Media × Tech

「Media × Tech」ブログはスマートニュースのメディア担当チームが運営するブログです。テクノロジーを活用した次世代のメディアとはどういうものか? そうしたメディアをどうやって創り出していくのか、を考えていきます。

サブスクメディアのKPI設計とは?——「職人芸」から「予測」へ

メディアに浸透するサブスク型(サブスクリプション=購読)のビジネスモデル。その成長と成功のために、どのようにデータを生かしていくべきか? PV(ページビュー)型のメディアとはどう違うのか? 購読者の獲得とのその収益化を主業務とする「オーディエンス開発」に携わるダイヤモンド社の伊藤海彦氏に、その概念と実践上のヒントについて解説してもらう。

重要な「KPI設計」

メディアの世界で「ダイヤモンド社」というと、雑誌「週刊ダイヤモンド」や数々のビジネス書など、紙媒体の印象が強い方が多いかもしれません。しかし今、オンラインで「ダイヤモンド・プレミアム」(以下、「プレミアム」)というサブスクリプション型サービスが成長しつつあります。これは「ダイヤモンド・オンライン」の有料会員向けサービスで、有料会員限定の記事やダイヤモンド社の発行するビジネス書が読めます。「サブスクリプション型」と書いたとおり、月額課金を主体としたビジネスモデルです。

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■ 筆者が携わるサブスクサービス「ダイヤモンド・プレミアム」

「プレミアム」は、2019年6月にサービスを開始し、会員数は非公開ですが順調に事業として成長しつつあります。「学びのプラットフォーム」を標榜しており、これまで雑誌でしか読めなかった有名企業の核心に迫るジャーナリスティックな記事に加え、著名な経営学者による講義動画や有料セミナーへの招待などを展開しています。有料ということもあり、読者像は、一般的なビジネスメディアよりやや絞られていて、大企業の管理職や中小企業の経営層の方々が中心です。

筆者はダイヤモンド社でこの「プレミアム」を中心とした会員の新規獲得、リテンション(会員の維持策)を担当しています。会員データやアクセスログデータを用いて会員獲得の多い記事に関する分析や、事業全体のKPI設計とそのモニタリングなどがその中心です。サービス開始直後から「プレミアム」には携わっているのですが、その中でも強く感じているのがKPI設計の重要性です。

サブスク型メディアは、PVをベースにしたメディア以上に、

  • コンテンツ
  • ビジネス
  • テクノロジー

の3つの緊密な連携が欠かせません。

KPIはこれら3つのプレイヤーが会話をするための重要な共通言語となります。一方でメディアとKPI、ことサブスクリプションに関してはオープンな場での議論が非常に少ないのが実情です。今回はプレミアムの例を通じて、KPIの考え方や設計例をご紹介しつつ、サブスク×メディア× KPI をめぐる議論を活発化できたらと考えています。

サブスクメディアのジレンマ

「パレートの法則」をご存じの方は多いと思います。「売上の8割を上位2割の顧客が生み出している」など、一部の要素が全体に大きな影響を与えているという説です。メディアビジネスでもこの法則は当てはまることがあります。特にコンテンツ(記事)とページビュー(PV)の関係では顕著で、PVの9割を上位1割の記事が生み出していることも珍しくありません。

一方、サブスク型メディアではこの法則が当てはまらないこともあります。有料会員しか読めない記事を配信するメディアの場合、PVではなくその記事をきっかけに有料会員になったユーザーの数が問われます。ところがPV型メディアのようにごく一部の記事で有料会員の大半を取るようなケースはまれで、新規会員獲得(以下、「CV」)の8割を上位5割の記事でようやく生み出すという、なだらかな分布の形になっています。以下がその様子を表したグラフです(数字はあくまでイメージです)。

 

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■ 上位何パーセントの記事がPVやCV獲得に貢献するか

もちろん、メディアによって差はあるはずですが、サブスク型メディアとPV型メディアでは、このように記事とKPIの関係性が異なります。筆者はこうした記事とKPIの関係を「メディアのカタチ」と呼んでいます。PV型メディアを「一部の記事で大半のPVを稼ぐ=ホームランを前提としたメディアのカタチ」とするならば、サブスク型メディアは「ヒットを積み重ねるメディアのカタチ」と言うことができます。

記事のPVやCVを多い順に並べたとき、数字を図式化すると以下のような形になるイメージです。

 

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■ PV型メディアとサブスク型メディアにおける記事の貢献イメージ

しかし有料会員しか読めない記事には当然ながら高いクオリティを要求されるため、「ヒットを積み重ねる」といっても、そう簡単に量産はできません。数を作れない、でも一発逆転ホームランも難しい。サブスク型メディアには、こうしたジレンマがあります。

「予測」が可能なサブスク型メディア

ではこうしたジレンマを抱えてなお、サブスク型メディアを成功させるには何が必要なのでしょうか? 

野球の比喩を重ねるならば、毎回ヒットを積み上げる、ノーヒットのイニングを作らないということが重要と言えます。1つの記事で大量の有料会員を獲得することが困難ということは、1つの記事が振るわなかった場合のロスを取り戻すのに多大な努力が必要ということです。言い換えれば、なるべく1記事あたりのパフォーマンスを「平均」に近づける努力が重要となります。

一方で、PV型メディアではごく一部の上位記事にPVが集まるいわゆる「べき乗」の分布をしており、平均値が役に立ちません。10万PVを稼ぐ記事がある一方で、メディア全体の平均PVは1万程度、ということも珍しくないはずです。

「ホームラン」をなるべく連発したいPV型メディアと「平均」を目指すサブスク型メディア。この2つで最も異なるのが、「予測」に対する考え方です。

PV型メディアでは、PVを大量に稼ぐ記事は「平均」の外にある「上振れ」であり、短いスパン(例えば月間)の中で、どれだけそうした記事を生み出せるかは、予測困難です。

一方で、サブスク型メディアは、先述のとおり記事による会員獲得がPV型ほど平均から乖離していないので、過去の平均値を使って会員獲得の予測モデルを作ることができます。

以下がそのイメージ図です。

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■ 予測のモデル化が可能なサブスク型メディア

予測モデルのシンプルな例としては、有料会員向け記事本数×想定UU×CVR があります。

記事本数は書き手のリソースに依存するため急激には変化しませんし(ある日突然編集部の人数が倍になるということはないでしょう)、新規会員獲得率(=新規会員獲得数/記事UU、以下「CVR」)もPVよりは平均値に収束しがちな指標です。UUは、このモデルの中では最もブレが激しい変数ですが、「お金を払ってでも記事を読みたい」というニーズを持つユーザーはある程度限られており、あまりUUは上下しないことが多いです(裏を返せば、読み手を具体的にイメージしない記事だとUUの予測が難しくなります)。

重要なことは、こうした予測モデルを作ることそのものではなく、事後の振り返りにあります。

振り返りは主に2種類あり、

  1. 個別の記事や特集について、記者や編集者と筆者のようなデータ分析系のスタッフが行う振り返り
  2. ビジネスサイドのスタッフが収益に関するKPIについて行う振り返り

に分かれます。前者は記事のUUやCVR、読者の属性などについて事前の狙い通りだったかを振り返りますが、後者はもう少し全体を俯瞰し、記事の本数やサイト全体のUU、CVRなどについて見ていくことになります。

常に予測と結果の比較を行い、コンテンツの作り方、見せ方をブラッシュアップする。こうした動的な営みだけが「数は作れないがホームランも難しい」というジレンマへの解答です。

サブスク型メディアのKPI

サブスク型モデルでは新規の会員獲得だけでなく、既存会員の維持(継続)も重要です。以下にサブスク型メディアで使うKPIの一例を示します(各用語については、文末の「補足:」を確認下さい)。

獲得

  • (有料会員向け)記事本数
  • 記事のUU
  • CVR(新規会員獲得数/記事UU)

継続

  • 初回課金率
  • nヵ月目の(会員の)残存率
  • 既存会員のアクティブ率

その他

  • 対象読者属性の含有率

継続に関するKPI「初回課金率」は、最初の課金の壁を超えるかどうかが大きなポイントのため、切り出して注目しています。また「既存会員のアクティブ率」は、アクティブにサイトを訪れてくれるユーザーの方が課金率が高いという前提に立っています。多くの場合、コンテンツとの接触度合いと課金率は相関するので、こうしたユーザーのアクティブ度合いに関するKPIがあったほうが良いでしょう。

なお、こうした指標を、誰が、どこまで追うかは議論が必要なポイントです。1つのやり方としては、

  • 現場の編集者、記者:自分の担当した記事のUUやCVを知る
    → 自分たちのコンテンツ作りに生かす
  • 編集部門側のマネージャー、ビジネス側のスタッフ:初回課金率や既存会員のアクティブ率などの指標も知る
    → 事業全体のバランスを見てサービスやコンテンツの設計に活かす

といった形で2つに大別する方法があげられます。

初回課金率や既存会員のアクティブ率などは、コンテンツ以外にもメルマガやセミナーといった記事以外のサービス面の影響もあり、コンテンツ作りの指針として活用するのが難しいためです。現場の編集者、記者はあくまでコンテンツ作りのプロであり、記事のタイトルや連載の方向性で迷った際に判断の手助けとなるようデータを使うことに徹するのが良いように思われます。

一方で、編集部門のマネージャーやビジネス側のスタッフは、コンテンツやサービスの編成を行う立場にあることが多いため、初回課金率や既存会員のアクティブ率といった事業収益に関わるKPIも見たうえで業務を進める必要があります。

編集者や記者がどこまでビジネス側の事情に関わるかは企業によって大きく異なるため、あくまでこれらは一例です。が、KPIは単なる数字ではなく事業と人(社員)を結ぶものですから、各人の役割に応じたKPIを見ていくことが重要です。

サブスク型メディアに求められること

さて、KPIを設計し予測モデルを組んでも、それだけではサブスク型メディアは成長しません。以下は、筆者がダイヤモンド社でサブスク型メディアに携わるなかで実感した、KPIやモデル以外で「サブスク型メディアの成長に求められること」の一例です。

1. コンテンツ、ビジネス、テクノロジー間の緊密な連携

月並みではありますが、一言でいえばこれが最も重要だと考えています。「緊密な連携」とは、それぞれのプレイヤーが時に他の領域に関する知識を身に着けたり、事情を理解することも含まれます。ビジネス側はコンテンツの内容に踏み込んだ提案を行う必要があるときもあるでしょうし、コンテンツ側は技術上自分たちのメディアで何ができて何ができないのか、理解する必要もあるでしょう。またテクノロジー側にもビジネスモデルを理解すべきタイミングも生じると思います。

2. コンテンツ、ビジネス、テクノロジー間の適切な緊張感

一方で、他の業務領域に寄り過ぎないことも重要です。コンテンツ側がビジネスの側に寄りすぎると、新規性のあるコンテンツが減ってしまうかもしれません。ビジネス側がテクノロジー側に寄りすぎると、細かい開発リクエストが増えてしまい、事業上どうしても必要な開発が後回しになってしまうかもしれません。

また、テクノロジー側がコンテンツ側に寄りすぎると、編集部の“旧来のやり方”や時々の編集長の好みなどを尊重するあまり、CMSやデータベースといった基幹システムがレガシーなまま維持されてしまうかもしれません。

「連携しろ」と言ったり、「寄りすぎるな」と言ったりと、相反することを書いているようですが、事業というのは様々なプレイヤーのこうした動的な緊張関係によって成長するというのが個人的な実感です。当然、各持ち場同士の対立というのは発生するでしょうが、それを単なる対立と捉えるのか、事業が前に進むチャンスだと捉えるのか、それによって将来に大きな差が発生するのではないでしょうか。

改めて、サブスク型メディア発展のために

以上をまとめると、重要なポイントはこの4つになります。

  1. ビジネスモデルによってメディアの持つ数字の性質(メディアのカタチ)は異なる
  2. サブスク型モデルでは予測モデルを持つことが重要
  3. 新規獲得だけでなく既存会員の維持もKPIに組み込む
  4. コンテンツ、ビジネス、テクノロジー間の適切な関係性があって初めて事業は成長する

実際のところ、「プレミアム」も立ち上げから2年しか経っておらず、サブスク型の事業としてはまだまだ試行錯誤の段階です。ただ一つ強く実感しているのは、サブスク型メディアは、「必要な人に必要な情報を届ける」というある種の社会的責務を背負ったメディアとは相性が良さそうだという点です。

「対象読者は限られるものの、その人たちにとっては必要な情報」を届けることは、オンラインの場合、実は紙媒体より相対的に高コストです。それはオンラインの世界で「コンテンツをユーザーに届ける力」が、Google やFacebook といったメガプラットフォームに集中しているためです。そのようなメガプラットフォームの上では、「玉石混交」なコンテンツが入り交じっており、「ニッチだけれど有益な情報」が「その情報を必要とする少数の読者」と出会うことが困難になっています。

それはコンテンツメーカーにとって、最大公約数的な内容の記事でマスに訴求する方が、収益をあげやすいからにほかなりません。事業の収益をメガプラットフォームに依存する限り、読者を絞ったターゲティング型のメディアは継続が難しいのです。

これは筆者個人の想いですが、「プレミアム」のようなサブスク型メディアは、そうしたメガプラットフォーム上での消耗戦から優秀な書き手を守ることもその意義の一つだと考えています。もちろん、それがなんとか道筋をつけられつつあるのは、100年以上にわたって積み上げてきたブランド、紙媒体で鍛えられた編集者・記者、オンラインメディア黎明期から集めてきたメルマガ会員、そうした過去の資産という大きな「ゲタ」を履いている要素があることには間違いありません。言い換えれば、他にないコンテンツを作る能力のあるレガシーなメディア(新聞社、雑誌社)こそ、メガプラットフォームに依存しないビジネスモデルを作るチャンスがあると思います。

コンテンツメーカーがしっかりと自分たちの力でユーザーにコンテンツを届け、収益をあげられる仕組みを持つこと。それが「必要な人に必要な情報を届ける」ための、長くて遠い「近道」のはずです。

補足:本論で用いた用語について

初回課金率:有料会員に無料の試用期間がある場合(「プレミアム」は7日間)、新規に獲得した有料会員のうち、無料の試用期間を経てどれくらいが初回の課金を行ってくれたかという割合。初回課金するかどうかが大きな壁となるため、重要視される。

nヵ月目の残存率:新規に獲得した有料会員が、nヵ月目においてどの程度解約せずに継続しているかという数字。これを元に将来の収益計算を行う。

ユーザーのアクティブ率:既存の有料会員のうち、どれくらいがサイトに来ているかという割合。メディアによってどのような頻度を基準にするかは異なる。おおよそ以下のいずれかを採用することとなる。

  • MAU(Monthly Active User = 月内にアクセスが1回以上あったユーザーの数)
  • WAU(Weekly Active User = 週内に~)
  • DAU(Daily Active User = 1日に~)

対象読者属性の含有率:新規に獲得した有料会員やサイトに来た既存会員における、ターゲットとしている属性の占める割合。想定読者と異なる属性のユーザーの比率が高いと、早期の解約やアクティブ率の低下につながるため、モニタリングをすることがある。

 

著者紹介

伊藤海彦(いとう・うみひこ)

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株式会社ダイヤモンド社 ビジネスメディア局 オーディエンス開発部所属

アイティメディア、ライフネット生命保険でデータ分析・ビジネス企画などを担当。2019年8月より現職。