Media × Tech

「Media × Tech」ブログはスマートニュースのメディア担当チームが運営するブログです。テクノロジーを活用した次世代のメディアとはどういうものか? そうしたメディアをどうやって創り出していくのか、を考えていきます。

メンタルヘルスへの影響を中心とした ニュース消費に関する調査を概観する

 「オンラインニュースの消費」はメンタルヘルスと相関するのか?

スマートニュースの徐東輝・大塚健太です。スマートニュースでは、情報消費に関する様々なリサーチを継続的に行っており、直近、メンタルヘルスへの影響を中心としたニュース消費(News Consumption)に関する調査・研究をリサーチしました。この記事ではリサーチの結果と、そこから得られた示唆について紹介します。

今回のリサーチのきっかけは大きく2つありました。第一に、業界で話題になっているロルフ・ドベリ著の『News Diet』を始め近年話題となっているニュース消費によるメンタルヘルスへの影響について、当社として最新の知見を得ておく必要があると考えたこと、第二に、分断・極性化が加速する社会において、情報消費を通じた「共感(empathy)」による克服の可能性を探りたいと考えたことです。

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スマートニュースはミッションとして「世界中の良質な情報を必要な人に送り届ける」を掲げており、ユーザーがよりよい精神状態で情報に触れられる環境を整えることは非常に重要です。また、分断や極性化を克服するために、情報空間においてもフィルターバブルやエコーチェンバーを防ぐための取組みを行っていくことが重要となります。

今回、リサーチ結果から見えてきたことは主に3つに整理されます。

  1. ネガティブなニュースを消費することで見られるメンタルヘルスへの悪影響は、主にTVニュースの消費では議論されているが、「オンライン」という経路でのニュース消費における影響はまだ実証されていない
  2. オンラインでニュースを消費することは選択的な情報摂取は促していない可能性があるが、分極化及び分断を促している可能性がなお存在する
  3. オンラインの情報空間においても感情が伝播し(情動感染)、人々の行動へ影響を与えているとはすでに確認されている
    です。

ネガティブなニュース消費がメンタルヘルスに与える悪影響はオンラインではまだ実証されていない

まず、メンタルヘルスへの影響について取り上げたいと思います。結論としては、一部のネガティブなニュースを消費することがメンタルヘルスに悪影響を与えることはありますが、オンラインという経路でのニュース消費における影響はまだ実証されていないということがわかりました。

※なお、これはニュース消費に関するリサーチにスコープを限定した結果であり、SNS利用とメンタルヘルスの影響は様々な関連研究が存在します。

先に紹介した『News Diet』ほか、これまでの研究では、一部のネガティブなストレートニュースをTVで摂取することのメンタルヘルスの影響が議論されています。たとえば、テロや災害などのニュースをTVで摂取することで、PTSDの症状を訴える可能性が有意に高いことや、ネガティブなニュースをTVで視聴することによって、ニュースの内容とは無関係な個人的な悩み事を悪化させる可能性が有意に高いことが実証されています。

しかし、オンラインでニュースを消費することでメンタルヘルスに悪影響を与えているということが有意に示されている研究を見つけることはできませんでした。このことは、現状の研究においては、オンラインでニュースを摂取することそのものがメンタルヘルスに悪影響だと現時点では断定できないということでしょう。

この結論はあくまでニュース消費の経路による違いにフォーカスしたものです。そのため、TVでのニュース消費に関する研究結果から、YouTubeなどの動画メディアでニュースを視聴することでも同様の影響が見られる可能性は残ります。

近年、オンラインニュースメディアでもテレビ局からの中継動画は増えており、動画形式でのニュース提供がユーザーに与える影響は引き続き配慮する必要があるでしょう。

また、先述したようにメディアが多様化していることで、提供形式に関わらず、オンラインニュースでも配慮が求められる部分があることも、調査研究からわかりました。ユーザーが複数メディアから情報を摂取することも増えたため、同じニュースを異なるメディアでも見かける頻度が高まり、テロや災害などのニュースに触れる機会が増えているためです。

今回調べた研究の中でも、多様なメディアでテロに関するニュースを摂取することで、メンタルヘルスへの悪影響を及ぼす可能性が高まるという結果を導いたものがありました。ユーザーの情報消費行動全体を意識しながら、ニュースアグリゲーターとしてどのような情報を届けるべきかを考えることも求められると思います。


オンラインでのニュース消費が分断を引き起こしているとは言えない

今回の調査において、参考とした書籍の一つに、2021年11月に発売された『ネット社会と民主主義(有斐閣)』があります。編者を務められた大阪大学准教授辻大介さんらを筆頭とする社会学・社会心理学者の方々による、調査データの分析を通じて社会の分断を検証し、まとめた大変興味深い書籍です。

この書籍から得られたのは、「オンラインでニュースを消費することによって異なる意見に接触しなくなるという意味での分断が引き起こされているとは言いがたい」という示唆でした。

本書では、極性化・分極化・分断がそれぞれ別の現象として区別されています。

極性化は人々の意見や考え方が特定の方向に固まりやすいことを指し、分極化はその特定の方向性がイデオロギーとしていくつかのパターンに収斂していくことを指し、分断はイデオロギーがそのように分かれた結果として、もう一方の意見に対して聞く耳を持たないような状況を指しています。

このように各現象を峻別した中で、インターネットサービスを利用することで人々が異なる意見に接触する機会が失われているわけではなく、選択的接触を介した分極化効果が微々たるものにすぎないことから、社会的弱者の声が政治に反映されにくいという社会構造的な分断や、その上での感情的な政治的な分極化に対処することが重要であると結論付けていました。

編者の辻大介氏の言葉を借りるのであれば、hear(受動的に耳に入る状態)の分断は起きているとは言いにくいが、listen(積極的に耳を傾ける状態)の分断は起きている可能性があるということです。

このような社会構造や感情ベースでの分断は、インターネット空間特有のものではありません。しかし、インターネットでニュースコンテンツや投稿が発信される場合、対面でのコミュニケーションと異なり、記録として累積されやすく、対面では見聞きしないような情報へも接触しやすいため、その分断の様子には違いがある可能性があります。今後の研究も注視したいと思います。

 

オンライン空間での情動感染

情動感染とは感情が伝染することであり、誰かが笑っているのを見てつられて笑ってしまったり、イライラしている人と過ごすと怒りっぽくなってしまったりすることがこれに当たります。

今回リサーチを行う中で参考にしたもう一つの書籍である、名古屋大学大学院情報学研究科講師の笹原和俊氏による『フェイクニュースを科学する(DOJIN文庫)』では、オンラインコミュニケーションでもこの情動感染が起きることが紹介されていました。

この書籍で取り上げられていた研究の一つに、「道徳感情語」がTwitterでどのように拡散されるのかを調べた研究があります。ニューヨーク大学の研究者たちによるもので、彼らは銃規制・同性婚・気候変動の3つのトピックに関するツイートを約56万件収集しました。そして、LIWCというテキスト分析用の辞書に掲載されている単語を感情語、「道徳基盤辞書(MFD)」に掲載されている単語を道徳語として、このどちらにも掲載されている単語を「道徳感情語」と定義して、収集したツイートを分析しました。

その結果、どのトピックにおいても投稿に含まれている道徳感情語が1つ増えるごとに、リツイートされる確率が20%高まること、そしてこの拡散は同じ政治的イデオロギーの人の間でもっぱら観察され、異なるイデオロギーを持つ人にはほとんど到達しないことがわかったそうです。

この結果を、笹原氏はフェイクニュースをめぐる状況に当てはめて、道徳観に根ざしたフェイクコンテンツが同じコミュニティの中で拡散されやすくなってしまうのではないかと指摘しています。

この研究のほかにも、FaceboookやWeiboに関して行われた、感情を含んだ投稿を分析した研究が取り上げられており、喜びや怒りの感情は他の感情よりも伝播しやすいことが説明されていました。スマートニュースのようなニュースアグリゲーターにおいても、取り扱うニュースコンテンツの感情的な観点に注意を払うことが求められるかもしれません。


今後も注目が求められる研究

今回のリサーチの目的は、「オンラインでのニュース消費がメンタルヘルスへ悪影響を及ぼすか」、そして「共感(empathy)が分断を克服するきっかけになりうるのか」という2つの疑問に答えることでした。

リサーチの結果を整理すると、前者に対しては、オンラインでのニュース消費に関しては悪影響を及ぼすという研究結果はまだありませんでした。

また、後者に対しては、今回のリサーチでは「情報の選択的接触ではなく、感情的な対立による分断」が日本で起きていることがわかったこと、したがって感情的な対立を融和する「共感」の創出は解決の大きな可能性を秘めていることがわかりました。

しかし、ニューヨーク大学の研究者による「道徳感情語」の拡散に注目した研究からは道徳観に訴えかけるようなコンテンツは特定のイデオロギーを持ったコミュニティのみで拡散される可能性も示唆されています。

「社会の分断」が叫ばれて久しい時代になりましたが、良質な情報を届けようとする全ての方にとって、いかにその分断を超えていくかは日々向き合い続けなければならない課題です。

 

参考にした代表的な研究や書籍

その他にも参考にさせていただいた研究は多数存在するのですが、ここでは本文に関連する代表的なものに限定して記載させていただきました。

 

著者紹介

徐東輝(そぉ・とんふぃ)
社長室/法務担当(弁護士)
大阪生まれ。2016年京都大学法学部・同大学院法学研究科卒。良質な情報空間の醸成と民主主義の発展のため、弁護士としてスマートニュース株式会社の企業法務に従事する傍ら、情報が持つ可能性や責任について研究を進める。NPO法人Mielkaの代表理事として選挙に関する情報集約サービス「JAPAN CHOICE」も展開。

大塚健太(おおつか・けんた)
東京生まれ。2018年早稲田大学政治経済学部経済学科入学。2022年4月よりスマートニュース株式会社に入社予定。現在はインターンとして勤務。

 

本記事は筆者と編集部の独自の取材に基づく内容です。スマートニュースの公式見解ではありません。