Media × Tech

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ユーザー体験向上が鍵 DX進め“スポーツ新聞の再発明”へ (3)スポーツニッポン【デジタル人材戦略】

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スポーツニッポン新聞社の江端浩人CDO。DX人材の育成へ、この春から情報経営イノベーション専門職大学でも教鞭を執る

デジタルメディアが定着して久しいが、めまぐるしく技術が進歩する時代に組織をアップデートし続けるのは容易ではない。テクノロジー人材の獲得、定着に向けた文化醸成、成長への動機付け。難課題に対峙する各メディアに人材戦略を聞いた。

■CDOの外部登用

エンジニア、マーケター、データアナリスト-。さまざまなデジタル人材の強化ポイントがある中で、スポーツニッポン新聞社(以下、スポニチ)は執行役員の外部登用を決断した。2019年5月、江端浩人氏をCDO(Chief Digital Officer)として迎え入れたのだ。

江端氏はITベンチャーの創業を経て、日本コカ・コーラ社バイスプレジデント、日本マイクロソフト業務執行役員、アイ・エム・ジェイ執行役員CMO、ディー・エヌ・エー執行役員メディア事業本部長、MERY取締役副社長などを歴任。デジタルメディアとマーケティングの領域で多くの実績を残してきた。スポニチのデジタル人材戦略は、強力なリーダーシップによる組織横断的なデジタル化と、現有スタッフを巻き込んでのビジネス変革を推し進める、経験豊かなキーマンを獲得することだった。

今後新聞がデジタル化し、紙の部数が減っていく中で、業界を成り立たせるためにはどうしたらよいか。江端氏はこの難課題に取り組むべく、まずは2018年5月からコンサルタントとしてスポニチ内外の調査分析を行い、事業計画を立案した。

「ゼロからデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)に参画できることに魅力を感じた」と江端氏。「スポニチは創刊70年超の老舗企業。これまで経験してきた中では、考えてみればコカ・コーラも世界的な老舗企業だ。自分は、老舗企業のデジタルシフトを手伝うことに向いていると考えている」

2019年4月にはDX本部を立ち上げ、翌5月には同社CDO・特任執行役員に就任。デジタル全般の動きを俯瞰し、会社横断的に統括する立場となった。

■エンゲージメントを高める

取り組むべき課題の中で、明確だったのは次のポイントだ。

スポニチは元より人気サイト「スポニチアネックス」(以下、アネックス)を運営しており、億単位の月間ページビューは右肩上がりで定量的指標は順調に推移しているとも言えた。だが、Yahoo!ニュースやLINEニュースなど外部メディアからの流入が大きく、「読者は記事を読んでいるが、スポニチを読んでいる意識がない」(江端氏)。ユーザーに自社ブランドをしっかりと意識してもらい、エンゲージメントを高める施策が必要だった。

また、紙の新聞販売事業において、発行本社は、直接読者と繋がってきたわけではなかった。顧客データは基本的に新聞販売店が保持しており、営業も新聞販売店が行う。江端氏はユーザーと直接繋がり、スポニチブランドの強化を図るために、会員制サイトの立ち上げを構想し始める。それは社内の意識改革にも有効だと考えた。「新しいプロダクトを社員に見せる方が早い」(江端氏)。

■スポニチスクエアの誕生

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スポニチスクエアのコメント欄イメージ。“スペシャルアンバサダー”のタレント・橋本マナミさんやスポニチ記者も登場する

組織的な課題は、社員をどう巻き込むか、だった。江端氏は社内人材の活用にこだわった。DX本部は専従チームを軸に、編集記者をはじめ各部署からの兼務スタッフで構成した。アネックスの運営、会員制サイトの企画開発のほか、マーケティング施策もDX本部が担い、データは毎日経営陣に送るようにした。

「(外部の)エキスパート軍団を社内投入して、垂直立ち上げをしようと思えばできる。短期的に儲けるならそれで良いが、しかし、スポニチの文化として将来的に根付かせるためには、社内の人間が取り組める仕組みを作らないといけない。この視点を重視している」 

DX本部が立ち上がってから10カ月後の今年2月、ついに会員制サイト「スポニチスクエア」(以下、スクエア)がオープンした。サイト名は公募するなど開発中も話題づくりを怠らなかった。

2サイトの役割分担はシンプルだ。コンテンツ配信は従来通りアネックスに任せ、スクエア側では会員のエンゲージメント向上策を徹底する。 

スクエアの無料会員になると、アネックスの記事にコメントを書いたり、記者とコメント欄で交流ができる。さらに、クイズやゲームコーナーなど再訪を促す仕掛けを散りばめ、サイトにログインするたびにポイントを加算。ポイントが貯まったユーザーは、プロ野球選手のサイン入りグッズなどプレゼントに応募できるといった具合だ。

オープンから約2カ月が経過し、毎朝の定期メールを通じてメルマガ登録者の約3割がサイトを再訪しているという。江端氏は「会員数はまだまだこれから伸ばさないといけないが、再訪率やリテンション(継続)率は想像以上だ」と手応えを感じている。

ポイント付与やユーザーアンケートはマーケティングの世界では常套手段だが、ここまで前面に打ち出すニュースサイトも珍しい。江端氏は「(新聞各社が)やらなかっただけでしょう。『どうやって配信されるか』『どうやれば響くのか』が重要で、ユーザーの利便性を追求している」。新聞社のデジタルシフトでは、コンテンツ中心の価値提供に偏りがちなところ、スクエアではプロダクトを通じた「ユーザー体験」の向上を主眼を置く。パーソナライズも視野に入っており、Gunosy社のタグ付アルゴリズムを活用した“おすすめ”機能も実装予定だ。

■リアルとウェブのクロス

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「うまくいかなければ違うことをやれば良い。正解は一つではない」と語る江端氏

スポーツエンターテインメントの未来について、江端氏は「ポイントはユーザーの巻き込みだ」と指摘する。

「一方的にコンテンツを流すだけでなく、ユーザーと双方向の付加価値が高まっている。紙の不振で自信を失っているが、ちゃんとデジタルに適応すれば強みは出てくる。スポニチには有名な記者や野球解説者もおり、ファンを集めて解説するとか、協賛イベントをユーザーにも解放して参加してもらうなど、リアルとウェブをうまくクロスさせたい」

新聞販売店とデジタルコンテンツの新たな“クロス”も、まさに実現しようとしている。3月に東京都港区麻布十番に改装オープンしたばかりの「江﨑新聞店」の実験店舗「Mainichi Ezaki lab.Tokyo=MEl.T」には、イベントスペースやYouTube配信設備が備わっており、「スポニチスクエア独自のコンテンツ配信などを検討している」(江端氏)という。

自身のコネクションを活かした、他社との協業企画も進んでいる。江端氏は、墨田区内に今春開学した「情報経営イノベーション専門職大学」の教授に就任。同大学は多数の企業との連携プロジェクト推進を掲げており、コラボレーションの間口はさらに広がる予定だ。「急に変わるより、着実に変わることが大切。時代の流れを追い続けると、どこかでうまくユーザーの需要とマッチする時が来るだろう。振り返ったらずいぶん変わったね、となれば良い」と江端氏。“スポーツ新聞の再発明”へ、ウェブにこだわらない総合的なDXを推し進めるつもりだ。

(撮影:山田 大一)

(撮影協力:情報経営イノベーション専門職大学)

 

www.mediatechnology.jp

 

著者紹介

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荒牧航(あらまき・わたる)

スマートニュース株式会社コンテンツアソシエイト。慶應義塾大学文学部卒業、千葉日報社にて記者、経営企画室長、デジタル担当執行役員を歴任。日本新聞協会委員としても活動後、2019年9月にスマートニュース株式会社へ参画。中小企業診断士としてメディアコンサルティング等にも携わる。

本記事は筆者と編集部の独自の取材に基づく内容です。スマートニュースの公式見解ではありません。