Media × Tech

「Media × Tech」ブログはスマートニュースのメディア担当チームが運営するブログです。テクノロジーを活用した次世代のメディアとはどういうものか? そうしたメディアをどうやって創り出していくのか、を考えていきます。

プロダクトとしてのメディア ——「ビジネスとしての仕組みづくり」を考える

ビジネスベースのメディアの運営に求められる要素は何か? オンラインメディアで、広告収入頼みからサブスクリプション(購読)などへの転換や変化が続く。そこで、メディアをプロダクトとして考え、運営するとはどういうことか、「ダイヤモンド・プレミアム」を推進する筆者に解説してもらう。(編集部)

変化した「ダイヤモンド・オンライン」事業

2021年8月に本メディアに「サブスクメディアのKPI設計とは?——『職人芸』から『予測』へ」を寄稿しました。それから1年、その後も順調に「ダイヤモンド・プレミアム」(以下「プレミアム」)の有料会員は伸び続けています。また、好調なのは購読会員数(サブスク)だけではなく、広告事業などを含めた「ダイヤモンド・オンライン」の事業全体が成長を続けています。

■ ダイヤモンド・プレミアム

その要因は、ビジネスモデルも含んだダイヤモンド・オンラインというメディア全体の変化にあります。先日掲載された「サブスクモデルでコンテンツ本来の価値提供を目指す——『ポストCookie時代』のメディア②」で、ダイヤモンド編集部の編集長・山口圭介自らがこう述べています。

うちは、サブスクのスタート後に、PVを主要な目標にするのをやめました。「会員を育ててビジネスを大きくする」というビジネスモデルに転換し、無料会員/有料会員、そしてアクティブなユーザーを増やすことを最重要KPIとしたんです。

何がどう変化したか?

2019年6月にプレミアムを開始して以降、ダイヤモンド・オンラインでは、全体の分析が進み、最終的にはコンテンツや読者ペルソナ、KPIなどメディアのあらゆる面で見直しが図られました。その結果をまとめたのが以下です。

■ダイヤモンド・オンライン事業の変化

結果として、無料会員の総数においてもプレミアム導入以前は60万人台で伸び悩んでいたものが、プレミアム後は、無料会員の新規獲得やリテンションが急激に進み、約1年半で80万人台へと到達しました。メディアの構造が変わったことで、ダイヤモンド・オンライン全体の数字が大きく伸びているのです。

プレミアム以前のダイヤモンド・オンラインは、コンテンツもオーディエンスも幅広いターゲットとなっており、言ってしまえば「何でもあり」な状態でした。それはひとえにPVを稼ぐことでアドネットワークで収益をあげるというビジネスモデルだったからです。
アドネットワーク中心となれば、企業分析系の記事で稼いだPVも、健康に関するトピックで稼いだPVも、収益上はほぼ等価であり、ならばよりPVが稼ぎやすいコンテンツが多くなるのは自明の理でした。トピックが散漫であれば、当然対象読者も散漫になり、ターゲットが絞れなくなります。

一方プレミアム後は、有料会員に関する領域だけでなく、ダイヤモンド・オンライン全体で見直しが進みました。「サブスク(購読収入)+会員を活かした広告収入」の優先順位を上げたことで、オーディエンスもそれに合わせてある程度絞られました。潜在的な有料会員候補だったり、広告事業と相性の良い属性をターゲットとすることになりました。それに伴い、コンテンツも有料会員・無料会員が好む専門性の高い記事が増えました。ビジネスモデルが変わったわけなので、当然KPIもPVから会員の新規獲得や会員のMAU等に変わりました。

ここで重要なのは、「KPIはPVより会員獲得数やMAUの方が良い」、「コンテンツは専門性の高い方が良い」ということではなく、

コンテンツ−オーディエンス−ビジネスモデルは三位一体

ということであり、どれか一つ「だけ」を変えることはできないということです。

プロダクトとしてのメディア

ビジネスモデルとしてサブスク(ダイヤモンドの場合、プレミアム)を採用する際、PVを稼げるような「万人向けのコンテンツ」では月額課金の壁を超えるユーザーは少ないでしょう。
一方でサブスク向けの専門性の高いコンテンツは、お金を払ってでも読みたいというユーザーを一定数集められますが、アドネットワークの収益で媒体を維持できるほどのPVは稼げません。

この「コンテンツ−オーディエンス−ビジネスモデル」の三位一体の関係を「プロダクトとしてのメディア」と呼ぶことにします(以下の プロダクトとしてのメディア 参照)。

■プロダクトとしてのメディア

先述の通り、この3つの要素は互いに規定し合うため、ある要素を変えると他の要素も「結果的に」変わります。

ビジネスにとっての仕組みづくり

複数のビジネスモデルを持っていたメディアが、短期的な事業の拡大を求めて「PVの稼げるコンテンツ」に注力した場合、当然オーディエンスもそれに応じた、ありていに言えば「マス」に近いものとなります(以下の 相互規定の例 参照)。

■相互規定の例

そうすると複数のビジネスモデルがあったとしても、そうしたPVをベースにしたビジネスモデルのみが拡大し、他のビジネスモデルが育たない、もしくは注力しなくなるケースが出てきます。「PVの稼げるコンテンツ」の部分を「有料会員獲得が見込めるコンテンツ」に変えても本質的には同じことが起きます。
オーディエンスは課金の壁を超えうるユーザーに限定され、大量のPVがないと稼げないようなビジネスモデルはその媒体からは淘汰されるでしょう。メディアごとのビジネスに沿った仕組みづくりが重要になるのです。

ダイヤモンド・オンライン以外で具体的な例をあげると、近年の朝日新聞デジタルにおける変化があります。
先日、朝日新聞デジタルにおける無料会員制度の廃止と朝日IDへの統合が発表されました。この発表以前から無料会員が読める記事は減少しており、実際、withnewsに掲載された「『読者の言いなりか』 批判受けても新聞社がウェブメディア続ける理由」で朝日新聞デジタル編集長の伊藤大地氏がこう述べています。

朝デジではつい最近まで、配信記事全体の8割が無料で読めました。にもかかわらず、読者から料金をいただく構造になっていた。そうしたウェブサイトにお金が払えるのか。この根本的な問題を解決する必要があり、現在はほぼ全ての記事の閲覧が有料になっています。

「新聞」メディアにおける構造変化

新聞(のオンライン版)では、

  • コンテンツ:無料で読める様々なカテゴリのコンテンツ
  • オーディエンス:一般大衆
  • ビジネスモデル:オンライン広告

という3要素の構造が長年続いてきましたが、これはおそらくオンラインメディアの中で最も嚙み合わせの悪かったパターンの一つでしょう。日刊紙の記事は、当然ながらウェブでPVを集めることに特化したコンテンツではありません。

印刷版の新聞という「プロダクト」を紐解くと、

  • コンテンツ:様々なカテゴリのコンテンツのパッケージ
  • オーディエンス:一般大衆
  • ビジネスモデル:販売店を通じた宅配型定期購読+広告

という3要素に分解できます。

特にコンテンツ面の特徴は、個々の記事そのものより、「政治から事件の速報、スポーツに至るまで、新聞が1部あれば昨日までの話題がおおよそつかめる」というパッケージ性にあります。事件の第一報を伝えるような短いけれど速報性が重要な記事もあれば、政治の裏側を追う連載記事もあります。単に話題のバラエティ性だけではなく、記事の性質に関しても新聞にはバラつきがあるのです。
それらは「パッケージされたコンテンツが毎日手元に届く」というビジネスモデルゆえに許容されていたバラつきであり、オンラインで個々の記事に分解され、かつPVで評価されてしまうと、速報以外の手間の掛かった記事は「手間のわりにPVが稼げない」といった評価になってしまいかねません。

では単に全ての記事を有料にすれば良いのか。先述の通り、広告モデルからサブスクモデルへとビジネスモデルが変化するのなら、コンテンツもそれに合わせて変えることが必要です。
従来の新聞記事の構成はいわゆる「逆三角形」(▽)であり、重要な情報ほど記事の前半に寄せられる傾向にあります。ところがサブスクでは記事の前半は無料、後半は有料会員のみ、という形が求められます。その場合、前半はいかに読者の興味関心をひきつけるか、後半はいかにお金を払ってでも読んでよかったと思わせる内容にするかが重要となります。いわば「正三角形」(△)の構成となり、従来の新聞とは逆となります。

そうしたコンテンツのつくり方も含めて、サブスクに最適化していくことで、「プロダクトとしてのメディア」の構造が洗練されていくのだと思います。

プロダクトマネジメントの実際

このように、メディアをビジネスモデル込みで捉えた「プロダクトとしてのメディア」としてコントロールしつつ育てるのは、SaaSビジネスの語彙を借りれば「プロダクトマネジメント」と呼べるでしょう。個人が担うものであればいわゆる「プロダクトマネージャー」でしょうし、組織であれば「プロダクトマネジメント部」などになります。

ダイヤモンド・オンラインの場合、私が22年3月まで所属していた「オーディエンス開発部」という部門がプロダクトマネジメント部にあたります。「オーディエンス」と名が付くものの、業務上はまさにプロダクトマネジメントに近い役割を担っています。どのような記事が会員獲得に貢献しているか、特集は狙い通りの読まれ方をしているのかといったコンテンツとオーディエンスの間を結ぶ分析を行ったり、サブスクや広告事業の予実管理を行い改善施策を打つ、などの機能を持っています。

現状では、「プロダクトマネージャー」はエンジニア出身、かつBtoBのSaaSプロダクトを管理しているケースが一般的です。メディアにおけるプロダクトマネージャーというケースはまだ少ないと思われますが、「米メディアで編集長格のプロダクト責任者も 古田大輔氏インタビュー 後編」では、海外メディアにおけるプロダクトマネージャーの例が述べられています。

米メディア「The Texas Tribune」では、編集長格でプロダクト責任者を置いて、そして会社のサービス全体をプロダクトとして見立てる考えをしていました。読者に課金してもらったり、寄付をしてもらったりするためには、全体を愛してもらわないといけません。そう考えると、編集長と同格クラスのプロダクト責任者がいた方が良いと僕も思います。

また、「『コンテンツ伝達』を担うのは誰か?ーーデータアナリストが語る、Webメディア成長戦略(前編)」では、メディアにおけるプロダクトマネージャーの役割が、

複数のスキルを持ったメンバーの連携をとって優先順位を決めて施策を実現し、Webメディアのコンセプトと方向性を言語化し、事業・財務指標を管理するPM(プロダクトマネジメント)スキルを担う存在

と、具体的に書かれています。

プロダクトマネジメント機能の最適配置

こうしたプロダクトマネージャー、あるいはプロダクトマネジメントを行う部門が、編集部などのコンテンツ制作に責任を負う部門から独立しているべきなのかは議論を呼ぶポイントです。

もちろんそのメディア自体がスタートアップである場合、当然人的リソースの制約から編集長≒プロダクトマネージャーになるでしょう。そうした例外を除けば、基本的に「規模が大きく、またコンテンツ制作の専門性が高い」メディアであればあるほど、コンテンツ制作部門とプロダクトマネジメント(マネージャー)とは、分離した方が良いと思われます。

理由は2つあります。

  1. コンテンツに高い専門性が求められるのであれば、当然その全体を見つつコンテンツに責任を負うスタッフは貴重であるため、コンテンツ制作に特化したほうが効率が良いから
  2. プロダクトマネジメントという業務の性質上、その業務は多岐にわたる。データ分析に基づき事業の売上を予測し、サイトやアプリの改善を行ったり、またコンテンツ制作側とコンテンツの見せ方について調整したりと、ルーチンワーク化できる領域は限定的である。これはコンテンツの専門性が高い(=オーディエンスが絞られる)場合やメディア規模が大きい場合により顕著である。そのため兼業ではなく専門人材を置いたほうが最終的には効率的だから

強みを発揮するマネジメントを

最も大事なのは、自分たちのメディアの最大の強みは何かを理解し、そこを軸にプロダクトとしてのメディアを設計することです。それがバズ狙いのメディアであれば、「自分たちが考える面白いコンテンツとは何か」かもしれませんし、報道を重視したメディアであれば「自分たちが伝える意義のある事象は何か」かもしれません。そこがはっきりしていれば、ビジネスモデルにコンテンツを合わせることも、コンテンツにビジネスモデルを合わせることも矛盾はなくなるはずです。

規模や環境の変化に合わせて、プロダクトとしてのメディアは変化していくでしょうし、時にオーディエンスすら大きく変わるかもしれません(印刷メディアのデジタル化では特に)。
本来そのメディアが持つ強みを発揮し続ける構造がある限り、そのメディアは本質的には、変わらず生き残り続けていくと言えるのではないでしょうか。

著者紹介

伊藤海彦(いとう・うみひこ)

株式会社ダイヤモンド社 CTO室所属

アイティメディア、ライフネット生命保険でデータ分析・ビジネス企画を担当。2019年8月ダイヤモンド社入社。2022年4月よりCTO室で全社のDXを推進。