Offline)」と呼ばれるリアルのサービスにインターネットが接続した際に起きる社会変化の実例に驚かされた方も多いのではないだろうか。
詳細は本書に譲るが、AIによるデータ活用の分野で、もはや米国が一強ではないことを突きつけられた1冊だったように思う。
続編は“公開執筆”中
前置きが長くなった。
今回は、その衝撃の書を筆頭著者として書かれたビービットの藤井保文氏が、続編を書いておられるというので、そのことを紹介したい。
私自身、Facebookニュースフィードに流れてきた情報で知ったのだが、藤井氏はなんと、執筆途上の原稿『アフターデジタル2(仮)』をオンラインで公開し、書き進めておられるのだという。リンク先をご覧いただけばわかるとおり、実際、目次や第2章の冒頭までの文章はあるものの、まだ先は多く残されている(本稿執筆時点)。
他人の目に触れさせて知のフィードバックを得ながら書きすすめるという制作プロセス自体、非常に興味深いが、特筆すべきは、併行して今まさに世界を不安に陥れている「新型コロナウイルス」の在ることだろう。彼我の社会システムの違いや、競争意欲・ベンチャースピリットの違いがもたらす問題解決の度合いをこれほど痛烈に感じさせられる事象もないのではないか。
「中国で一番データを持っていることを市民はどう思っていると思う?」
たとえば仮に理論的に正しくとも、武漢で行われたような全面封鎖は民主主義国家には極めて難しい。あるいは国民すべての日常をトラックし、リスクを制御するようなことも、即時、プライバシー侵害の議論に発展するのは想像に難くない。もしくはわずか10日間で作られた1000床の病院。アリババが先刻、発表したようなAI診断技術——。
そのことを今回、藤井氏は「ディストピアへの恐怖」と「データとUXに対する基本リテラシー」という言葉に変え、サービス提供側と使う側の双方の視点から功罪を整理し、理解を促そうと執筆に取り組まれているように見える。
象徴的なのは「前書き」に記されたこのくだり。「中国で一番データを持っていることについて市民からどう思われていると思う?」という藤井氏に対し、アリババ側は「ユーザーに価値で還元するのは当たり前として、大量のユーザーがデータを預けてくれることには社会的責任が伴うので、社会に還元すること」が大事だと応える。
データを持つことのレピュテーションリスクを気にして踏みとどまるのではなく、得た情報の価値を(自分らのユーザーだけでなく)社会全体に還元することをもって市民の信任を得ていくという姿勢。そのことが素早くプロダクトやサービスを社会実装するガッツ、スピード感を産む。しかし一方で、そこに何がしかの危険はないのかーー。
藤井氏は本書を4月の脱稿、6月の刊行を目指し、書き進めているという。そこに何が書かれていくか、この先の感染症にかかる状況変化と含め併せながら、真摯に“のぞき見”して勉強したいと思っている。
著者紹介
加藤小也香(かとう・さやか):スマートニュース メディア研究所/ スローニュース プロジェクトマネージャ。日経BP社記者、グロービス広報室長、出版局編集長、trippiece執行役員を経て、2019年1月より現職。慶應義塾大学環境情報学部、グロービス経営大学院大学卒(経営学修士)。
本記事は筆者と編集部の独自の取材に基づく内容です。スマートニュースの公式見解ではありません。