Media × Tech

「Media × Tech」ブログはスマートニュースのメディア担当チームが運営するブログです。テクノロジーを活用した次世代のメディアとはどういうものか? そうしたメディアをどうやって創り出していくのか、を考えていきます。

書評:サブスクモデルにもヒント――アダム・オルター『僕らはそれに抵抗できない 「依存症ビジネス」のつくられかた』

f:id:sotakaki_sn:20191226171344p:plain

冒頭から私的な話で恐縮だが、10年ほど勤めた出版社を辞め、MBAスクールに転職した際、驚いたことの一つが、「良いテキスト」と言われるものの定義が記者時代のそれと大きく異なることだった。


内容が読者に「正しく伝わること」が良いテキストの条件と習う記者の仕事に対し、経営を教えるビジネススクールでは、コミュニケーションのゴールを明確に「人を動かすこと」に置く。ビジョンや戦略を実現しようと思ったら、組織メンバーを効率よく動かさなければならないし、商品やサービスを売って稼ぐには潜在的な顧客をやはり効率よく動かさなければならない。そのことが、客観性や思想的な公平性を意識し、最終的な意思決定は読者の選択に委ねる余地を残し、ものを書いてきた人間にとっては面白くも怖くも思えた。


そこそこの技量を持つ書き手にとって、人を泣かせたり、怒らせたりすることは、さほど難しいことではない。相手の信念に糊代を探して安い報酬で情熱ある仕事をさせることも、短所は隠し長所は増幅させてサービスを買わせることも同じだろう。倫理のほどを勘案せず、それを可能にする技量だけを伝えることは避けたいと思った記憶がある。

 

特にそれを強く感じたのが、デール・カーネギーの『人を動かす』と、ロバート・B・チャルディーニの『影響力の武器 なぜ、人は動かされるのか』を読んだときだった。ビジネススクールでリーダーシップやマーケティングを体系的に学んだ経験があれば、おそらく知らない者はないこの2冊は、人間の心理的なメカニズムにまで踏み込み、組織メンバーや顧客を“その気”にさせる手法や考え方がふんだんに盛り込まれている。

 

エンゲージメントをいかに高めるかの6つの要素

前置きが長くなった。

 

本書『僕らはそれに抵抗できない 「依存症ビジネス」のつくられかた』は、これら2冊の延長線上にある1冊と私には思える。

 

ある(主にデジタルの)サービスが、どのような特性を持っていれば、人は多頻度で利用し、対価をより多く落とすようになるか――いま風に言うなら「エンゲージメント」が高まるか――が、行動経済学や心理学のバックグラウンドにより分析的かつ豊富な事例とともに書かれているからだ。

 

いわく、行動嗜癖には6つの要素がある。

  • 第1に、ちょっと手を伸ばせば届きそうな魅力的な目標があること(第4章「目標」)。
  • 第2に、抵抗しづらく、また予測できないランダムな頻度で、報われる感覚(正のフィードバック)があること(第5章「フォードバック)。
  • 第3に、段階的に進歩・向上していく感覚があること(第6章「進歩の実感」)。
  • 第4に、徐々に難易度を増していくタスクがあること(第7章「難易度のエスカレート」)。
  • 第5に、解消しがたいが解消されていない緊張感があること(第8章「クリフハンガー」)。
  • そして第6に、強い社会的な結びつきがあること(第9章「社会的相互作用」)。

著者は、薬物依存やアルコール依存などの物質依存にも似た格好で、人をのめりこませる「行動嗜癖」にいかに対処するか、という観点から本書を著し、後半部分には「新しい依存症に立ち向かうための3つの解決策」として具体的な処方も記しているが、実際にはゲームや動画などのコンテンツ配信、SNSなどのプラットフォームを開発・運営する読者にとって、いかにしてユーザーを囲い込むかのヒントに満ちた1冊にもなっているのだ。

サブスクモデルにもヒント

無論、たとえば今後、広告モデルを脱し、サブスクリプションモデルに移行しようと考えているメディアにとっても、気づかされることの多い本書。


奇しくも筆者が「ゲームアプリのデザインを通じて、できるだけ時間とお金を注ぐように誘導することが可能なのだとすれば、政治のデザインを通じて、国民に老後のための貯金を促したり、慈善団体への寄付を促したりすることもできるのではないだろうか」と問題提起しているように、「人を動かす」ことの諸刃の側面に留意しながら読み活かせるとよいのではないだろうか。

 
著者紹介

f:id:sotakaki_sn:20191226165741j:plain


加藤小也香(かとう・さやか):スマートニュース メディア研究所/ スローニュース プロジェクトマネージャ。日経BP社記者、グロービス広報室長、出版局編集長、trippiece執行役員を経て、2019年1月より現職。慶應義塾大学環境情報学部、グロービス経営大学院大学卒(経営学修士)。

本記事は筆者と編集部の独自の取材に基づく内容です。スマートニュースの公式見解ではありません。