Media × Tech

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データ活用で描く“新聞の再定義” 毎日新聞社、デジタル人材採用で変革加速へ

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毎日新聞社のDXについて語る高添博之氏

「コンテンツファースト」を掲げての素材管理システム一新、サブスクリプション会員のデータ管理内製化、最前線の記者が登壇する会員限定オンラインイベントなど、近年、編集部門中心に着実にデジタル化を進めている毎日新聞社。1872年創刊、現存する日刊紙の中で国内最古である同社が、次の4年間で本格化させようとしているのが「会社全体のデジタルトランスフォーメーション(DX)」だ。前DX委員会委員長で、「デジタル推進本部」準備室事務局長の高添博之氏にビジョンを聞いた。(Media×Tech編集部)

「コンテンツファースト」と「統合編集」

--これまでのDXの取り組みは?

2018年に経産省がDXレポートを発表後、世の中が「DX、DX」となって毎日新聞としてもDX、特にサブスクに注力しようとなった。とは言え、紙媒体の売上が大半を占める一方で、デジタル事業の売上は数%。最重要は紙であることに変わりない、という意見が当初は多かった。

大きなマインドチェンジが起きたのは、2018年12月、新しい素材管理システムをリリースしてから。

それまで、まずは紙の新聞のためにコンテンツを作って、その後、デジタル展開を検討していたが、それではデジタルの世界でプレゼンスは高められない。全社的に議論を展開し、紙かデジタルかではなく「コンテンツファースト」の統合素材とする発想で設計したのが、この「MIRAI(ミライ)」と名付けられた新しい素材管理システムだった。

「コンテンツファースト」は、紙を優先するか、デジタルを優先するかといったアウトプットする媒体にこだわらず、より質の高い「統合素材」を作り活用するという考え方。先にデジタルにコンテンツを出して、それを加工して紙に掲載するケースが、いまでは主流になりつつある。

--「MIRAI」にはどのような機能が備わっているのか?

記者が原稿を作成するときは、必ず出稿予定を立てる仕組みをMIRAIに入れた。どんな内容で何時に何行の原稿を出しますとか、あるいはこの記事には写真が付きます、といった情報を入力し、登録した時点で、どの社員でもその情報を共有できる。以前は、記者やデスクが紙ベースで出稿予定を書くと、(レイアウトを担当する)整理やデジタルなどの他部署に順番に時間をかけて伝わっていく形だった。今は記者がMIRAIに出稿予定を登録すると、一斉に伝わる。

このおかげで、デジタル編集チームでいうと、以前は記事が届くまで動き出せなかったが、今は記事が届く前からタイトルを考えたり、関連記事を集めたり、外部配信先とコミュニケーションを始めたりできるようになった。

出稿予定は前日、あるいは前週から登録される場合もあるので、全国の支局が予定を素早く把握して、各県の関連取材を進められるようにもなった。(MIRAIは)ブラウザで使えるクラウド型ツールなので、ゲラチェック(校正刷の確認)も記者のモバイルPCやスマホでも可能になり、リモートワークにもスムーズに対応できた。

--組織の変更も?

2018年10月、デジタルメディア局内にあったデジタル編集チームを編集編成局に移し、(新聞のレイアウトを担当する)整理部をデジタルと統合して、編成センター化した。「統合編集」と呼ばれるものだ。

その時点ですでにデジタル編集チームはリアルタイムの数字やソーシャルの数字など、さまざまなデータを確認しながら仕事をしていたが、紙の部隊はそれがなく、紙面を編集制作して終わりだった。しかし、統合編集を始めてから、編集局内でも、例えば、サブスク強化を目指すにあたって「自分たちの記事がどれだけコンバージョンして会員獲得に貢献したか」「既存会員にどれだけ読まれたか」などを解析するようになった。

支局も含めて全国津々浦々まで浸透したかというとまだまだ十分ではないが、本社のデジタルの前線部隊は、ユーザーの反応を見ながら「ちゃんと読者に刺さるコンテンツを作っていこう」という意識に変わっている。

--データの見方はどう養っているのか?

社内で勉強会を開催して、たとえば「今週はこの記事が会員登録のコンバージョンに大きく貢献した」「では、そのコンテンツはどうやって書いたのか」といった知見を積み重ねている。分析ツールは、PIANOとGoogle Analyticsを活用して、エンゲージメントなどの指標を設けて、記者へのフィードバックを行っている。

記者が関心のあるテーマをプロダクトアウトで書くのではなく、どれだけ読者に届いているかの指標に変えていくことが重要。かつては、新聞の1面で”特ダネ”を掲載することが記者のステータスだったが、今ではデジタルで成果をあげたことを評価する流れができていて、社内表彰でもデジタル関連で大きな賞が出るようになっている。

 

エンジニア部門強化とユーザーデータ

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若手エンジニアと打ち合わせる高添氏。エンジニアのほとんどはリモート勤務だ

--DX委員長就任以前はデジタルメディア局長を務めていた。デジタルメディア局時代の成果は?

2019年1月にデジタルメディア局長になったとき、最初に手をつけたのが、エンジニア部門の強化だった。エンジニアを内製化することが、最も事業のスピードアップにつながる。外注して作ると、時間もコストもかかる上、思ったようなものが出てこなかったりするからだ。

当初局内にエンジニアは数人だったが、今は15人。エンジニア部門を強化したことで、サブスク事業の根幹となる会員課金管理システムの内製化にもつながった。これが一番の成果だ。

会員課金管理システムは、かつては共同通信社が提供する加盟社相乗りのシステムを使っていた。だが、相乗りなので開発が各社順番待ちとなり、なかなか自分たちのタイミングで開発が進められなかった。

そこで2018年、英国の企業が提供するシステムに切り替えた。これはサブスクの価格設定や会員管理、認証、決済などがパッケージで提供される仕組みだった。この導入によってサブスクプランの多様化やキャンペーンの実施が速やかに進み、会員数が右肩上がりに増えた。

しかし、パッケージであることの問題もあって、どういうユーザーがどういう風に会員になったかといったデータも丸ごとこのシステムの中に蓄積されており、我々の手元にデータがない状態だった。

そこは我々で管理したいという思いがあって、実現するためにはシステムの内製化が必要であるという判断に至った。サブスクプラットフォームであるZuora社のSaaSを基盤として、会員登録フローやユーザー認証、社内オペレーター向け管理ツールを内製でつなぎ込み、今年2月にリリースした。

これにより、自社でユーザーデータを管理できるようになったほか、問題が発生しても社内リソースですぐに改修できるようになるなど俊敏性が大きく向上した。エンジニアが社内にいたからできたことだ。

さまざまな試行錯誤を経て、サブスク事業の売上はここ数年で3倍になった。サブスクビジネスは引き続き伸びているが、ただし(成長率は)鈍化しており、今後は“サブスク決め打ち”ではなく、柔軟に戦略を考えないといけない。「桜を見る会」など(特定テーマ)の報道でコンバージョンが伸びたケースもあるが、それら一辺倒で事業がスケールするかというと、それは難しい。潜在層にリーチする戦略を考えないといけない。

“紙起点”からの脱却、新たな価値の創出へ

--これからDXで取り組むことは?

編集としてのDXは進んだが、新聞社は編集だけではない。毎日新聞社全体を見渡すと、DXがあまり進んでいない。よって、会社全体のDXを実現することが私のミッション。新聞協会のデータを見れば分かる通り、紙の部数の落ち方がものすごい。テキストコンテンツをユーザーに届けることで言うと、必ずしも新聞を通してでなくてもよくなった。社会の形が変わったということ。これに対応するためには、新しいビジネスモデルを作って、新たな価値を生み出していかないといけない。まさに、DXレポートで言う「2025年の崖」に立ち向かう必要がある。

新聞社にはさまざまな部署があり、多くの「資産」がある。それらをデジタル化して、新聞社をトランスフォーメーションしていく。新聞社は、いわゆる新聞だけを売っている会社でなくてもよい。事業領域を変化させる例は他業種でもあるだろう。

その肝になるのがデータ活用だが、残念ながら新聞社が保有するデータは(部署別に)サイロ化してバラバラのため、現在は生かされていない。今後は、これらのデータを一元管理して、そのデータを活用して新しいビジネスの構築を目指す。保有するデータの中で、一番大きいのはニュースサイトの購読データ、あとは(イベントなどを企画する)事業系の参加者データなど。現在の組織体制はすべて“紙起点”になっているので、データ活用により新しいビジネスを作っていくためには、会社の方向性や組織のありようを変革する必要がある。

--新しくした会員管理システムに、他部署のデータも一元化していくということか?

会社全体でのデータビジネスを本格化するにあたり、まずは自前の会員管理システムを作った。これを軸にしてデータを使ったマーケティングを広く展開し、全社的なDXを実現していこうと考えている。

ただ、こういったビジョンの実現に向けて、デジタル人材の確保に大きな課題がある。中途採用、新卒育成、(既存社員の)再教育をやっていかないといけない。これまでは新聞社は記者を一番多く採用してきたが、これからはエンジニアやデジタルのディレクター、マーケターを中心に採用していく必要がある。また、エンジニアにより良く、長く働いてもらうためのマネジメントも重要だ。

そして新しいビジネスモデルを構築していくためには、DX組織が、企画推進する実行部隊であるべきだ。“紙起点”でできている会社全体の構造を、大きく変えるには、既存の組織との調整など、問題が山のようにある。そこで、弊社では、より権限を持って壁を取り払っていくために、この10月に、私が委員長を務めていたDX委員会を発展解消し、社長室直轄で「デジタル推進本部」準備室を立ち上げた。

とにかく、スピード感が重要だ。これからエンジニアやサイトディレクターら、デジタル人材の数を3倍にしたい。4年後にはDXが完了して、新たなビジネスが回っている状態を目指している。

DXの狙いは各社でまちまちだと思うが、「新聞社DX」のひとつのゴールは、読者とつながりをより強く持つこと。新聞離れが叫ばれる昨今だが、デジタル技術を活用することで、同じ悩みを抱く新聞各社が協力し合い、「新聞」というサービスの再定義を行っていければと願っている。

 

聞き手:Media×Tech編集部(三木 鉄也)


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