Media × Tech

「Media × Tech」ブログはスマートニュースのメディア担当チームが運営するブログです。テクノロジーを活用した次世代のメディアとはどういうものか? そうしたメディアをどうやって創り出していくのか、を考えていきます。

コロナ禍でも成果、フルリモート広告制作 利益生むオウンドメディアの鍵は?

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リモートで取材に応じる「minneとものづくりと」編集長の中前結花氏

4月7日、新型コロナウイルス感染症対策として、東京など7都府県を対象に緊急事態宣言が発令された。これによりIT業界を中心に多くの企業がテレワークになった。

満員電車に乗らなくていいことは大きなメリットだと感じた人も多いが、一方ですべての業務をオンラインで進めるには効率が悪いと感じることもあったのではないだろうか。また、新型コロナの影響下で売上が下がった企業や業界もある。

そんな中、手作り・クラフト雑貨などの販売・購入を楽しめる国内最大級のハンドメイド通販サイト「minne byGMOペパボ(以下、minne)」の事業部が運営するWebメディア「minneとものづくりと」が、フルリモート体制下で制作した記事広告で高いPV数を記録し好調だと発表。minneを運営するGMOペパボ株式会社は、緊急事態宣言発令よりもかなり前、2020年1月末時点で全社テレワーク移行を決断していた。

写真撮影なども伴う記事広告の制作進行を、急遽すべてオンラインで行うことになり、苦労はあったはず。それでも良い成果をあげることができたのは、どのような工夫によってだったのか。「minneとものづくりと」編集長の中前結花氏に話を聞いた。(Media×Tech編集部)

 

「一緒につくる広告」フルリモート体制でも実現できた

——急遽フルリモート体制になりましたが、順調に移行できたのでしょうか?  

フルリモート体制は、コロナ対策としてとても有り難いと思いました。ただ、本当に急だったので全然準備ができていなくて。正直、進行中の案件を完全にリモート体制に変更するのは大変でした。「minneとものづくりと」の記事広告はこれまで、企業から商品を弊社の編集部に送ってもらい、それを作家さん(編注:minneに登録しハンドメイドの作品を販売しているクリエイターのこと)に届け、商材を使用したり、商材のイメージから着想して、プロモーションのために作品を作り下ろしていただき、一緒に広告クリエイティブを制作をするという流れだったからです。

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ニベア花王とのタイアップでminne作家が作り下ろした刺繍作品

minneには現在65万人以上の作家さんがいます。私達メディアは「65万人の編集部」だと思っていて、常に作家さんと一緒に広告をつくるということを意識しています。

それが急遽、フルリモート体制により商品を直接届けたり、取材に出向くことができない、物理的に一緒につくることができない、ということになり不安もありました。しかし制作過程を変更し、なんとか乗り越え「懐かしくって新しい、手帳やノートがたのしくなる『クーピー マーカー』」(クライアント:サクラクレパス)をリリース。これが非常に好調でした。今年5月2日に公開し、10日間の合計PV数が80,218でした。これは記事全体の平均PVの7倍超えの数字です。

 

——具体的にはどのような制作過程の変更がありましたか? 

まずインタビューや打ち合わせはオンラインミーティングツールを使用し、記事広告に使用する商品は、作家さんのご自宅に送付。作家さんによって作品が制作されたら、編集部の各自宅へ送付していただきました。その作品を編集部カメラマンが撮影。

これはフルリモート体制で、5日という短期間で制作しました。完全フルリモート体制でも、工夫次第でとてもいいものが作れるということがわかりました。

急な制作過程の変更に最初は戸惑いましたが、慣れるとむしろ、今後は作家さんを所在地と関係なくスカウトできる!と思えて非常に嬉しかったです。これまでは作家さんのご自宅やアトリエに出向いて取材撮影や打ち合わせを行なっていたので、どうしても東京近辺にお住まいの、会いに行ける作家さんを中心に依頼していました。フルリモートという制約ができたことで、打ち合わせはビデオ通話ですぐにでき、依頼の敷居が下がるーーこういった新しい可能性が広がったことはよかったです。

 

——クーピー マーカーの記事広告のPVが好調だった理由は何だと思いますか?

クーピー マーカーの記事に関しては、7人の作家さんとコラボしました。それぞれの作家さんがSNSで拡散してくれて、ファンの皆さんの目に止まったというのがあると思います。実際、他の記事よりもSNSからの流入が多かったですね。

もちろんクーピー自体の商品力もあったと感じます。SNSでも「クーピーなつかしい!」「クーピー マーカーかわいい!」という声が多く見られました。

広告出稿、リピート率70%超え

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記事広告のためにminne作家が制作したスタンプが、商品ポップ(写真左上部分)に採用された事例。作品の質の高さとクライアントの満足度がうかがえる

——フルリモート体制だったから好調、というわけではなく、普段から記事広告は人気なのでしょうか? 

はい。フルリモート体制だから、というよりも、フルリモート体制でも工夫次第で良いものを作れることがわかったという感じですね。

「minneとものづくりと」の特徴とも言えるのですが、じつはこれまでも普通の記事より記事広告のほうがPVが高いんです。SNSで「何度も読んでしまう」「感動した」などと記事広告を評価してもらえるのは、非常にめずらしいことだと思います。多くシェアされる理由は、「クリエイティブ」のクオリティかなと予想しています。3つの要素があり、まずは作家さんたちが作り下ろす作品の質の高さ、次にその作品の魅力を最大限に引き出す写真の美しさ、そして、共感を呼ぶエモーショナルな執筆です。

全記事、専属カメラマンと専属ライターで制作している、というのも大きいかもしれません。クライアントから「同じ方に撮影いただけるんですか? 執筆いただけるんですか?」という問い合わせを頻繁に受けます。そのような制作方法なので、他にはない独自の企画を実施することができています。広告用に作品を用意していただき撮影しているので、記事に使った作品や写真は頻繁に「買い取りたい」とクライアントから依頼されます。そしてその写真を販促で利用したら売り上げがあがったという話も多々聞きます。

記事広告出稿のリピート率は、受注開始した2018年7月以来、70%を超えていて、非常に高評価をいただいています。

 

——広告として取り扱う商材はどのように選んでいるのですか?

大前提としては「心からいいと思えるもの」です。大手のブランド様の商品でも、必ず編集部に送っていただき、実際に使ってみてから扱うかどうか最終決定しています。

文具など、使い勝手がわかりやすいものは特に気をつけないといけません。だって「minneとものづくりと」でいい商品だと紹介されていて、好きな作家さんも使いやすいと言っていたのに、実際使ってみたらすごく使いづらい商品だった……なんてことになったら、悲しいじゃないですか。

 

——広告出稿を断った商材などはありますか?

そうですね、お断りしていることもあります。たとえば最近だと効果の説明が難しい健康食品や、特定の地域にしかない教室などです。商材自体はいいものでも「minneとものづくりと」とマッチしないものは結局売れないので、最初からお断りするべきだと考えています。

読者とマッチするかというのは非常に重要で、マッチすれば高い効果をお戻しする自信があります。たとえば以前、「お花の定期便」サービスを複数の作家さんの花器とともに紹介したんですが、その記事広告を閲覧した4人に1人がサービスサイトを訪れ、1週間で200人以上のクレジットカード登録(本申込み)という、非常に良い結果を出すことができました。暮らしを充実させたい、という読者層にマッチした事例だと思います。

作家さんの仕事をつくりたい

——自社サービスやアプリがあるオウンドメディアで、記事広告を扱うのは、あまり一般的ではありません。なぜ扱うようになったのでしょうか? 

前身の「minne mag.」を2018年にリニューアルして「minneとものづくりと」になったんですが、記事広告はそのタイミングで始まりました。

まず想いとして、メディアをPVやminne本体への送客という役割だけでは終わらせたくなかったというのがあります。minneの手数料ビジネス以外の価値と収益を生みたいと思いました。

minneは、ものづくりを行う作家さんが65万人以上、そしてものづくりに興味や理解のある購入者の方が集まっているプラットフォームですので、「ものづくり」というキーワードでセグメントされた、とてもPRに有効な場です。

そのminneという資産をうまく使いつつ、広告費という部分でマネタイズをするという目標。そしてメディアを事業化させたい、と。やっと最近はうまく行き始めましたが、最初は私自身も片手間で運営に携わっていました。

次に「作家さんの仕事をつくりたい」という気持ちがありました。いい商材をもつ企業と、素敵な作品をつくる作家さんがコラボすることで相乗効果が生まれ、魅力的なPRを打つことができます。記事広告の協力を作家さんに依頼する際、弊社から制作費をお支払いしているので、広告という取り組み自体が作家さんの新しい「仕事」になっていますし、加えて、この取り組みを「ポートフォリオに書ける」ということも大きなポイントです。

作家さんが弊社経由でクライアント、特に多くの人が知っているナショナルクライアントの仕事を受けたことをポートフォリオに書くことができれば、作家さんのキャリアになります。それが、「こんな仕事を受けている作家さんなら安心」という材料になり、作家さんへのお仕事が増えていくこともあります。実際「本を出すことになりました」「テレビに出ることになりました」というお知らせをよくいただきます。そういうのが非常に嬉しいですね。

私自身のことですが、じつは過去には「広告」に対して「過剰に褒めなければいけないもの」という苦手意識がありました。でも実際に商材を手に取りながら作家さんと一緒に記事広告をつくると、そんなことはなく、ありのままを語ることで、自分でもびっくりするほどいいものがつくれたんです。広告とセットで「アンケート実施」などのメニューもご提供していますが、作家さんを中心に数千単位の回答が集まりますし、それが企業にも大変喜ばれていて、実際に商材に反映されていきます。こういうものならやりたいな、と素直に感じることができました。

 

——作家さんを選ぶのはどのような基準があるんでしょうか?読者モニターのように、募集する形? 

いえ、完全にスカウトですね。

私は常に作家さんの作品、会ったことがない方も含めて、minne上はもちろんSNSでもいつも追っています(笑)。だから企業からお話をいただいた時、もうその場で「この商品ならあの作家さんが素敵なものをつくってくれそう」というのが頭に浮かぶことも多いんです。

メディアのゴール=多角的&長期視点

——中前さんは社内で一番minneの作品を買う、とどこかで読んだことがあるので「さすが」と思いました。続いて「片手間で運営」していた時期について聞かせてください。モチベーションはどう維持しましたか?

そうですね、モチベーション維持は非常に難しかったです。弊社だけでなく、片手間でオウンドメディアを運営する企業って結構ありますよね。KPIの設定も難しいし、例えばPVが伸びても売り上げに貢献していないと判断されたら風当たりが強い。

とにかくWebメディアは目先の数字をゴール設定しないことが大事だと思います。PVで一喜一憂しないように、ブランディングや事業化のタネとしてなど多角的な視点で、そして必ず長期視点でみることが重要です。しかし、社内のみんながそう理解しているかと言うと違うと思うので、私はそのことを周囲に説いてまわっていました。理解してもらうように行動することも大切だと思います。

モチベーションに関しては、私自身メディアをやりたくて入社したので維持できたところもあると考えています。「やりたい」という気持ちが一番大切かもしれません。やりたいと伝え続けた結果、専業でできるようにもなりました。

 

——現在の編集部の体制を教えてください。

過去は全員が兼務だったのが、今は専業のライターが私を含めて2人います。あとは外部のライターが1人、カメラマンが1人、ディレクターが1人、事務まわりを手伝ってくれるアルバイトが1人いる、という体制です。もし新規で採用するなら、提案営業ができる方がいると心強いですね。

 

——メディアのKPIは何ですか?

事業のKPIはオウンドメディアの広告の売上額とPV数です。目標であった事業化ができて嬉しいのですが、社風的にも「目標は常に高く」という感じなので、KPIも安易には達成が難しい数字です。それでも過去に比べたらとてもうまく回りはじめています。KPIも何とか達成できるのではないか、というところまで来ました。

KPIでなくても、それを構成する要素として、全ての記事の満足度は細かく見ています。PVや読了率も見ていますし、記事によってはコンバージョン率を追うこともあります。特徴としては記事広告は常にCTRが高いことですね。他媒体では恐らく「高い」と言われるような、CTR12%とか出ても「いつもより低いね」という感じだったりします。

 

——どのように広告案件を取っていますか?

初期は代理店の行脚や、こちらからメーカーへ問い合わせフォーム経由で営業するなどもしていましたが、最近では直接オファーをいただくことが増えてきました。「minneと何かしたい」「ハンドメイド界隈ではこういうニーズありますか?」というご相談から始まり、こちら側からコンサルティング的なことを提供し、広告につながるパターンが多くなっています。

ポストコロナ、企業や商品の思想を伝えたい

——今回新型コロナで急に体制が変わりましたが、今後の中長期的な方針はありますか?

現在は社会的に新型コロナの影響を受けている真っ只中ですが、minneも「minneとものづくりと」も売り上げは好調です。70%強のリピート率も低下なく継続して新規のご依頼もいただいています。

この先、新型コロナの影響が、パタッとなくなるわけではありませんよね。「ポストコロナ」「withコロナ」という社会では、これからも引き続き家にいる時間が長くなり「より、自分にフィットするものがほしい」というニーズが高まっていくのではないかと考えています。

minneはもともと「これが欲しい」ではなく「何かいいものがあるかな」という、購買意欲だけを持って訪れてくれるユーザーが非常に多いサービスです。他のECとはそこが大きく違います。「minneとものづくりと」でも、そういった層に対して商品の価格や使い方だけではなく、商品のストーリーを届けることを強く意識しています。

多くの人のモノの選び方が変わるーーこれまでのように、ふらりとお店に寄って「これでいいや」で買う体験から、モノをつくっている作家さんや企業の思想や取り組みなどを重視し「これがいい」とこだわって買うーーこんな風に変わっていくのではないか、と考えています。

そういった社会で「minneとものづくりと」は、企業や商品の思想をメディアを使い、うまくストーリーで伝えられる媒体でありたいです。「65万人の編集部」である私たちには、それができると思っています。

(取材/有野寛一 原稿まとめ/桜口アサミ)