Media × Tech

「Media × Tech」ブログはスマートニュースのメディア担当チームが運営するブログです。テクノロジーを活用した次世代のメディアとはどういうものか? そうしたメディアをどうやって創り出していくのか、を考えていきます。

ALL REVIEWSプロデューサー・由井緑郎氏に聞く「メディアビジネスとしての書評サイト」

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ALL REVIEWSプロデューサー 由井緑郎氏

読書好きから人気の「ALL REVIEWS」は、国内の著名書評家・著述家の書評が無料で読めるウェブメディアだ。フランス文学者として名高い鹿島茂氏が立ち上げ、鹿島氏に賛同した書評家・著述家がこれまでに発表した書評が集まっていることが特徴。この書評をきっかけに、過去の既刊行本を購入するユーザーも多いという。2019年にはコミュニティ「ALL REVIEWS 友の会」や、運営に関われるボランティア組織も立ち上げ、自ら運営に関わる積極的なファンも獲得している。そんなALL REVIEWSが、メディアビジネスのなかでも、書評という分野に挑んだのはなぜなのか。ALL REVIEWSプロデューサーの由井緑郎(ゆい・ろくろう)氏に聞いた。

■一流書評家たちの書評を無料で楽しめるALL REVIEWS

「活字離れが進んでいる」といわれて久しい近年だが、そうした風潮のなかでも、本が好きで読書を何よりの楽しみにしている人々がいる。そんな読書好きが数多く集っている書評サイトが、2017年7月にオープンした「ALL REVIEWS(オールレビューズ)」だ。

allreviews.jp


一口に書評サイトといっても、そのスタイルはさまざまだ。本好き・読書好きのビジネスマンやインフルエンサーによる書評を集めたWebサイトもあれば、一般読者が自由に感想を投稿できる書評CGMもある。これに対しALL REVIEWSは、仏文学者であり明治大学教授の鹿島茂氏の「鹿島茂事務所」が運営する書評サイトであり、「最終的には、明治以来活字メディアに発表されたすべての書評を閲覧可能にする『書評アーカイブ』の構築を目指す」という目的を持っている。

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サイトのトップページ

そんなALL REVIEWSの最大の特徴は、鹿島氏をはじめ、日本を代表する書評家たちが過去に新聞や雑誌、書籍などで発表した書評を集約し、誰でも無料で閲覧できることにある。豊崎由美氏、橋爪大三郎氏、平野啓一郎氏などの書評家・著述家に加え、井上ひさし氏や澁澤龍彦氏、吉本隆明氏など、故人となった書評家・著述家の書評も集まっている。いずれも名だたる書評家・著述家で、その書評自体が1つの「作品」となっており、ファンも多い。

■著述家・書評家に利益を還元するシステム

そしてもう1つの大きな特徴は、ALL REVIEWSを通じて書評家が紹介した書籍を購入できること。各書籍の書評ページには、Amazonや楽天、hontoなどの書籍購入サイトのバナーが貼られており、書評を読んで興味を持ったユーザーは、自分が最も使いやすいチャネルを通じてその本を購入できる。早くいえばアフィリエイトで、書評ページから本が売れると、アフィリエイト収入の一部は書評家自身に分配される契約になっている。

出版社からすると、書評を通じて本が売れてハッピーであるし、その本の著者も自著が売れてハッピー、そして書評家もアフィリエイト収入が入ってハッピーという「三方一両得」という状態だ。もちろんALL REVIEWSのユーザー自身も、それまでまるで知らなかった本と出会い、読書するというハッピー体験を得られる。ALL REVIEWSプロデューサーの由井緑郎氏いわく「誰も不幸にならない仕組みです」という。

ただし1点、由井氏が留意しているのは「ユーザーの記事体験を損なうようなことはしない」ということだ。単純にアフィリエイトのCVだけを考えるのなら、購入ボタンは記事ページの上部・下部など目立つところに複数置いた方が効果は高い。しかし「ユーザーは書評を読みに来ているのだから、記事上部にボタンは置きません。ALL REVIEWSは書評家が主役なので、まずトップには書評家の情報を載せ、次に紹介する本の書誌情報、そしてメインコンテンツの書評を読み、買いたくなったら最後に『購入』をクリックしてください、というエクスペリエンスを設計しています」と由井氏は説明する。

 

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ALL REVIEWS記事の上部UI

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下部UI


2019年1月には、ALL REVIEWSのファンクラブ的なコミュニティである「ALL REVIEWS  友の会」も発足した。由井氏によると、130〜140人ほどの読書ファンが集い、さまざまなイベントを企画・実行しているという。

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■出版業に関わるプレイヤーたちが収益源

Webサイトの開設から3年近く経過したが、メディアとしての規模感はどのくらいなのか。由井氏に聞いてみると、「ユニークユーザー数は6万、PVは20万程度です。PVに関しては、SmartNewsなど外部配信分を入れると50万〜70万くらいになると思います」との回答が返ってきた。大手広告代理店でメディアビジネスに携わった由井氏からすると、「規模としては本当に小さいものです」という。

だが「書評」業界という枠組みでいえば、その存在は決して小さなものではない。「いまは文芸誌でも初版が7000〜8000部という時代です。その文芸誌の読者でも、書評は読まないという人が多いなか、ALL REVIEWSにはしっかり読者がついているといえるでしょう。今後は、書評を読まない人にいかに読んでもらうか、がポイントになると思います」(由井氏)

収入源はどうか。ALL REVIEWSでは現在、先述したアフィリエイト収入のほか、Webサイトの広告収入に加え、読者と出版社に対しても課金サービスを提供している。

読者に提供しているのは、これも先述したALL REVIEWS 友の会だ。会費は2020年3月現在月額1600円で、いわばファンクラブ会費に近い。特典として、(1)鹿島茂氏、豊崎由美氏がそれぞれ毎月ゲストとともに「今月必読の本」を紹介する非公開YouTube番組の視聴、(2)チャットアプリを使った非公開グループへの招待、(3)ALL REVIEWSのコンテンツを使ったさまざまな企画立案・実行、などの楽しみがある。会員同士はもともと本好きという共通項があり、かつ一流の書評家・著述家と近くで接することができるので、集う人々の熱量はもちろん、企画の熱量も非常に高く、盛り上がるという。

 

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友の会限定のYouTube番組「月刊ALL REVIEWS」(ゲスト:杉江松恋さん、倉本さおりさん)

 

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友の会会員が企画した「ALL REVIEWS書評家と行く書店ツアー」の映像アーカイブ(ゲスト:沼野充義先生)


出版社に対しては、自社本の前書き・後書き、書評などを掲載できるアカウントを有料で発行している。ただし宣伝に終始するものではなく、作品として読める記事を更新してもらえるように、出版社ともコミュニケーションをしている。実際出版社のアカウントを見ると、強い固定ファンを持ち、爆発的なベストセラーではないが良書を多く出版している出版社(吉川弘文館やみすず書房、論創社など)が多い。

「出版界はプレイヤーの数が少ないんです。作家、読者、出版社、書店、取次しかいません。このうち、読者と出版社に関しては事業を展開しているので、次は書店、そして取次に対して何かできないか模索しているところです。書店に関しては、有料契約することでALL REVIEWSの書評使用権をフリーにし、店頭でのプロモーションに自由に使っていただく仕組みを考えています。新刊ではない動きの少ない本のPOPに使ってもらったり、アイドルなど有名人の方のALL REVIEWS限定書評を提供したり。アクティブな販売実績のある書店は国内に約8000店舗あるといわれており、そこに貢献できてビジネスにもなったら嬉しいなと思っています」(由井氏)

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■いまの出版構造を打破するための一石に

メディアビジネスという側面から考えると、現在のALL REVIEWSはまだ小規模だ。Webサイトの運営を担っているのは由井氏一人で、あとは由井氏がALL REVIEWS公式のSNSを通じて集めた有志のボランティアメンバーが更新や校正に関する作業を手伝う。雑誌や新聞に書いた書評は、基本的に“読み捨て”られるものなので、本としてまとめられていない限り、書いた書評家自身もいつ、どの媒体で発表したかを忘れている場合が多い。

そうした書評を、国立国会図書館に通って1つひとつ集め、初出年と媒体を調べ、コピーしてからOCRにかけて文字をデジタル化し、校正してALL REVIEWSの記事として掲載する——現在は100名ほどのボランティアメンバーが、コミュニケーションアプリ「Slack」を活用し、組織立ってこれらの作業を進めているものの、コツコツ書評を集めて記事化するには時間も手間もかかる。


そんな書評サイトを、そもそもなぜ始めたのか。そこには鹿島氏が持つ課題感があったという。

 「書評家全体の悩みでもありますが、書評は基本的に、書いたら書きっぱなしなんです。書評集にまとめられる作家はほんの一握りですし、書評集自体、そもそもそれほど部数が出るジャンルではありません。そんな形で書きっぱなしが多い書評ですが、なかには非常に作品として優れていて、良い本との出会いを促すものがたくさんある、と鹿島さんは考えていたんです」(由井氏)

こうした課題感を持っていた鹿島氏のところに、メディアビジネスの経験とテクノロジーの知識を持つ由井氏が参加した。書評メディアとしてのマネタイズはもちろんだが、テクノロジーの力で明治以降の書評を集約し、誰でも閲覧できるようにするという点は、書評家・著述家としての鹿島氏が抱く危機感が発端になっているという。

それはALL REVIEWS開設時のプレスリリースに寄せた鹿島氏のコメントにも表れている。

「出版危機の本質について深く考えた(中略)結論は、資本主義の加速化で、本来、耐久消費財であった本が、猛スピードで消費されるたんなる消費財と化してしまったというものです」

短いスパンでパッと売れ、すぐにコストを回収できるコンテンツを大量生産するあまり、長く読み継がれるロングセラーは影を潜めた。そんな埋もれた既刊本と出会い、良質なロングセラーを作り出すには、「過去に書かれた優れた書評を無料で閲覧できるサイトをつくり出し、その書評を参考にして読者が旧刊行本を手にすることのできるようなシステムを用意すること、これ以外にはありません」と鹿島氏はプレスリリースのなかで述べている。

実はALL REVIEWSの書評がきっかけで、既刊行本が売れることも珍しくない。ALL REVIEWSの人気書評ランキングに入っている書籍も、新刊本だけでなく、歌人の俵万智氏が書評を書いた『梁塵秘抄』(筑摩書房/2014年10月刊)はランキングに入り続けており、爆発的ではないにしろ、この書評をきっかけに再びこの本が売れるようになったわけだ。また由井氏によると、ALL REVIEWSの書評がきっかけで、その作家の既刊書評集が売れることもあるという。故井上ひさし氏の『全選評』はかなり高額だが、ALL REVIEWSの井上氏の書評がきっかけとなって、販売数が増えたそうだ。 

「過去に発表された書評をALL REVIEWSに掲載するので、当然出版社や著者本人、故人の場合は遺族の方の了承を得ています。出版社のなかには、すでに書評集として出版されているものを、Webサイトで無料公開することにためらうケースもありますが、ALL REVIEWSに関しては、読者というパイを取り合うのではなく、過去の出版物に触れる機会作りになると思います。これは出版業界にとっても、有意義なことだと考えているんです」と由井氏はいう。

書かれた書評を読者が読んで、読者が本に興味を持ち、「読んでみたいな」と思って実際に行動を起こすきっかけになればいい。「それは誰も不幸せにはしません」と由井氏は断言する。

■メディアビジネスとして、レビューが持つ可能性は無限大

いま願っているのは、多くの人がその“きっかけ”に触れられるようになること。ニュースメディアやアプリに書評を配信しているのも、そのためだ。ただ、メディアとしてさらに多くの人を惹きつける存在になるためには、「もっとやらなければならないと思っていますが、人手が少ないため、試行錯誤の連続です。何が有効なのか見えない点も、課題だと思っています」(由井氏)と、正直なところを打ち明ける。

そうはいっても、メディアビジネスとしての可能性は決して小さくはない。なぜなら、「ワインでも映画でも車や音楽でも、レビューがある分野については無限に可能性が広がるからです」(由井氏)という。いまの書評分野であるALL REVIEWSで一定の収入を確保できれば、海外版や他ジャンルへの展開と、拡大していく道は見えている。

「まずは書評、出版分野で実績を作ることですね。そしてALL REVIEWSをきっかけに、閉塞状態にある出版業界に一石を投じられればいいなと思っています」(由井氏)

 

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鹿島茂事務所 「ALL REVIEWS」プロデューサー
由井 緑郎(ゆい・ろくろう)氏

大手広告代理店で数々のメディア事業に携わった後、鹿島茂事務所(株式会社ノエマ)に参加。ALL REVIEWSの総合プロデューサーとして、Webサイトの設計から企画、運用、ALL REVIEWS 友の会の運営などを担当している。

 

(原稿まとめ/岩崎史絵 撮影・取材/藤村厚夫、平松梨沙)