Media × Tech

「Media × Tech」ブログはスマートニュースのメディア担当チームが運営するブログです。テクノロジーを活用した次世代のメディアとはどういうものか? そうしたメディアをどうやって創り出していくのか、を考えていきます。

Internet Media Days 2020:メディアの「エンゲージメント」とは何か? 

 

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左からジャーナリストでメディアコラボの古田氏、日経アメリカ社の鈴木氏、NHKの髙田氏

 

健全なデジタルジャーナリズムの発展に向け、メディア企業や記者、ジャーナリズムに関心のある個人が知見を共有してより良いメディアを目指す活動を目的で、1999年に米国で設立されたONA(Online News Association)。ONAでは毎年年次総会を開き、100を超える分科会でさまざまなテーマをディスカッションしています。

2020年10月、オンラインで開催したONA20 Everywhere(ONA2020)では、ここ数年言及があった「エンゲージメント」を重視するメディアが増えたことについて、さまざまな面から議論がありました。そんなONA2020のトレンドを元に、ジャーナリストでメディアコラボ代表の古田大輔氏、日経アメリカ社の鈴木陽介ジェネラルマネージャー、NHKの髙田彩子ディレクター(報道局社会番組部デジタル開発)が、Internet Media Days 2020にてエンゲージメントについて議論。Media×Techブログ編集部が取材しました。

ONA2020で感じたメディアが抱える課題

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古田:今日は日経の鈴木氏、NHKの髙田氏と共に、「ONA2020」から見るニュースメディアのトレンド、特にメディアのエンゲージメントについて考えていきたいと思います。特に今回のONA2020では、ここ数年言われてきた「エンゲージメント重視」という概念が、より具体性を持ってきたように感じました。そして、具体性があるだけでなく、これはメディアにとって不可欠なものになっている感があります。本日はこのあたりからディスカッションを進めていきたいと思います。

鈴木:よろしくお願いいたします。私は現在、日経アメリカ社のパロアルトのオフィスに勤務しております。2001年に日経に入社後、Webの運用/企画から記者を経て、日経電子版のローンチの企画開発に携わってきました。渡米したのは2018年で、以降はこちらの技術やメディア動向の調査に当たっています。今年、日経電子版のリテンションについての発表をONAに応募したところ、審査に通ったので、その話を発表させていただきました。

私が感じたONA2020のトレンドとしては、サブスク型のビジネスモデルについての議論が非常に多い印象を受けました。となると、当然出てくるのが、コンバージョン=課金するというポイントで、そのために「エンゲージメントをどう上げていくか」という話がされていたように思います。もちろん、既存読者のつなぎ留めについても、エンゲージメントが重要な鍵となっています。具体的な手段として、ニュースレターやSNSの活用などについても発表がありました。

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これを日本メディアにどう活かせるかといえば、正直なところ、“銀の弾丸”のような万能な解答はないと思っています。基本はマーケティングをしっかり見直す、現在地を見据えて数字をブレイクダウンしていく、社内で情報を共有するという、1つひとつの積み上げしかないと考えています。

髙田:『クローズアップ現代』など報道番組を起点にデジタル展開を担当している髙田です。私は2019年8月から2020年3月まで、ニューヨーク市立大学ジャーナリズムスクールでソーシャルジャーナリズムとコミュニティエンゲージメントを学んでいました。

コミュニティエンゲージメントとは聞きなれない言葉かもしれませんが、最近はマーケティングの世界でも「コミュニティマーケティング」という用語が聞かれるようになりました。つまり、生活者1人ひとりが属しているコミュニティ——それは文化・地理的な背景であったり、政治思想であったり、LGBTQ+のようなマイノリティであったり、または生活水準などさまざまな要素が絡んでいますが——そのコミュニティに対し、メディアがどう関わっていくのかを研究する分野です。これについては、後ほどまたお話しすることになると思います。

そこでONA2020のトレンドですが、やはり2020年の3月〜5月は、コロナ報道、トランプ大統領関連の報道で、どのメディアも軒並みPVが伸びました。ただ、そういうバブルに浮足立つのではなく、「この後どうすべきか」という話がかなり多数ありました。

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エンゲージメントの観点で言えば、それまでの尺度が、PV数や滞在時間といった「数」だったことに対し、質的に変化しているように感じています。たとえば何らかのアクションがあった場合、「コミュニティや社会にこういうことが起きた」と文章で記録するような取り組みが目立ちます。、非効率に感じる部分もありますが、エンゲージメントという概念が具体性を持つ過渡期のなかで、こういうことが起きているのかもしれません。

もう1つ、「エンゲージメントをしてもらう」という設定もかなり重要だと感じました。誰=どのコミュニティに届けるのか、そのコミュニティはどんな情報ギャップを感じているのか、何のテーマを届けるのか、それを継続的に進めるにはどんな条件が必要なのか。こうしたサイクルを回していくことを意識しているメディアが非常に多いです。

日本のメディアの場合、特にマスメディアのニュースは苦手かもしれませんが、今後は「誰に届けるか」「誰に届いたのか」までがコンテンツの領域になってきて、その認識が必要になるかもしれません。

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「エンゲージメント」は何なのか、どう測るのか

古田:いまお二人にまとめていただきましたが、エンゲージメントについて考えると、「エンゲージメントとは何か」「どうやって測るのか」という点に悩んでいる方が多いのではないでしょうか。そこでこの2つについて、これから考えていきたいと思います。

鈴木さんに伺いたいのですが、日経電子版ではまさに「エンゲージメントスコア」を持って、それを生かして運営に当たっていると聞いています。どうやって測っているのか、お話しできる範囲で教えてください。

鈴木:日経電子版の場合「過去20日平日の訪問日数」と「読んだ記事の本数」、それにパラメーターをかけて計算をしています。そのレベルごとに、いわゆるロイヤル読者からミドル層、ライト層などに分けています。一定以上のレベルの読者は、継続可能性が高かったり、有料会員になりやすいなど、かなり相関関係が見られます。で、そのレベルに応じたメッセージの当て方やアプローチの仕方というのが、メディアのなかでも比較的よくある手法になりつつあると思っています。

古田:髙田さん、NHKではそこをどのように定義して測っていますか?

髙田:私のチームでは、NHKのニュースサイトではなく、報道番組の記事やSNSを担当していて、お話できる範囲が限られますがまだまだPVや閲覧時間、コメント数といった伝統的な指標でエンゲージメントを測っています。

個人的には、それだけではなく、番組を起点として、取材先の人たちやそのテーマに関心を持つ人たち、そんなコミュニティの方々が親近感を抱き、次の取材につながっていくというエコシステムを作りたいと思っています。なので、チームとしても、毎週数値は見ているのですが、それだけではなく、Webでテーマごとのコミュニティのようなものを作る「みんなでプラス」という取り組みを通じてさまざまな意見を受け止め、取材につなげています。西日本新聞社さんが提唱したオンデマンド調査報道「あなたの特命取材班」(あな特)に近いものだと考えると、わかりやすいかもしれません。

また、NHKではないのですが、米国では市議会に市民記者を派遣し、そこから記事を作って、その記事によってどう市政が変わったのかをフォローして記述していくことで、エンゲージメントを測っている団体もあります。まさに「質」でのエンゲージメントですよね。

古田:僕もお話を聞いて、あな特に近いものがあるな、と感じました。先ほど髙田さんは、エンゲージメントは「量」から「質」へと変化しているとお話していましたが、僕も同意見です。

鈴木さんの話に戻りますが、エンゲージメントを測る手段があるとして、では「そのエンゲージメントは、どう設計したのか」という疑問が当然出てくると思うのですが、これについてはいかがでしょう。

鈴木:日経電子版のケースでいえば、もともとは2015年に買収した『Financial Times』(FT)のやり方を持ってきたんです。もちろんそのままではなく、日経の読者と合わない部分のパラメーターは調整しました。たとえば日経の読者は、FT読者に比べると、読む記事の本数が多いので、そのパラメーターを少し弱めたんです。

古田:そうした気付きはすごく面白いですね。日本の読者はすごく真面目に記事を読んでいるとかは、実はあまり国際比較できていないから、すごくいいデータだな。ぜひ公開してほしいなと思います(笑)。

エンゲージメントの根本にあるものとは

古田:エンゲージメントを考える上では、まずそのスタートとなる「最初の読者をどう見つけるか」といった話のほか、避けて考えることのできない「課金」などビジネス面の話も必要ですし、そもそも数値でエンゲージメントを測るのならば、データを分析できる「人材」も欠かせません。ですがここでは時間も限られているので、ひとまずエンゲージメントの考え方について、別方面から考えていきたいと思います。

たとえば僕がいたバズフィードでは、初期には記事の「シェア」を大切にしていました。もちろん今も大事にしていると思うんですけど、シェアって実は、必ずしも「良い」と思ってその行動に出るわけではないんですね。むしろ昨今は、誰かを攻撃するような記事、あるいは人の攻撃性を刺激するような記事の方がシェアされやすい傾向も見られるので、単純にシェアだけでエンゲージメントを測れるとは限りません。

そこで大切なのは、やはり「信頼」、読者がメディアをどれくらい信頼しているかということが、エンゲージメントのあるべき姿かと思います。そこでお二人に、お金を払ったり、あるいは快く取材に応じたりする「信頼」を醸成するため、それぞれのメディアでどのような取り組みを進めているのかお伺いしたいのですが、いかがでしょうか。

髙田:信頼は、エンゲージメントの前に、まずジャーナリズムの存在意義に関わる根本的な問題だと思います。だから信頼されるジャーナリズムを作るために、我々は何をすべきか——これをまず考えることが必要ではないでしょうか。

届けるべき人に届いていない、取材のテーマが偏っているといったことは、当然対処すべきで、そのためには何らかの窓口を設ける、またデジタルを活用してテーマに偏りがないか、生活者のコミュニティはどんなテーマに興味があるのか、オープンにしておくことが重要だと思います。NHKも、窓口をオープンにして様々なルートから視聴者からの意見を聞くようにしています。

古田:髙田さんは「NHK HUMAN」で、ドキュメンタリーをショート動画にして配信する取り組みをしていますが、どれも温かい視点で、僕も大好きなんです。これも信頼を醸成するのに貢献しているのでは?

髙田:2017年から始めた取り組みですね。このシリーズは、頑張っている人々の姿を届けることで、自身の向上心を高めたり、応援コメントを付けたくなったり、または自分の経験を共有したくなったりと、そういうプラスのベクトルに向かうように設計しました。何百万再生という動画も増えており、ありがたく思っています。

古田:髙田さんのお話は、新聞でいえば社会部ならではの信頼の構築だとは思いますが、経済メディアは信頼をどのように醸成し、どう測っていくのか、そのあたりについて鈴木さんにお願いします。

鈴木:信頼は「積み上げ」だと思うんです。何か一撃で信頼を得るのではなく、政治も経済も社会も、場合によってもスポーツも、あらゆる幅で信頼を得ていかないと、最終的に「このメディアを信頼して、対価を払おう」とはならないと思うんですよ。

実際ONAでも、The New York Timesが「政治だけでなく、ライフスタイルなど2つ以上のジャンルを読んでいると、エンゲージメントは確実に良くなっていく」という話をしていました。なので、特定のジャンルではなく、幅広く、かつ厚く積み上げていくということが目指すべきことであり、ゴールなのではないかと考えています。

エンゲージメントは、メディアの価値や理念につながっている

古田:そろそろ締めに入りましょう。髙田さん、古田さん、本日の議論であるエンゲージメントについていかがでしょうか。

髙田:私の場合、鈴木さんのようなデータ面に関してではなく、取材する立場からの話になりますが、冒頭に話したコミュニティで捉えていくことは重要だと思っています。もちろん個々人との信頼も大切ですが、個人の生活には必ずコミュニティがあるので、そのなかで話題になり、信頼や理解を得て広めていく視点は、いま以上にメディアのみなさんが持っていても良いのではないでしょうか。

取材していると、自ずとコミュニティが見えてくると思いますが、そのコミュニティが持つ情報ギャップや課題から記事を作ると同時に、自分たちがそのコミュニティにどういう風に関わってもらいたいのか、考えてコンテンツを設計していく。両サイドで考えて信頼関係を設計していくことが必要だと思います。

鈴木:私はエンゲージメントとは結局、KPI的な1つのスコアに過ぎないと思っているんです。基本的にはマーケティングを意識すること。マーケティングには、上から下へのファネルみたいなのがあるので、エンゲージメントスコアを計算するよりも、それを意識していくことがポイントだと思います。ブランドがあって、新規ユーザーがあって、何度も訪問する人がいて、そして最後にお金を払うお客さんになる——こういうポイントは必ずあるので、まずはその大枠を認識した上で、細かいKPIや数値を上げることを考えることが重要なのではないでしょうか。

古田:エンゲージメントの設計に関しては、「誰に何を伝えて、どういう価値を生み出しているか」を突き詰めて考えることが大切ということになるのだと思います。鈴木さんがおっしゃった「大枠」、まずそこを決めないと、そもそも数字だけでエンゲージメントというものを作ったとしても、それが砂上の楼閣になってしまう可能性が高くなるのでしょう。

僕はエンゲージメントやインパクトを考えることがとても好きなんですけど、それを考え出そうとすると、自分たちの存在意義を考えないといけません。また、自分たちの組織がそのビジョンやバリューを体現できるものになっているのか、普段の行動も規範に則って行わなくてはなりません。結局エンゲージメントを考えると、それは理念や戦略があり、そのうえでそれに従ったKPIがあるので、すべては一気通貫です。それを議論すると、我々のメディアの意義を考えるところに、基本に立ち戻ることになるのではないかと考えています。

(まとめ:岩崎史絵)

本記事は筆者と編集部の独自の取材に基づく内容です。スマートニュースの公式見解ではありません。

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